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第二章 おかわり ”びっくり”たまご
4 作りたかったもの
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奈々の誇らしげな表情を、母親の満足げな表情を、なによりも外からも中からもほくほくと湯気を立てる様子を、野保も晶も興味津々に覗き込んでいた。
「なるほどな。中にソースを閉じ込めるわけか」
「生卵がとろっと出てきたら天ちゃんは食べられないから、ソースの方をとろんと出てくるようにしたのね」
奈々は自身を持って、力強く頷いた。
「はい。チキンライスも、ミートソースとご飯を混ぜたので十分美味しいって言ってたから、それならこのソースを使おうってなって。卵の中にソース入れちゃうから、ご飯と混ぜなくてもいいって気付いて……これなら天ちゃんも気にせずに食べられるし、中からとろっと出てくる楽しみもあるし、何よりすっごい簡単やし……ね?」
奈々の問いに、母親は苦笑いで答える。
「そう。そう言って一緒に試してたんやけど、肝心のソースを閉じ込めたオムレツ作るのが難しくて挫折してしもて……でも、ねねちゃんが完成させてくれたんやな。やっぱり凄いわ」
「すごく、頑張ってましたから。何度も何度も失敗しても、絶対に諦めないで……だから、今、できたんですよ」
竹志は、強い声音でそう言った。決して奈々が『元々凄い』からできたのではないと、わかってほしかった。
「そうやね。あかんわ、またうっかりねねちゃんに甘えそうになってしもた。いつも何でもしっかりやってくれるもんやから、できるまでの間のことを忘れてしまうわ。ごめんな」
母親は、奈々の手をそっと握った。
「私は会社の仕事以外はホンマにできひんから迷惑かけてしもて……一回、ねねちゃんにも怒られたことあったなぁ」
「え、そんなことあった?」
「あったよ。朝のものすっごい急いでた時やったから。私の手際が悪すぎて、ねねちゃんに『もうええから早くご飯食べて』って言われてしもて……で、食べてる間にねねちゃんがぱぱぱーって素早く全部準備整えてくれたもんやから、余計なことせん方がいいって思ってな。でも、そのせいで色んな事どんどん、ねねちゃんに丸投げになっていってたわ。私も成長せなあかんて話やのにね」
「え、そんなこと言ったんや……全然覚えてへん」
「ねねちゃんも必死やったんやな。それを、ねねちゃんは何でもできるから、しっかりしてるからって……ホンマにごめん」
母の手が、奈々の背中に回る。優しく、だけど強く、奈々を包み込んだ。奈々は目を瞬かせながら、おずおずと、頷いていた。
「う、うん……」
そんな二人の服の裾を、ちょんちょんと小さな手が引っ張った。
「なあなあ、てんちゃんも、これ食べていい?」
天はそう言って、目をキラキラさせながらオムライスを見ていた。奈々は天の為に一口、スプーンを差し込んだが……その手がピタリと止まった。
「あ、これあかんわ。卵がまだちょっととろっとしてるところがある」
「え、食べたらあかんの!?」
ようやく食べられると思った希望が打ち砕かれ、天は絶望の表情に変わった。
慌てる奈々の肩を、竹志はぽんと、優しく叩いた。
「大丈夫。これはお母さんに食べてもらう用だし。次に作るのは、もうちょっと長めに火を入れて作ってみよう」
「次……」
竹志の後ろには野保たちもいる。竹志もいる。奈々自身もいるし、なにより肝心の天の分がまだできていない。
まだまだたくさん作らなければいけない。
また何度だって、作ればいいのだ。
「次は私にも教えて、ねねちゃん。私も作れるようになりたいわ」
「てんちゃんもつくる! おりょうり、たのしい!」
「うん。一緒に、作りたい……!」
台所は、急に慌ただしくなった。人数分のお皿を出す音、追加で材料を取り出す音……そして一緒にフライパンを持ったり、ひっくり返したりと一つ一つの作業をこなす度、親子の賑やかな声が響くのだった。
「なるほどな。中にソースを閉じ込めるわけか」
「生卵がとろっと出てきたら天ちゃんは食べられないから、ソースの方をとろんと出てくるようにしたのね」
奈々は自身を持って、力強く頷いた。
「はい。チキンライスも、ミートソースとご飯を混ぜたので十分美味しいって言ってたから、それならこのソースを使おうってなって。卵の中にソース入れちゃうから、ご飯と混ぜなくてもいいって気付いて……これなら天ちゃんも気にせずに食べられるし、中からとろっと出てくる楽しみもあるし、何よりすっごい簡単やし……ね?」
奈々の問いに、母親は苦笑いで答える。
「そう。そう言って一緒に試してたんやけど、肝心のソースを閉じ込めたオムレツ作るのが難しくて挫折してしもて……でも、ねねちゃんが完成させてくれたんやな。やっぱり凄いわ」
「すごく、頑張ってましたから。何度も何度も失敗しても、絶対に諦めないで……だから、今、できたんですよ」
竹志は、強い声音でそう言った。決して奈々が『元々凄い』からできたのではないと、わかってほしかった。
「そうやね。あかんわ、またうっかりねねちゃんに甘えそうになってしもた。いつも何でもしっかりやってくれるもんやから、できるまでの間のことを忘れてしまうわ。ごめんな」
母親は、奈々の手をそっと握った。
「私は会社の仕事以外はホンマにできひんから迷惑かけてしもて……一回、ねねちゃんにも怒られたことあったなぁ」
「え、そんなことあった?」
「あったよ。朝のものすっごい急いでた時やったから。私の手際が悪すぎて、ねねちゃんに『もうええから早くご飯食べて』って言われてしもて……で、食べてる間にねねちゃんがぱぱぱーって素早く全部準備整えてくれたもんやから、余計なことせん方がいいって思ってな。でも、そのせいで色んな事どんどん、ねねちゃんに丸投げになっていってたわ。私も成長せなあかんて話やのにね」
「え、そんなこと言ったんや……全然覚えてへん」
「ねねちゃんも必死やったんやな。それを、ねねちゃんは何でもできるから、しっかりしてるからって……ホンマにごめん」
母の手が、奈々の背中に回る。優しく、だけど強く、奈々を包み込んだ。奈々は目を瞬かせながら、おずおずと、頷いていた。
「う、うん……」
そんな二人の服の裾を、ちょんちょんと小さな手が引っ張った。
「なあなあ、てんちゃんも、これ食べていい?」
天はそう言って、目をキラキラさせながらオムライスを見ていた。奈々は天の為に一口、スプーンを差し込んだが……その手がピタリと止まった。
「あ、これあかんわ。卵がまだちょっととろっとしてるところがある」
「え、食べたらあかんの!?」
ようやく食べられると思った希望が打ち砕かれ、天は絶望の表情に変わった。
慌てる奈々の肩を、竹志はぽんと、優しく叩いた。
「大丈夫。これはお母さんに食べてもらう用だし。次に作るのは、もうちょっと長めに火を入れて作ってみよう」
「次……」
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「てんちゃんもつくる! おりょうり、たのしい!」
「うん。一緒に、作りたい……!」
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