その傷を舐めさせて

雪村こはる

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お付き合いすることになりまして

05

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 夕映が初めて旭に告白をしてからまだ1年も経っていない。それでも確実に時間は流れていて少しずつ距離が縮まっている気がした。

 武内先生に告白するのは凄く勇気がいっただろうな。そう思うと、旭が熱っぽい視線を送る様を見てきた夕映にとって自分のことのように胸が熱くなった。
 そして、自分以上に今傷付いていることも理解できた。

「もう、諦めるってことですよね……」

 自分が旭を諦めようと思った時、心が抉られるように痛くなった。苦しくなって生きがいをなくしたかのように絶望的だった。旭も今、そんな気持ちなんだと夕映は涙をこぼす。

「そうだね。諦める。でも、実際告白してみて小柳さんが言ってた意味がわかったよ。気持ちを知ってもらえるだけで特別だって」

「あ……」

「言わなかったら武内はこの先もずっと俺の気持ちを知らずにいた。知らないまま俺と接することになった。でも……今は、知った上で友達でいてくれる。それがどんなに特別なことかわかるから」

「……はい」

「ありがとうね」

「え?」

「言う決心がついたのは、きみのおかげでもあるから……ありがとう、夕映ちゃん」

 ちゃんと名前を呼んでくれたのは初めてだ。契約の時、無理にお願いして言わせたことが1度だけあった。けれど、今回のは違う。きゅんと胸が音を立て、優しい温かさを感じた。

 何度名前で呼んで欲しいと願ったことか。いつの間にか諦めていたのに、こんな時に急に呼ぶのはずるい。

「……武内先生、私のことは疑問に思わなかったんですか?」

 何となく名前を呼ばれたことに触れたら、旭が照れて2度と呼んでくれない気がした。だから夕映は、そのまま会話を続けた。

「もちろん、そういえば小柳さんは何だったのって。ちゃんと説明したよ……」

「そうですか……」

 夕映はそっと頬を伝う涙を手で拭った。これで秘密を知る人がまた1人増えた。こうして1人、また1人と増えていったらいつかはなくなる。契約だとしても付き合っていたという肩書きが。
 氷が溶けだすようにじわじわと嘘が暴かれていく。

「だから、もうお終い」

「え……?」

「俺の片想い。もう終わったんだよ」

 寂しそうにそう言われれば、夕映は自分の契約のことなどどうでもよくなってしまった。

 私はまだ終わりにしていない。荻乃先生を諦めるのを思いとどまったんだ。だから、寂しいのは私じゃなくて、先生の方……。傷付いたのも、先生の方だ……。

「先生、その傷を私に舐めさせてくれませんか」

 夕映は震える声で言った。
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