その傷を舐めさせて

近付く距離と遠ざかる距離

22

「別に……普通だから。友達なら普通だよ。武内だって旭に後ろから抱きついたり肩組んだりするだろ？」

　夜天がさらりとそう言えば、パーティーでの2人の距離感を思い出す。スキンシップ多めの保が旭に絡む場面。保は旭に恋愛感情など持ってはいないが、確かに肩を組んだり近い距離を保っていた。

　そ、そっか……。友達だとこういうのも普通なのか。知らなかった。知らなかったぞ……。そういえばアスリートが勝利した時、仲間同士で抱き合って喜びを分かち合うこともあるしな。
　なんだ、そっか……。

　夕映はようやく安心したように、夜天の胸に頬を預けた。それから同じように夜天の背中に手を回すと、きゅっと白衣を握った。
　のしかかった体重を感じた夜天は、瞼をそっと上げる。拒絶されることも覚悟の上だった。そんなはずがないと突き飛ばされるくらいは想像していた。しかし、必死にしがみつく小さな体に、夜天の心は揺れた。

　あー……。何してんだよ、俺。普通なわけねぇじゃん……。他の男にもこんなことしてたら俺怒るぞ。旭はぜってぇこんなふうに抱きしめたりしないだろうけど。

　夕映の速い鼓動が夜天に伝わる。相手は旭でないにもかかわらず、少しは異性として意識しているのかもしれない。そう思ったら、急に可愛く思えた。自分の行動が夕映の胸を高鳴らせることができるのであれば、相手は旭である必要もないんじゃないか……そんなふうにも考えた。

「……夕映」

「……は、はいっ」

「旭には言うなよ」

「……何をですか？」

　俺がお前を抱きしめたこと。

「……俺が旭に相談されたってお前に言ったこと。旭は俺のこと信用して相談してきたわけだから、お前が知ってたら不審に思うだろ」

「そ、そうですね！」

　夕映は、夜天の胸に顔を埋めたままこくこくと頷く。夜天はお団子状に丸めてある夕映の髪をそっと触る。ゴムを引っ張れば、簡単にパラリと髪が解けた。

「あ……」

「俺も、お前に言ったこと旭には言わねぇから。……秘密な」

「秘密……はい、わかりました」

　深く頷いた夕映の振動を感じると、夜天はそっと頬を緩めた。認知的不協和。人間は矛盾が生じた時、本能的に矛盾を解消しようとする心理学の1つだ。
　矛盾を修正するために、自分に都合のいい解釈をしようとする。急に訪れた秘密の共有は、無意識の内に夕映にそれほどまでに夜天とは親密な関係なのだと錯覚させることができるはずだった。

　夜天は解いた髪を優しく撫でる。甘いシャンプーの香りを強く感じた。そっと目を伏せた夜天は、それを1束すくうと夕映に気付かれない程度に軽く口付けた。