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第二章 おかわり ”びっくり”たまご
1 サプライズ
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竹志のアルバイト三昧の夏休みは、まだほんの少し続くことになった。別にやることは何も変わらないのだが、一度は急に終わるかと思われたことだ。続けられるとなると、なんだか嬉しかった。
あの姉弟といきなりお別れにならなくて良かった。奈々たちが家族とほんの少し、分かり合えたようで良かった。きっとお互いに理解を深めるのはこれからだろうが、一歩が必要だとわかっただけで、良かった。
竹志はそう思っていた。
自転車を漕ぐ足にも自然と力が入る。自分でわかるほどに、今日の竹志は浮かれていた。
(今日は奈々ちゃんと天ちゃんの好きなもの、いっぱい作ってあげよう。いや、あと一週間しかないし、毎日作ってあげなきゃな)
そんなことを考えながら自転車を停め、軽やかに玄関の戸を開けた。
すると、既に玄関に立っていた奈々と目が合った。
「お、おはよう、奈々ちゃん」
「おはよう…ございます」
竹志は驚いてどもってしまったが、奈々はなんだか様子が違う。どういうわけか、もじもじしている。
「えーと……洗濯物は……」
「干しました」
「ありがとう。天ちゃんは?」
「今おじさんと散歩に行ってます」
「あ、そうなんだ。晶さんは仕事だし……じゃあ今のうちに掃除機かけちゃうね。奈々ちゃんの部屋を最後にした方がいい? それとも最初にやっちゃった方がいいかな?」
勉強のために部屋にこもるだろう奈々の都合を聞いたつもりだったが、奈々は、どうしてか首を横に振るばかりだ。いったい、どちらなのか?
「何か他に用事でもあった?」
そろりと尋ねると、奈々は小さく頷いた。なるほど、遠慮がちな奈々らしい。肝心の頼みごとがなかなか言い出せなかったようだ。
「なになに? もしかして天ちゃんに何かサプライズ?」
奈々は、またも小さく頷いた。自分で聞いておいてなんだが…ちょっと意外だった。サプライズやイベントめいたものはあまりしないように見えたのに。
だがやりたいなら全力で協力したい。竹志は、奈々と目線を合わせて、その言葉を待った。
竹志が待っているとわかったのか、奈々は、おずおずと話した。
「あ、あの……教えてほしいことがあって……」
「教える? 僕が教えられること?」
「はい。でも天ちゃんに……は無理かもしれないんですけど、他にも作ってびっくりさせたげたい人がいて……」
「え、誰?」
竹志は思わず、顔をずいと近づけて、耳打ちを促した。今は家に二人しかいないからそんな必要はないのだが……なんとなく、内緒話だからこうしたくなった。奈々も、それにつられで耳元で呟いた。
「……なるほど。それ、いいかも」
「そう、思います?」
「思う思う。むしろ、天ちゃんも一緒にやった方がいいんじゃないかな」
「え、天ちゃんも……?」
奈々が驚いた顔をした。どちらかと言うと、ちょっと乗り気じゃなくなった顔だろうか。その理由がわからないでいると、次の瞬間に玄関の戸が勢いよく開いた。
「ただいま! あ、タケちゃんや!!」
大きな声で、天がしがみついてくる。その後ろから、野保が汗だくで歩いてきた。
「やれやれ、ちょっと散歩に出ただけでこれだ。かなわんな」
「大丈夫ですか? タオル取って来ますね。あと冷たい麦茶と……」
「すまんな。君も来たばっかりなのに」
普段、背筋をピンと伸ばしている野保が暑さで息を切らしているのだから、よほどのことだ。家事代行であり、野保よりずっと若い竹志が音を上げるわけにはいかない。
「大丈夫です。それなら、ちょうどいいから僕も一緒にお茶を頂いていいですか?」
「もちろん」
「あ、じゃあ私がタオルとってきます!」
「天ちゃんも行く!」
奈々がパタパタと洗面所に走り、その後をもっと小さな足音がついていく。
昨日までと、同じだ。
竹志はどこか安心しつつ、それもやはりあと一週間ほどなのだと思い直す。そして、だからこそ、先ほど奈々から受けた提案を全力で助けたいと思うのだ。
