【完結】先生、大人の診察は勤務外でお願いします

ナースの王子様

苦しい言い訳

　九瀬まりあは虚ろな目で久我先生を見つめた。それからうるっと目を潤ませて｢捨て駒なんて酷いです……。私、そんなことお願いしてません。確かに、噂をされて困ってるって相談はしましたけど……でも、私が依頼したわけじゃありません！｣そう言い放った。

｢この後に及んでよくもそんな言い訳ができたな。3人が3人とも同じことを言ってるのにまだ言い逃れをするのか｣

｢本当です！　きっと私が森岡先生と付き合っていることを知って嫉妬から嫌がらせでもするつもりだったんですよ！｣

｢嫌がらせ？　少なくとも2人はお前と付き合ってるって言ってるのに？　山下先生においては結婚する気もあったとまで言ってるのにな｣

｢いいえ！　そんなことを言って、いつまでも別れてくれなかったわ。3ヶ月も待ったのよ!?　それなのに裁判だとか慰謝料だとか言い出して、一向に話が進まなかったのよ！　彼の私に対する気持ちなんてそんなものよ｣

　わあっと叫ぶ九瀬まりあに久我先生は盛大なため息をついた。

｢不倫相手がいる既婚者がそう簡単に離婚なんかできるか。考えなくてわかるだろ。子供がいれば尚更だ｣

｢山下先生に子供はいないわ！｣

｢いるよ｣

｢……え？｣

｢2人いる。しかもまだ小さい。そして今奥さんは妊娠中だ｣

｢な、なんですって……｣

｢その様子じゃ知らなかったんだな。色々隠して付き合ってたのはお互い様ってことだ。似た者同士だな｣

｢嘘よ！｣

｢嘘じゃない。後から2人きりになった時にもう1度聞いたら、離婚する気もなかったそうだ｣

｢……え｣

｢だから余計に奥さんと子供に知られるとまずかったんだよ。でもまぁ、お前には森岡先生がいるわけだからもう関係ないだろ｣

｢関係ないわけないじゃない！　この女を襲わせるためにとっくに別れてるのにあの男にこの体を抱かせたのよ!?｣

　逆上して怒鳴りつけた後、彼女ははっと我に返り｢あ……｣と小さく声を上げた。

｢あーあ。途中まで大した演技だったのに、1度ボロが出ると脆いもんだな｣

｢な……ち、違うのよ。今のは……｣

｢まあ、どんなに苦しい言い訳を重ねたところで意味ないんだけどな｣

｢……は？｣

｢小石川先生がさ、身を守るためにお前との会話を録音してたんだよ。こっちも聞くか？｣

｢……な、え……？｣

｢お前があの3人に頼み込んで九ノ瀬を襲わせた証拠があるって話だ。理解できたか？｣

｢う、嘘よ……｣

｢嘘じゃない。そりゃ、先生達だって犯罪に巻き込まれるとなったら自分の身は守りたいだろ？　九ノ瀬を襲う前に3人で打ち合わせをした時、誰の指示でやったかという確認をし、その時の音声データも預かってきた。
　その証拠を渡さないなら、問答無用で警察に突き出すって言ったらあっさり渡してくれたよ。まあ、保険としてコピーは向こうにくれてやったけどな｣

　自信満々でそう語った久我先生。私は、彼の用意周到さに唖然とするしかなかった。