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近付く距離と遠ざかる距離
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「なんだよ、デートの報告かぁ?」
相手は実に気怠そうに電話に出た。
「ち、違いますよ! 夜天さんに聞きたいことがあってかけました」
「は? お前、今日デートだってはしゃいでたじゃねぇか」
「はい! 行ってきました! もう幸せ過ぎて死んでもいいです」
「せっかく旭と姉貴が救った命を粗末にするなよ」
「あ、はい。すみません」
夕映は電話口で丁寧に頭を下げた。それくらい嬉しかったっていうことを言いたかっただけなのに。そう思いながらもまた旭の顔が浮かぶ。
「でもまぁ、よかったな」
「はい! 楽しかったんですよー」
夕映は、曲名のことなどそっちのけで今日がいかに素晴らしい日だったかを延々と語った。夜天は自宅のソファーに座ってそれを聞きながら、声だけでも想像できる夕映の顔を思い出した。
長い、長い説明を聞き終わると「お前、本当に旭のこと好きだな」とポツリと言う。
「はい! 大好きです。だってあの笑顔ですよ? もう、名前そのものじゃないですか。私なんて沈みかけの夕焼けですよ。でも、荻乃先生は朝1番の旭です」
「……お前、俺に対する嫌味か? 悪かったな。真っ暗な夜で」
夜天は顔をしかめてそう言った。子供の頃は、よく名前をからからかわれたものだ。当時は珍しい名前だったから。ただ、夜天は自分ではそこそこ気に入っていた。明るい名が自分には似合わないとわかっていたからだ。
「あ……そ、そういう意味では……。でも希星先生も夜天さんも夜の名前ですね。綺麗です」
「そうか?」
「生まれたのが夜でした?」
「いや、両親が出会ったのがプラネタリウムらしい」
「なんですかそれ! ロマンチックです!」
「そうでもないだろ。聞いたってことは、お前が生まれたのは夕方だったのか?」
「そうですね。お母さんが出産終えて病室に戻ったら夕日が映えていて綺麗だったんですって。だから、その場で決めたって言ってました」
「ふーん」
「荻乃先生は朝だったんでしょうか」
「知らねぇ。今度聞いてみろよ」
「そうします」
夕映は嬉しそうにふふっと息を漏らした。始終ご機嫌な夕映に、夜天はふと顔を上げ「そういえばお前、なんか用事があってかけてきたんじゃねぇのか?」と尋ねた。
「あ! そうでした! 私、夜天さんと行ったコンサートで聴いた曲の中でもう1回聴きたい曲があったんですけど、曲名がわからないし調べても探せなかったんで聞きたかったんです」
「どれだ?」
「えっと」
夕映は電話越しに少し口ずさむ。曖昧な記憶を頼りに鼻歌を歌う。しかし、暫くしてから「ねぇよ、そんな曲」と夜天に遮られた。
相手は実に気怠そうに電話に出た。
「ち、違いますよ! 夜天さんに聞きたいことがあってかけました」
「は? お前、今日デートだってはしゃいでたじゃねぇか」
「はい! 行ってきました! もう幸せ過ぎて死んでもいいです」
「せっかく旭と姉貴が救った命を粗末にするなよ」
「あ、はい。すみません」
夕映は電話口で丁寧に頭を下げた。それくらい嬉しかったっていうことを言いたかっただけなのに。そう思いながらもまた旭の顔が浮かぶ。
「でもまぁ、よかったな」
「はい! 楽しかったんですよー」
夕映は、曲名のことなどそっちのけで今日がいかに素晴らしい日だったかを延々と語った。夜天は自宅のソファーに座ってそれを聞きながら、声だけでも想像できる夕映の顔を思い出した。
長い、長い説明を聞き終わると「お前、本当に旭のこと好きだな」とポツリと言う。
「はい! 大好きです。だってあの笑顔ですよ? もう、名前そのものじゃないですか。私なんて沈みかけの夕焼けですよ。でも、荻乃先生は朝1番の旭です」
「……お前、俺に対する嫌味か? 悪かったな。真っ暗な夜で」
夜天は顔をしかめてそう言った。子供の頃は、よく名前をからからかわれたものだ。当時は珍しい名前だったから。ただ、夜天は自分ではそこそこ気に入っていた。明るい名が自分には似合わないとわかっていたからだ。
「あ……そ、そういう意味では……。でも希星先生も夜天さんも夜の名前ですね。綺麗です」
「そうか?」
「生まれたのが夜でした?」
「いや、両親が出会ったのがプラネタリウムらしい」
「なんですかそれ! ロマンチックです!」
「そうでもないだろ。聞いたってことは、お前が生まれたのは夕方だったのか?」
「そうですね。お母さんが出産終えて病室に戻ったら夕日が映えていて綺麗だったんですって。だから、その場で決めたって言ってました」
「ふーん」
「荻乃先生は朝だったんでしょうか」
「知らねぇ。今度聞いてみろよ」
「そうします」
夕映は嬉しそうにふふっと息を漏らした。始終ご機嫌な夕映に、夜天はふと顔を上げ「そういえばお前、なんか用事があってかけてきたんじゃねぇのか?」と尋ねた。
「あ! そうでした! 私、夜天さんと行ったコンサートで聴いた曲の中でもう1回聴きたい曲があったんですけど、曲名がわからないし調べても探せなかったんで聞きたかったんです」
「どれだ?」
「えっと」
夕映は電話越しに少し口ずさむ。曖昧な記憶を頼りに鼻歌を歌う。しかし、暫くしてから「ねぇよ、そんな曲」と夜天に遮られた。
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