「野保さん、皆でお茶しながらお話ししたいことがあるんです。奈々ちゃんのアイデアなんですけどね」
「ほぅ? 奈々ちゃんの、か」
その言葉を聞いて、野保の瞳に浮かんでいた疲れが、ほんの少し和らいだ様子が見えた。
あの姉弟といきなりお別れにならなくて良かった。奈々たちが家族とほんの少し、分かり合えたようで良かった。きっとお互いに理解を深めるのはこれからだろうが、一歩が必要だとわかっただけで、良かった。
竹志はそう思っていた。
自転車を漕ぐ足にも自然と力が入る。自分でわかるほどに、今日の竹志は浮かれていた。
(今日は奈々ちゃんと天ちゃんの好きなもの、いっぱい作ってあげよう。いや、あと一週間しかないし、毎日作ってあげなきゃな)
そんなことを考えながら自転車を停め、軽やかに玄関の戸を開けた。
すると、既に玄関に立っていた奈々と目が合った。
「お、おはよう、奈々ちゃん」
「おはよう…ございます」
竹志は驚いてどもってしまったが、奈々はなんだか様子が違う。どういうわけか、もじもじしている。
「えーと……洗濯物は……」
「干しました」
「ありがとう。天ちゃんは?」
「今おじさんと散歩に行ってます」
「あ、そうなんだ。晶さんは仕事だし……じゃあ今のうちに掃除機かけちゃうね。奈々ちゃんの部屋を最後にした方がいい? それとも最初にやっちゃった方がいいかな?」
勉強のために部屋にこもるだろう奈々の都合を聞いたつもりだったが、奈々は、どうしてか首を横に振るばかりだ。いったい、どちらなのか?
「何か他に用事でもあった?」
そろりと尋ねると、奈々は小さく頷いた。なるほど、遠慮がちな奈々らしい。肝心の頼みごとがなかなか言い出せなかったようだ。
「なになに? もしかして天ちゃんに何かサプライズ?」
奈々は、またも小さく頷いた。自分で聞いておいてなんだが…ちょっと意外だった。サプライズやイベントめいたものはあまりしないように見えたのに。
だがやりたいなら全力で協力したい。竹志は、奈々と目線を合わせて、その言葉を待った。
竹志が待っているとわかったのか、奈々は、おずおずと話した。
「あ、あの……教えてほしいことがあって……」
「教える? 僕が教えられること?」
「はい。でも天ちゃんに……は無理かもしれないんですけど、他にも作ってびっくりさせたげたい人がいて……」
「え、誰?」
竹志は思わず、顔をずいと近づけて、耳打ちを促した。今は家に二人しかいないからそんな必要はないのだが……なんとなく、内緒話だからこうしたくなった。奈々も、それにつられで耳元で呟いた。
「……なるほど。それ、いいかも」
「そう、思います?」
「思う思う。むしろ、天ちゃんも一緒にやった方がいいんじゃないかな」
「え、天ちゃんも……?」
奈々が驚いた顔をした。どちらかと言うと、ちょっと乗り気じゃなくなった顔だろうか。その理由がわからないでいると、次の瞬間に玄関の戸が勢いよく開いた。
「ただいま! あ、タケちゃんや!!」
大きな声で、天がしがみついてくる。その後ろから、野保が汗だくで歩いてきた。
「やれやれ、ちょっと散歩に出ただけでこれだ。かなわんな」
「大丈夫ですか? タオル取って来ますね。あと冷たい麦茶と……」
「すまんな。君も来たばっかりなのに」
普段、背筋をピンと伸ばしている野保が暑さで息を切らしているのだから、よほどのことだ。家事代行であり、野保よりずっと若い竹志が音を上げるわけにはいかない。
「大丈夫です。それなら、ちょうどいいから僕も一緒にお茶を頂いていいですか?」
「もちろん」
「あ、じゃあ私がタオルとってきます!」
「天ちゃんも行く!」
奈々がパタパタと洗面所に走り、その後をもっと小さな足音がついていく。
昨日までと、同じだ。
竹志はどこか安心しつつ、それもやはりあと一週間ほどなのだと思い直す。そして、だからこそ、先ほど奈々から受けた提案を全力で助けたいと思うのだ。
「野保さん、皆でお茶しながらお話ししたいことがあるんです。奈々ちゃんのアイデアなんですけどね」
「ほぅ? 奈々ちゃんの、か」
その言葉を聞いて、野保の瞳に浮かんでいた疲れが、ほんの少し和らいだ様子が見えた。
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