付喪神、子どもを拾う。

真鳥カノ

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SS「クリスマスの小さな猫に、祈りをこめて」

3 猫が運ぶ気持ち

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 儚げな女性という印象は変わらないが、猫を見つけたその瞬間の笑みは、なんだか子どものようだった。
 青白い頬に、ほんの一瞬でも赤味が差して、生気が宿ったと言うべきか。もちろん、ほんの一瞬ではあったが。それでもそんな瞬間を目に出来て、栗間は何故だか胸の奥が温かくなったのだった。
 だから、つい尋ねてしまった。
「猫、お好きなんですか?」
 女性は嬉々として頷くかと思ったが、違った。また俯いて、ため息とも呟きともつかない声を漏らした。
「……が……」
「はい?」
 首を傾げる栗間に、女性は視線を逸らしたまま、なんとか言葉を紡いだ。
「娘が……猫、好きで……」
「……あ、娘さんが……なるほど」
 何が『なるほど』なのか自分でもよくわからなかったが、口をついて出た。女性は、何か返事をする気配がない。また口を閉ざしてしまうようだ。
 栗間はなんとか、沈黙を破ろうと思った。
「娘さん、喜びますね!」
「……そうですか?」
「だって猫ちゃんが好きなんでしょう? だったら……」
「よく考えたら、嫌がるかも」
「え、どうして……?」
 お金を受け取って、ビニール袋に入れようとした栗間の手が止まった。別のものを勧めた方が良いかと思ったが、更に俯く女性には、他のチョコは目に入っていないようだった。
「あの子、猫が好きだから……可愛いから食べたらダメって、言うかも……」
「……あ、そういう理由ですか」
 ホッとしたような、不安なような、曖昧な気持ちだ。栗間は苦笑いを浮かべながら、続けた。
「うーん、食べて欲しいですけど……気に入って頂けるなら、観賞用でもいいです。作った人間としては」
「え……いいんですか?」
 栗間は、微笑みながら頷いた。
「このチョコを作るのは僕の担当なんです。チョコレートを動物の型で固めるだけなんですが、美味しくなるように何度も練習しました。だから、僕の作ったものが誰かに喜んで貰えるなら、とても嬉しいです。他のケーキが売り切れてて、かえって良かった」
 一言、口にすると、どんどん言葉が溢れてきた。気付けばお客様に話すようなことじゃないことまで話してしまっていた。
 しまった、と思った栗間の耳に、か細い声が聞こえてきた。
「あの……じゃあ、やっぱりこの猫ちゃん、娘に……」
 そう言うと、女性は猫チョコレートが入った袋を受け取った。
「食べたら美味しいし、食べなくても可愛いし……どっちにしろ、きっと喜ぶと思うから」
「それなら良かった!」
 女性の笑みは、ぎこちなかった。だが無理に笑顔を作っているというよりも、笑うのが苦手といった印象だ。
 店に入ってきた印象と重ねて考えると、もしかしたら最近、悪いことが続いていたのかもしれない。
 だが娘が喜ぶかもしれないという考えで笑顔になった。それは、とても素敵だと、心から思ったのだった。
 ニコニコして見つめる栗間に、女性はまた少し俯き加減になりながら、ぽつりと呟いた。
「絵本を、ね……あげたんです」
「絵本?」
 女性は静かに頷いた。
「食いしん坊の猫が主人公の絵本。それを読んであげたら、あの子すごく気に入って……何回も読んでるんです。去年はね、別の本をあげたんです。童話がいっぱい載ってる本……全部、読んだかな……」
 女性の物言いに、栗間は僅かにひっかかりを感じた。まるで、長い間会っていないかのような言い方だ。
 だが女性は、栗間の疑問には気付かず続けた。
「今年はこれしかあげられないから、大丈夫かなって不安だったんですけど……大丈夫だって思いました。パティシエさんの気持ちがたくさん籠もってるし」
「ええ。あなたの気持ちも、ね」
 栗間がそう言うと、女性は照れくさそうに、だけど満面の笑みを浮かべたのだった。
「良ければ、今度は娘さんと一緒に来て下さい」
「そう、ですね……来られたら、いいな」
 女性は、曖昧な言葉を口にしつつ、明るい笑みを浮かべたまま店を去った。鬱々とした表情が、自分の作ったチョコを買うことで笑顔に変わった。
 その女性の存在は、2年たった今も尚、栗間の胸の内に、どうしてか留まり続けている。
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