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第二章 おかわり ”びっくり”たまご
5 約束
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「よし、荷物はこれで全部ね」
車のトランクに奈々と天の大きめのバッグを詰め込んで、蓋を閉めた。
新幹線の駅まで、晶が3人を送ることになっている。竹志と野保とは、ここでお別れだ。
「忘れ物があったら送るから、気にしなくていい」
野保がそう言うと、奈々たちの母は深々と頭を下げた。
「おじさん、ほんまに……ほんまに、ありがとうございました」
「私は何も。一番頑張ってくれたのは、この泉くんだ」
野保がそう言うと、母親は今度は竹志の方に向けて、頭を下げた。
「泉さんも、ほんまにありがとうございました。あの……子どもたちと一緒に料理とか色々、頑張ってみます」
「あまりお疲れの出ませんように。奈々ちゃんも、ね」
「は、はい」
急に話を振られて、奈々は慌てて頷いた。なにやら、指をいじってもじもじしている。
そんな奈々が何かを言う前に、竹志に元気に飛びついたのは天だった。
「タケちゃんありがとぉ! またご飯たべたい!」
「こちらこそ、ありがとう。いつでも食べに来てね」
「あんな、あんな、おりょうりな、めっちゃおもしろかった! てんちゃん、タケちゃんみたいになる!」
「ほんと? すごいなぁ。今からやったら絶対僕なんかより上手になるよ」
「うん、なる! ほんでな、タケちゃんにな、たべさせたげるねん!」
「うん、楽しみにしてる」
「……泉さんみたいになるんなら、お料理だけやないで。お掃除もお洗濯もお片付けも、何でもできないと……ものすごい優しくできないとあかんよ」
離れようとしない天をそっと引き剥がして、奈々が言う。だが、自分自身の挨拶はまだ紡ぎ出せないようだ。
そんな奈々に向けて、竹志の方が言いたいことがあった。
「あのさ、奈々ちゃん。レシピノートあるよね? あれ、最後に見せてもらってもいい?」
「あ、はい……」
奈々は手持ちのバッグに入れていたレシピノートを取り出した。野保の妻が奈々たちに宛てて書いたものだ。いくつかはレシピの正体がわかったが、やはりまだメニュー名がわからないものも残っている。
「これ、写真撮ってもいい?」
「ど、どうぞ……なんでです?」
「僕も作りたいなと思って。どれも美味しそうだし」
奈々が開いてみせるページに、竹志がスマートフォンのカメラを向けた。が、『パシャリ』という音の直前に、奈々が急に引き戻した。
「や、やっぱりあかん! 撮ったらダメ」
「え、なんで!?」
奈々はノートを取り上げて、そのまま顔を埋めて隠してしまった。かろうじて顔を覗かせて、か細い声で竹志に告げる。
「つ……次会った時、作ったげる。だから……泉さんは、作ったらあかん」
そう言うと、奈々はまたノートに顔を埋めてしまった。耳が真っ赤になっている。
野保と晶、そして奈々の母は顔を見合わせているが……言われた竹志はなんだか不満げだった。
「え、なんで? 作りっこして、お互いに報告したらいいんじゃないの? 美味しいものは誰が何回作ったって……」
「あーはいはい。いいから、あなたは素直にご厚意に甘えなさい」
晶が止めるまで、竹志はずっと奈々ににじり寄ってノートを見せてもらえないかせがんでいた。肝心なところでは鈍感な様子に、その場の誰もが苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ奈々ちゃんが作って、報告を泉くんに送ったらどうだ? 今、連絡先を交換しておいたらいい」
「え!!?」
奈々は天を貫くほどの大声で驚いていたが、戸惑う間もなく、晶と母親に推し進められて、あっという間に竹志と連絡先を交換し終えた。
「ありがとう。連絡するね。それで、作った料理の連絡待ってる」
「……お料理のこと、報告じゃなくても、相談とか……していい?」
「もちろん」
「お料理以外のことでも、いい?」
「いいよ。全然、何でも」
「ほ……ホンマに?」
「本当に」
「そ……それやったら……連絡する」
そう約束して、奈々たちは車に乗り込んだ。
窓を全開にした天がぶんぶん手を振っている。奈々は自分も手を振りつつ、天が落ちないように抱えているので必死そうだった。
「ばいばーい! ばいばぁぁーい!!」
天の大きな声が、いつまでも響いている。その声がようやく聞こえなくなったのは、車の姿が見えなくなった頃だった。
「やれやれ……静かになるな」
「ちょっと……だいぶ寂しいですね」
野保の家は静かになるが、今度は、奈々たちの家が賑やかになる番だ。
そう思うと、竹志の寂しさも少し紛れた。
そうであってほしい。きっと、そうなる。
高く上った太陽の方へ向けて走って行った奈々たちの姿を思い浮かべて、竹志はそう思い、そして願った。
その時、竹志のスマートフォンで着信音が鳴った。メッセージアプリに何か届いている。
送り主は……と確認して、竹志は思わず笑ってしまった。
つい先ほど連絡先を交換した奈々から、謎のメッセージが届いている。そして数通に一通、それらが天の仕業であることを謝る奈々のメッセージが入る。
「どうやら、静かになるわけではなさそうだな」
「ええ、まだまだ賑やかみたいです」
真夏の日差しを避けて、野保と竹志は家の中に入った。
アプリ画面には、真夏の太陽よりももっと賑やかで明るい様子が繰り広げられている。竹志と野保は、しんみりした空気を振り払うかのように、いつまでもその画面を楽しく見つめていた。
車のトランクに奈々と天の大きめのバッグを詰め込んで、蓋を閉めた。
