付喪神、子どもを拾う。

真鳥カノ

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SS「天狗と狐と付喪神~出会いには油揚げを添えて~」

馴染みの店の見慣れぬ男

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「今日のおすすめは何でしょうなぁ」
 意気揚々とした部下・あかがねの声が空に響く。
「旬のものの目利きが優れておられますからね、あの店の女将おかみは」
 これまた普段よりも浮かれた調子のしろがねの声が響く。
 二人は子どものようにはしゃぎながら、主である伊三次の背中に期待半分、普段の恨み半分の言葉を投げつける。もっとも、これから向かう、今日の夕飯と決めた店で何を食べるか考えているうち、恨み言など口にしなくなったが。美味しいものの前では、些末なことだと言いたげだ。
 本日の夕飯と決めたあの店・・・とは、伊三次たちの事務所兼家から電車で数駅離れた場所にある。ふらりと立ち寄る食事処としては決して近くはないのだが、それほどの時間をかける価値のある店だと、伊三次たち三人共が思っていた。
 それでいて、満腹になるまで食べてもそれほど懐は寂しくはならない。数駅の距離を越えてでも通うべき店なのだ。
 双子の口にする言葉に生返事とため息で応答しながらも、伊三次もまた、内心では何を食べようかとあれこれ考えていた。
 なにせこれから行く店は、女将が十数年の間、娘と二人で切り盛りしてきた小料理屋だ。夫婦二人で店を持ち、これからという時に夫が他界してしまった。それでも夫との夢を継いで店を続ける決意をしたのだとか。
 近所の人たちは最初は同情の意味もあって店に通っていたようだが、今では同情抜きにして完全に胃袋を掴まれてしまっている。そんなわけで席数も多くない小さな店ながら、繁盛しているようだ。
 ちょっとした縁があって伊三次が依頼を受け、それがきっかけで伊三次たちまで胃袋を掌握されてしまったというわけだ。
 今も、遠目に店の灯りと暖簾が見えただけでお腹がきゅうっと鳴ってしまいそうだ。前を歩く銀と銅の二人は我慢などせずにぐうぐう鳴らしているが、伊三次は二人の手前、こらえている。
 だがそれもここまで。殿前に立つと、淡く優しい出汁の香りが漂ってくる。思わずにこやかになりながら、暖簾をくぐって戸を開けた。
「うーっす。お久しぶりです、女将……さん?」
 伊三次の声は、だんだんとしぼんでいった。厨房に立つ人物と視線が合ったからだ。
 この店の女将は小柄で朗らかでにこやかな『優しいお母さん』という言葉がぴったりの女性だ。
 だが今、伊三次と目が合ったのは、大柄で武骨で表情の硬い『厳格なお父さん』と呼べそうな男性だった。それに……
(こいつ、力は弱いが、あやかしだ……!)
 同じ事を読み取ったのか、双子にも緊張が走った。
 だがその緊張を破ったのは、客席からのなんとも暢気な声だった。
「おう、伊三次さんじゃねえか! 早く座りなよ」
 伊三次よりももっと頻繁に顔を出す常連の男性だ。顔を真っ赤にしてご機嫌な空気を纏っている。
 伊三次は双子とも視線を交わしながら、その男性客の隣……カウンター席に三人並んで座った。
「どうぞ」
 席についた三人の前に、静かにおしぼりが差し出された。手を拭いている間に、湯飲みも置かれる。白い湯気が立ち上るが、渋いお茶の香り以外は感じない。
(毒は……入ってねえな)
 隣の双子に視線を送ると、頷き返した。どうやら安全なお茶のようだ。
 そろりと湯飲みに口をつけると、温かな渋みが口の中に流れ込んできた。するりと飲み込み、静かに息をつく。
「ただの緑茶ですよ」
 静かな声が、降ってきた。それと共に、鋭い視線も、伊三次に向けて降ってきた。
 伊三次には神通力がある。相手の胸の内を見抜く力も。だがそれは人間相手には通用するが、どうしてかあやかし相手には通じない。高位の天狗ならば通じるのだろうが、長く山を離れた伊三次には、そんな力は今は無い。実際、管狐の双子たちの考えを読むことなどできないのだから。
 だからこそ、向けられる鋭い視線に何が隠されているのか、読み切れずにいる。
 すると、視線の応酬を続ける伊三次たちを見て、隣にいた常連客が急に噴き出した。
「なんだよ警戒して。この人は大丈夫だよ、めちゃくちゃいい人! なあ、剣さん?」
「はぁ……」
『いい人』と言われてどう返していいかわからないのか、『剣さん』と呼ばれた男性は困ったように視線を逸らせた。
「この人は『剣』て人でな、何日か前からこの店手伝ってんの」
「手伝ってる……従業員てことですか?」
「はぁ、まぁ……」
「いやいやいや、わかるだろ、伊三次さん。ようやくそういう・・・・時が来たんだよ」
「は?」
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