その傷を舐めさせて

雪村こはる

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近付く距離と遠ざかる距離

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「た、たかだかって言わないで下さいよ!」

「お前なぁ……俺医者だぞ」

「うー……わかりましたよう……」

 夕映はそう言って渋々スクラブを脱いだ。そんな所に旭が現れたのだ。旭が騒々しいと感じたのはこの2人だったわけだが、そのやり取りなど知る由もない旭はまた不自然な2ショットに目を伏せた。
 夜天は物品を片付けながら、そろっと旭の顔色を伺う。こんなタイミングでやってくるとは思ってなかったな、と苦笑した。

 またあらぬ誤解を生み出したが、夕映が迷ってて会いに行くのをやめたところだったから丁度よかったんじゃないかとさえ思えた。

「……で、旭はなんで来たわけ? 俺に用事だろ?」

 いや、コイツか? あぁ、コイツか。
 夜天はふっと頬を緩める。

「あ、いや……あの。昨日の、患者さん。DMの」

「うん」

「採血結果出てたから」

「だなー。やっぱ悪化してんな」

「うん。どうやらインスリンの手技が曖昧みたいで」

「は? ちゃんと投与できてねぇのか?」

「多分。だから、勝手に薬剤師に指導お願いしたけど……」

「あー。そう、わかった」

「それでも無理ならインスリンの種類変えようかと。今、速攻型使ってるから」

「うん。そっちはいじってくれてかまわねぇよ。旭に任せる」

「わかった。じゃあ、いいようにやらせてもらう」

「うん」

「……」

「……」

 それだけかー!? やっぱりお前、夕映目的だろ!? そんな内容、ピッチでよかっただろうが! ここにコイツがいるかどうか確認しに来たのか?
 なんだよ、脈アリなのか? 好きな女はどうなったんだよ!

 夜天の脳内をハイスピードで思考が駆け抜ける。

「……とりあえず処置は終わったから。お前はもう帰れ」

 これ以上ここにコイツを置いておくのもな……。
 夜天は夕映を横目に見ながら言う。細かくコクコクと頷く夕映は、そろっと立ち上がった。

「旭、外来戻んの?」

「え? いや、病棟に……」

「んじゃ、コイツ途中まで送ってやって」

「え……?」

 旭と夕映の視線が同時に夜天に降り注ぐ。

「すぐ創傷部触るから」

「も、もうかじったりしません!」

 はっと鼻を鳴らして笑う夜天にムキになる夕映だが、隣に立った旭の顔を上目がちに見つめた。今日は会えないと思っていた旭に会えた喜びが、じわじわと胸に広がって温かくなった。
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