その傷を舐めさせて

雪村こはる

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近付く距離と遠ざかる距離

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 夜天はピタリと動きを止める。それからゆっくり口を開いて「……そうだって言ったらもう関わるのやめる?」と質問で返す。
 夜天のことだからそんなわけないだろと否定するものだと思っていた。先手を打ったつもりが狼狽するはめになる。

「え? ……あ、本当に?」

「どうなんだよ。夕映を譲れって言ったら、2度とアイツを誘わないって約束できんの?」

 いつになく真剣な視線を送る夜天に、旭はばっと目を逸らした。その瞬間に、夕映の声が頭を過ぎった。自分のことを好きだと言ってくれる相手が現れたら、その人物と向き合ってみると言っていた。
 それがもし夜天だったら……。
 夕映が旭に向ける笑顔も、照れた表情も、幸せだと言った時間も全て夜天のものになる。

「……それは」

「お前、夕映のこと好きになれないんだろ? お前はアイツを繋ぎ止めておきたいだけだ。自分のことを好きだって言ってくれる人間が自分から離れていくのが嫌なだけだろ」

「そういうわけじゃっ……」

「ずるいだろ、そういうの」

 夜天にそう言われれば、チクリと胸が痛んだ。彼氏がいた時には常に自分だけを見て欲しいと願った。自分ばかりが夢中になり、好きだという気持ちを利用され、裏切られた。自分の気持ちを知っていながら、突き放すことはせず手元に置いておいたのだ。離れられないと知っていたから。
 夜天にずるいと言われて初めて気付く。自分がしていることは、元彼と同じなんじゃないか……そんなふうに。

「……ずるいかもしれない。でも、自分でもよくわかんないんだよ。女性を好きになったことはない。男しか好きになれなかった。でも、全く女性に興味がないわけじゃないんだよ。彼女のことを誘ったのだって単純に俺が一緒に行きたいと思ったからだし……可能性は低いかもしれないけど、時間がかかるかもしれないけど、もしかしたら好きになれるかもって……」

「ふーん……。だから可能性はゼロじゃないってこと」

「……それを言った時にはゼロに近かった。でも、夜天が独り占めするのは違うと思う……」

 夜天はゴクリと喉を鳴らした。いかにも正論らしいことを言った。保のことが好きなら、男が好きならこれ以上夕映に手を出すな。そう言えば納得する気がした。それなのに、あろうことか旭は夜天に夕映を独り占めするなと言ったのだ。

「独り占めって……別に俺のじゃねぇし」

「でもしようとしてるんでしょ?」

「……お前は武内のことが好きなんだろ?」

「そうだけど……」

「それなら夕映に対する気持ちも勘違いかもしれないだろ」

 夜天は苦し紛れにそう言った。もしも旭が夕映のことを好きになれればそこはピッタリと丸く収まってしまうのだ。想像すれば、ドクドクと鼓動は激しくなり、どうしても夕映を手放したくなくなった。
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