その傷を舐めさせて

雪村こはる

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傷が疼く

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 パジャマパーティーの当日、夕映はずっと心ここにあらずだった。昨日の夜天とのやり取りが忘れられなかった。
 それでも、電話する前にはしゃいで意気揚々と準備をしたバッグを持って旭の家に入った。

 先週と同じ爽やかな香りが夕映の鼻腔をくすぐる。旭の匂いを強く感じて、心がきゅんと音を立てた。

「ケーキ買ってきたよ。好きなの選んで」

 そう言って並べられたケーキはどれも美味しそうだった。言われるがままに好きなのを選び、甘さで心を満たす。けれど、ずっと引っかかって取れない棘がある。

「夕映ちゃんのパジャマ可愛いね」

 そう言って旭が夕映の裾を指先で摘んだ。半袖から伸びた腕が、そっと旭の腕と当たる。たったそれだけのことで夕映は緊張して言葉が出なくなった。
 本日は淡い水色とピンクのボーダーパジャマ。ネズミのキャラクターは夜天に笑われたのでやめた。旭に子供っぽいと思われたら嫌だと思い、新しいパジャマをこの日のために購入したのだ。

「きょ、今日のために買いました!」

「そうなんだ。パステルカラー、似合うね」

「に、似合ってますか!?」

「うん。可愛い」

 にこっと笑う旭に、夕映は胸を撃ち抜かれた。破壊力抜群の笑顔だった。付き合う前には決して言ってくれなかった可愛いという言葉を惜しげもなく与えてくれるのだ。こんなに幸せなことはないと、夕映は胸を押さえながら幸せを噛み締める。

 絶対に見ることのできないはずだった旭のパジャマ姿。意外にもTシャツ、スウェットという、ラフな格好だった。けれど、いつも以上に男性らしさを感じて夕映の鼓動はドクドクと高鳴りっぱなしだった。

「……そろそろ寝る?」

 旭がそう言った。それは共にベッドへと潜る合図でもある。

「こっちだよ」

 手を引かれる時、初めて手を握った。旭の手は熱くて、夕映は指先を伝ってその熱が全身に伝染していくような気がした。
 旭は、浅く息をつく。手を握っても平気だった、とまた1つ肌に触れて確かめる。

 夕映を抱くことはできない。それは自覚していた。相手が男であっても恋愛感情がなければ下半身が熱くなることはなかった。だから、女性なら余計にそんな気にはならないとわかりきっていた。

 ベッドの端と端で眠る? でももし、彼女から抱きついてきたら? その時に無理だって思ったら傷付けるし……。
 まだ泊まりは早かったか……。

 なぜか焦ってパジャマパーティーを開催したが、自分の気持ちがまだ追い付いていないことに今気が付く。
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