その傷を舐めさせて

雪村こはる

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傷が疼く

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「ごめん、初めてだよね。キス」

「……はい」

 気が抜けた声で返事をする夕映だが、口元は微かに震える。

「嫌だった?」

「い、嫌じゃないです! 嫌なわけがありません!」

 夕映は胸の前でぎゅっと手を組み、慌ててそう答えた。嫌ではない。ずっと追いかけてきた旭。ずっと夢に見てきた旭に触れられ、キスまでされた。
 嫌なはずがなかった。ただ、嫌でないだけだった。体の奥から求めていたものとは何かが違う気がした。

「……よかった。俺も、大丈夫そう。もう1回、してもいい?」

「あ、あの!」

「……うん」

「きょ、今日は! そういうつもりで来てなくて……」

「うん」

「旭さんはまだ、私のことが好きなわけじゃないから」

「うん」

「まだ、こういうことはしないと思ってて……」

「うん」

「……心の準備ができていません」

 夕映はカタカタと指先が震えた。夜天とは違った。なぜか怖いと思ってしまった。旭は男性が好きで、夜天よりも危険は少ないはず。それなのに強い力で引き寄せられ、キスまでされた。
 夕映の中のひだまりのように優しくて暖かくて、柔らかな雰囲気の旭が急に男に見えた。もっと甘くて、擽ったくて、とろけるような幸せなものだと思っていた。それなのに、想像していた旭とは違った。

「そっか。ごめんね」

「私こそ……ごめんなさい」

「ううん。でも、このまま寝てもいい?」

「え? ……えっと」

 きゅっと腹部に回された腕に力が入り、夕映は驚いたように体を強ばらせた。ふっと旭の息が首元にかかる。ゾクッと肌が反応する。

 ……なんか、ヤダ、かも。何で……旭さんなのに。こんなに好きなのに。……こんなことするために夜天さんと会えなくなるはずじゃなかったのに。

 夕映が旭に言ったゆっくりでいいは、深層心理では自分に対する言葉でもあった。旭と付き合いたいと逸る気持ちはあるものの、心と体が噛み合わない。
 旭に求めているものは、大人の関係ではなかった。いつまでもずっと側にいて、優しく見守っていてほしい。それは、自分だけが特別でありたいという漠然としたもの。

 旭の吐息に夜天の息遣いを思い出す。胸元にかかる熱い吐息。舌のザラつきが傷口を這っていく。
 ムズムズ……と傷痕が疼いた。中で虫が蠢くかのように、疼いて、痒くて、熱くて仕方がなかった。
 今にも掻きむしってしまいたいほどの衝動に駆られ、夕映は旭に背を向けたまま、パジャマの上から創部に爪を立てた。
 ぐっと力を込めるが、疼きは止まらない。

 ……痒い、痒い、痒い。掻きむしりたいくらい痒い。

 モゾモゾと手を動かす夕映に異変を感じた旭は、またそっと体を起こして彼女を覗き込む。
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