新幹線の駅まで、晶が3人を送ることになっている。竹志と野保とは、ここでお別れだ。
「忘れ物があったら送るから、気にしなくていい」
野保がそう言うと、奈々たちの母は深々と頭を下げた。
「おじさん、ほんまに……ほんまに、ありがとうございました」
「私は何も。一番頑張ってくれたのは、この泉くんだ」
野保がそう言うと、母親は今度は竹志の方に向けて、頭を下げた。
「泉さんも、ほんまにありがとうございました。あの……子どもたちと一緒に料理とか色々、頑張ってみます」
「あまりお疲れの出ませんように。奈々ちゃんも、ね」
「は、はい」
急に話を振られて、奈々は慌てて頷いた。なにやら、指をいじってもじもじしている。
そんな奈々が何かを言う前に、竹志に元気に飛びついたのは天だった。
「タケちゃんありがとぉ! またご飯たべたい!」
「こちらこそ、ありがとう。いつでも食べに来てね」
「あんな、あんな、おりょうりな、めっちゃおもしろかった! てんちゃん、タケちゃんみたいになる!」
「ほんと? すごいなぁ。今からやったら絶対僕なんかより上手になるよ」
「うん、なる! ほんでな、タケちゃんにな、たべさせたげるねん!」
「うん、楽しみにしてる」
「……泉さんみたいになるんなら、お料理だけやないで。お掃除もお洗濯もお片付けも、何でもできないと……ものすごい優しくできないとあかんよ」
離れようとしない天をそっと引き剥がして、奈々が言う。だが、自分自身の挨拶はまだ紡ぎ出せないようだ。
そんな奈々に向けて、竹志の方が言いたいことがあった。
「あのさ、奈々ちゃん。レシピノートあるよね? あれ、最後に見せてもらってもいい?」
「あ、はい……」
奈々は手持ちのバッグに入れていたレシピノートを取り出した。野保の妻が奈々たちに宛てて書いたものだ。いくつかはレシピの正体がわかったが、やはりまだメニュー名がわからないものも残っている。
「これ、写真撮ってもいい?」
「ど、どうぞ……なんでです?」
「僕も作りたいなと思って。どれも美味しそうだし」
奈々が開いてみせるページに、竹志がスマートフォンのカメラを向けた。が、『パシャリ』という音の直前に、奈々が急に引き戻した。
「や、やっぱりあかん! 撮ったらダメ」
「え、なんで!?」
奈々はノートを取り上げて、そのまま顔を埋めて隠してしまった。かろうじて顔を覗かせて、か細い声で竹志に告げる。
「つ……次会った時、作ったげる。だから……泉さんは、作ったらあかん」
そう言うと、奈々はまたノートに顔を埋めてしまった。耳が真っ赤になっている。
野保と晶、そして奈々の母は顔を見合わせているが……言われた竹志はなんだか不満げだった。
「え、なんで? 作りっこして、お互いに報告したらいいんじゃないの? 美味しいものは誰が何回作ったって……」
「あーはいはい。いいから、あなたは素直にご厚意に甘えなさい」
晶が止めるまで、竹志はずっと奈々ににじり寄ってノートを見せてもらえないかせがんでいた。肝心なところでは鈍感な様子に、その場の誰もが苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ奈々ちゃんが作って、報告を泉くんに送ったらどうだ? 今、連絡先を交換しておいたらいい」
「え!!?」
奈々は天を貫くほどの大声で驚いていたが、戸惑う間もなく、晶と母親に推し進められて、あっという間に竹志と連絡先を交換し終えた。
「ありがとう。連絡するね。それで、作った料理の連絡待ってる」
「……お料理のこと、報告じゃなくても、相談とか……していい?」
「もちろん」
「お料理以外のことでも、いい?」
「いいよ。全然、何でも」
「ほ……ホンマに?」
「本当に」
「そ……それやったら……連絡する」
そう約束して、奈々たちは車に乗り込んだ。
窓を全開にした天がぶんぶん手を振っている。奈々は自分も手を振りつつ、天が落ちないように抱えているので必死そうだった。
「ばいばーい! ばいばぁぁーい!!」
天の大きな声が、いつまでも響いている。その声がようやく聞こえなくなったのは、車の姿が見えなくなった頃だった。
「やれやれ……静かになるな」
「ちょっと……だいぶ寂しいですね」
野保の家は静かになるが、今度は、奈々たちの家が賑やかになる番だ。
そう思うと、竹志の寂しさも少し紛れた。
そうであってほしい。きっと、そうなる。
高く上った太陽の方へ向けて走って行った奈々たちの姿を思い浮かべて、竹志はそう思い、そして願った。
その時、竹志のスマートフォンで着信音が鳴った。メッセージアプリに何か届いている。
送り主は……と確認して、竹志は思わず笑ってしまった。
つい先ほど連絡先を交換した奈々から、謎のメッセージが届いている。そして数通に一通、それらが天の仕業であることを謝る奈々のメッセージが入る。
「どうやら、静かになるわけではなさそうだな」
「ええ、まだまだ賑やかみたいです」
真夏の日差しを避けて、野保と竹志は家の中に入った。
アプリ画面には、真夏の太陽よりももっと賑やかで明るい様子が繰り広げられている。竹志と野保は、しんみりした空気を振り払うかのように、いつまでもその画面を楽しく見つめていた。
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誤字報告失礼します。
損cx法してくれて → 尊重
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毎度毎度失礼いたしました!
修正しました!
ありがとうございますm(_ _)m
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