その傷を舐めさせて

診察は手術の後で

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「お引越し早々勉強？　精が出るね」

　旭は、夕映が広げていた国家試験の問題用紙を手に取った。それから数問目を通すと「看護師さんってここまでやるんだ？　そりゃ、しっかりした看護師さんが多いはずだ」と続けた。

「先生は病棟にもいるんですよね？」

「うん。普段はね。俺の外来は火、金だけでしょ？　それ以外はずっと病棟」

「大変だ……」

「小柳さんも病棟の看護師さんになるんじゃないの？」

「あ、はい。そうですね……」

「じゃあ、他人事じゃないね」

　ふっと笑われた。前回会った時と同じくらい近い距離。エアコンがきいた部屋でも、旭の体温が伝わってくるようだった。確かにそこにいる。その実感が夕映の鼓動を速めた。
　なんてことない話をしているはずなのに、以前にはなかった2人きりの空間。本日で2回目の特別な時間。旭にとっては自分の患者を診察する義務でも、夕映にとっては別の意味をもつ。

「国家試験は難しかった？」

「難しかったです……でも、速報で自己採点したら、多分……受かってます」

「そっか。頑張ったね」

　優しい声が聞こえ、なぜか泣きそうになった。看護教員も、国試対策の講師も勉強するのが当たり前、受かって当たり前と毎日うんざりするほど口を揃えて言った。
　勉強をすることが当然として当日まで努力した。そんな夕映にとって「頑張ったね」という言葉は初めてもらえた言葉に聞こえた。

　じわじわと目頭が熱くなる。しかし、泣いたりしたらまた旭が帰ってしまうのではないかと危惧する夕映は、必死に涙をのんだ。