93 / 98
第二章 五品目 ”はてな”を包んで
19 もう少しだけ
しおりを挟む
「あれ、美味しい……」
奈々までがそう言ったことで、居間はざわついた。
「良かった! 奈々ちゃんがそう言ってくれて! やっぱり美味しいよねぇ?」
「え、うん……」
「奈々ちゃん大丈夫か? 気分が悪くなったらすぐに言いなさい」
「お父さん、美味しいって言ってたでしょ!」
野保親子が、奈々を挟んで言い合いを始めてしまう。どうも食べ物に関する諍いだけは、二人とも遠慮がないらしい。
二人に挟まれて困っている奈々に、竹志はそっと声をかけた。
「食べてみないと、わかんないもんだね」
同志だと思って笑いかけたのだが、奈々はどうしてか、顔を逸らしてしまった。だが怒った様子もない。なにやら考え込んでいたかと思うと、皿と箸を置いて、両親の方をまっすぐに見つめた。
「お父さん、お母さん、お願いがあります」
両親は、奈々の様子に少し驚きながらも、奈々に合わせて皿と箸を置いた。
「お願いって、なに?」
奈々は、ぎゅっと手のひらを握っていた。そして大きく息を吸って、吐いて、きりっとまなじりを上げたのだった。
「私、夏休みいっぱい、ここにいたい」
両親は、瞬きしたまま奈々を見つめていた。時折目を見交わしつつ、何か言おうとしちえたが、奈々はそれより先に、もう一度言った。
「色々、教わりたいこともあるんよ。行きたいところもあるし、あと一週間くらいやし、勉強だってちゃんとするし、そやから……もうちょっと、ここに居たら、あかん?」
両親の視線は、奈々から野保たちへと移った。
野保と晶は、互いを見ることなく、同時に頷いていた。
「我々はかまわない。元々そのつもりだったしな」
「むしろ急なお別れで寂しいって思ってたしね」
野保親子の言葉は聞いた。そして奈々の両親と奈々の視線がもう一人……竹志に向いた。
「僕ですか? 僕は何も問題ないですよ。きっと毎日楽しいです」
それを聞いて、奈々の頬がほんの少し緩んだ。だけどすぐに表情を引き締めようとする。
奈々の両親が、その顔を覗き込んで尋ねた。
「ねねちゃん、夏休みの終わりには……戻って来てくれる?」
「うん、当たり前やん。天ちゃんのこともあるし」
「そうやなくて。このまま家族やなくなるってことは……ないやんな?」
「そ、そんなことない! 絶対ない!」
奈々が勢いよく首を横に振る。後ろで縛った髪が音を立てて左右に揺れるのを見て、奈々の母は、そっと奈々の肩を抱いた。
「良かった」
「お母さん……当たり前やんか」
「うん、そうやな。当たり前……やな」
母の声は、ほんの少し震えている。奈々は両手を回し、母の背中をそっと、撫でていた。
するとそこへ、トタトタと小さな足音が近づいていき、ガバッと抱きついた。
「てんちゃんも、まだいる!」
「え、天ちゃんも!?」
唐突な申し出に、奈々も両親も戸惑った。だが野保は何も気にした様子もなく頷いていた。
「元々そのつもりだったと言ったろう」
「……右に同じ」
「僕もです。じゃあ、奈々ちゃんと天ちゃんは、もう一週間ほどよろしくお願いします、ということですね」
そう言った竹志に向けて、そして野保と晶に向けて、奈々たちが居住まいを正した。そして揃って、深々と頭を下げるのだった。
奈々たちの夏休みであり、野保たちの夏休み、そして竹志の夏休み……いつもとほんの少し違った夏休みは、まだもう少しだけ続くことになった。
その日の夕方、新幹線に乗って帰った奈々の両親のうち、父親だけは「ホンマにねねちゃん残して良かったんかなぁ」と謎の言葉を残していったと言うのは、後になって聞いた話だ。
奈々までがそう言ったことで、居間はざわついた。
「良かった! 奈々ちゃんがそう言ってくれて! やっぱり美味しいよねぇ?」
「え、うん……」
「奈々ちゃん大丈夫か? 気分が悪くなったらすぐに言いなさい」
「お父さん、美味しいって言ってたでしょ!」
野保親子が、奈々を挟んで言い合いを始めてしまう。どうも食べ物に関する諍いだけは、二人とも遠慮がないらしい。
二人に挟まれて困っている奈々に、竹志はそっと声をかけた。
「食べてみないと、わかんないもんだね」
同志だと思って笑いかけたのだが、奈々はどうしてか、顔を逸らしてしまった。だが怒った様子もない。なにやら考え込んでいたかと思うと、皿と箸を置いて、両親の方をまっすぐに見つめた。
「お父さん、お母さん、お願いがあります」
両親は、奈々の様子に少し驚きながらも、奈々に合わせて皿と箸を置いた。
「お願いって、なに?」
奈々は、ぎゅっと手のひらを握っていた。そして大きく息を吸って、吐いて、きりっとまなじりを上げたのだった。
「私、夏休みいっぱい、ここにいたい」
両親は、瞬きしたまま奈々を見つめていた。時折目を見交わしつつ、何か言おうとしちえたが、奈々はそれより先に、もう一度言った。
「色々、教わりたいこともあるんよ。行きたいところもあるし、あと一週間くらいやし、勉強だってちゃんとするし、そやから……もうちょっと、ここに居たら、あかん?」
両親の視線は、奈々から野保たちへと移った。
野保と晶は、互いを見ることなく、同時に頷いていた。
「我々はかまわない。元々そのつもりだったしな」
「むしろ急なお別れで寂しいって思ってたしね」
野保親子の言葉は聞いた。そして奈々の両親と奈々の視線がもう一人……竹志に向いた。
「僕ですか? 僕は何も問題ないですよ。きっと毎日楽しいです」
それを聞いて、奈々の頬がほんの少し緩んだ。だけどすぐに表情を引き締めようとする。
奈々の両親が、その顔を覗き込んで尋ねた。
「ねねちゃん、夏休みの終わりには……戻って来てくれる?」
「うん、当たり前やん。天ちゃんのこともあるし」
「そうやなくて。このまま家族やなくなるってことは……ないやんな?」
「そ、そんなことない! 絶対ない!」
奈々が勢いよく首を横に振る。後ろで縛った髪が音を立てて左右に揺れるのを見て、奈々の母は、そっと奈々の肩を抱いた。
「良かった」
「お母さん……当たり前やんか」
「うん、そうやな。当たり前……やな」
母の声は、ほんの少し震えている。奈々は両手を回し、母の背中をそっと、撫でていた。
するとそこへ、トタトタと小さな足音が近づいていき、ガバッと抱きついた。
「てんちゃんも、まだいる!」
「え、天ちゃんも!?」
唐突な申し出に、奈々も両親も戸惑った。だが野保は何も気にした様子もなく頷いていた。
「元々そのつもりだったと言ったろう」
「……右に同じ」
「僕もです。じゃあ、奈々ちゃんと天ちゃんは、もう一週間ほどよろしくお願いします、ということですね」
そう言った竹志に向けて、そして野保と晶に向けて、奈々たちが居住まいを正した。そして揃って、深々と頭を下げるのだった。
奈々たちの夏休みであり、野保たちの夏休み、そして竹志の夏休み……いつもとほんの少し違った夏休みは、まだもう少しだけ続くことになった。
その日の夕方、新幹線に乗って帰った奈々の両親のうち、父親だけは「ホンマにねねちゃん残して良かったんかなぁ」と謎の言葉を残していったと言うのは、後になって聞いた話だ。
10
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。