付喪神、子どもを拾う。

真鳥カノ

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SS「天狗と狐と付喪神~出会いには油揚げを添えて~」

剣の琴線(スイッチ)

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 剣が、伊三次と銀と銅、三人を見回しながら尋ねている。急に低くなった声音に、伊三次たちはなにやら不穏な者を感じたが、黙っていることは出来なかった。
「この料理が、輝いて見える……でしょうか?」
「その前」
「……主様は黙っていてくだされ……では?」
「その後」
「えーと……『主様』……つまり俺によってひもじい思いを……ってところか?」
 剣の視線が一層鋭く、冷たく変わった。そして、その視線のまま、深く頷いた。
 気のせいだろうか、周囲にいた客たちまで青ざめている。
「あんた……『主様』ってことは、この二人の主人なんだろう?」
「え? ああ、まぁ……そうだな」
 現代日本において”主従”関係などそうないので、人前では上司と部下と呼んでいるのだが……そんな考えが、どうも吹っ飛んでしまっているらしい。先ほどまで困ったように俯いていた剣の顔は、般若のような形相に変貌を遂げていた。
 伊三次までが思わず竦んでしまった。
「主人が、部下を、飢えさせてどうする!」
「え」
「大昔からそうだろう。主は配下の者を飢えさせないように尽力した。なんであんたはたった二人の部下を労ってやれない!」
 剣の怒りに満ちた言葉に、皆がびくっと身を震わせた。だがそんな中、二人だけが立ち上がり、大きく手を打った。
「その通り!」
「よくぞ言うて下された!」
 声の主はもちろん、銀と銅だ。
「剣殿と仰ったか。なんと清廉で筋の通った御仁か。このぐうたらな主様にどうかもう一言二言、びしっともの申してくだされ!」
「我らは贅沢をしたいなどと言ったことは一度もないというのに、空腹を訴えてものらりくらりとかわすばかりで、いつも聞く耳もたないのです」
「なんてことだ……! ただ腹を満たしたいってだけの願いが無視されていいはずがない。待ってろ。俺が君たちの空腹を満たす料理を作ってやる! 何も気にせず、腹一杯食べるんだ」
 剣はそう言うと、ぐっと拳を握りしめて、包丁だの鍋だのを新たに取り出した。仕込んでいた料理以外の何かを作る気のようだ。
 その熱く滾った様子を見て、常連客たちはなにやら苦笑いを浮かべている。
「あ~……剣さんのスイッチが入っちゃったなぁ」
「……スイッチ?」
 伊三次がこっそり聞き返すも、相変わらず苦笑いを向けるばかりだ。
「まぁ、見てればわかるよ。俺らは今日は帰るわ」
 何人かいた常連客たちは、皆酔いが覚めたようにしっかりした足取りで立ち上がり、「ツケにしといて」とだけ言って、出て行ってしまった。
 剣はそれらに生返事だけ返して、ひたすらにまな板に向かっている。
 店内にいるのは、剣と、双子と、伊三次のみ。剣は真剣な眼差しで包丁を握り、双子は期待に満ちた瞳でそれを見守る。
(どうすりゃいいんだよ……)
 伊三次はため息すら憚られる空気の中、ただ黙って小皿に載った突き出しを口に放り込むのだった。
「……美味い」
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