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第二章 五品目 ”はてな”を包んで
17 最初からずっと、変わらない人
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7人でやれば、あっという間に具材はすべてなくなった。皆が言っていたように、楽しく、賑やかに、時は過ぎていったのだった。
不思議だった。奈々は料理を作る時間を、こんなにも楽しいと思ったことはなかった。
不思議だけど、理由はなんとなく、分かる気がした。
皆で作ったから。美味しいものを一生懸命考えたから。上手な人の真似をしたから。それらも理由だけれど、きっと、それだけじゃない。
奈々は使い終わった道具類を持って行った竹志の後を追って、台所に向かった。竹志がボウルなどをシンクに置いたのを見て、奈々は思い切って声をかけた。
「泉さん」
奈々が呼ぶと、竹志は振り返り、ふわりと微笑んだ。
「奈々ちゃん、どうしたの?」
いつもと同じ笑みだ。最初からずっと変わらない、奈々を優しく包み込んでくれる日だまりのような笑みだ。
「……色々持ってくの、お手伝いします」
「ありがとう。じゃあ、取り皿と醤油とかラー油とか、お願いできる?」
そう言いながら、竹志は必要なものを取り揃えて奈々に次々渡して行く。渡す度、ほんの少し指先が触れる。ちょんと指先が触れただけなのに、そこから熱が全身を駆け巡るかのように温かいのがわかる。
「助かるよ。僕、これ運ばないとだし」
「……ホットプレートですか?」
「うん。皆で食べるなら、これしかないでしょ」
竹志は食器棚の奥から大きな箱を引っ張り出し、ビニール袋にくるまれたものを取り出した。奈々がしげしげ見つめている間に、ビニール袋から取り出したそれを手早く拭いていく。
「ホットプレートだと、全部ごちゃまぜに焼けて、多少焦げてもまぁいいかって思えるんだよね」
「そう……なんですか?」
「そうだよ」
「そう……でしょうか」
「そうだよ。皆、自分たちが作った餃子を食べるの楽しみにしてるんだよ。早く行こう」 重そうな音を鳴らすそれを、竹志はひょいっと持ち上げた。
「でもやっぱり美味しくなかったり、焦げたりしたら……アカンかも」
ああダメだ、と奈々は思った。せっかく家族との関係を良くしようと働きかけてくれたのに。肝心の自分が変わらなければ、また逆戻りだ。皆の厚意を無駄にしてしまう。
そう思い、ヒヤリと冷たい汗が伝った次の瞬間、竹志はまた、ひだまりのような笑みをくれた。
「いいじゃん、失敗しても、楽しめれば」
「楽しめれば……?」
「楽しく食べると、けっこう何でも美味しくなると思うんだよね。父さんもよくそう言ってた」
「お父さん……ですか?」
奈々が尋ねると、竹志は小さく頷いた。その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「よく作ってくれたんだよ。僕が何か失敗したり、家族同士でちょっと諍いがあったりするとね……失敗しても、ちょっと嫌だなって思っても、そういうの全部美味しくしようとする気持ちで包み込んで、一緒に食べてしまおうって」
「えーと……お互いに、許すってことですか?」
「うん。お互いに『まぁいいか』って思う瞬間て必要でしょ。もちろん、話し合う必要もあるけど、ギスギスしてたら話し合いもできない。そのための一歩ってところかな」
「へぇ……今も作るんですか?」
「今はあんまり。母さんと二人だけだし、お互い何入れるのか知り尽くしてるから面白みがないなぁって言ってて」
奈々はその言葉を聞いて、はたと気付いた。竹志は先ほど母子家庭だと言っていた。それはつまり、件の父親は今はいないということ。そんな話をさせてしまったことを、急激に後悔した。
「あ、あの……ごめんなさい。話したくないこと……でしたよね」
奈々が慌てて頭を下げると、優しく笑う声が降ってきた。
「いいよ。僕、この餃子好きなんだ。だから久しぶりに食べられてすごく嬉しい。こう言ったらなんだけど、奈々ちゃんのおかげかな」
そう言うと、竹志は意気揚々とホットプレートを居間へと運んでいった。
奈々は、その後をついていくことはできなかった。少し、時間が必要だった。
あの人に対して、胸の内から湧き上がった感情をどうにか抑えるのに、時間がかかる。
思ってしまったのだ。なんて凄い人なんだろうと。
なんて優しい笑みを向けるんだろう。なんて温かい手なんだろう。そして奈々の前を歩くその背中は、なんて大きいのだろうと、そう思った。
不思議だった。奈々は料理を作る時間を、こんなにも楽しいと思ったことはなかった。
不思議だけど、理由はなんとなく、分かる気がした。
皆で作ったから。美味しいものを一生懸命考えたから。上手な人の真似をしたから。それらも理由だけれど、きっと、それだけじゃない。
奈々は使い終わった道具類を持って行った竹志の後を追って、台所に向かった。竹志がボウルなどをシンクに置いたのを見て、奈々は思い切って声をかけた。
「泉さん」
奈々が呼ぶと、竹志は振り返り、ふわりと微笑んだ。
「奈々ちゃん、どうしたの?」
いつもと同じ笑みだ。最初からずっと変わらない、奈々を優しく包み込んでくれる日だまりのような笑みだ。
「……色々持ってくの、お手伝いします」
「ありがとう。じゃあ、取り皿と醤油とかラー油とか、お願いできる?」
そう言いながら、竹志は必要なものを取り揃えて奈々に次々渡して行く。渡す度、ほんの少し指先が触れる。ちょんと指先が触れただけなのに、そこから熱が全身を駆け巡るかのように温かいのがわかる。
「助かるよ。僕、これ運ばないとだし」
「……ホットプレートですか?」
「うん。皆で食べるなら、これしかないでしょ」
竹志は食器棚の奥から大きな箱を引っ張り出し、ビニール袋にくるまれたものを取り出した。奈々がしげしげ見つめている間に、ビニール袋から取り出したそれを手早く拭いていく。
「ホットプレートだと、全部ごちゃまぜに焼けて、多少焦げてもまぁいいかって思えるんだよね」
「そう……なんですか?」
「そうだよ」
「そう……でしょうか」
「そうだよ。皆、自分たちが作った餃子を食べるの楽しみにしてるんだよ。早く行こう」 重そうな音を鳴らすそれを、竹志はひょいっと持ち上げた。
「でもやっぱり美味しくなかったり、焦げたりしたら……アカンかも」
ああダメだ、と奈々は思った。せっかく家族との関係を良くしようと働きかけてくれたのに。肝心の自分が変わらなければ、また逆戻りだ。皆の厚意を無駄にしてしまう。
そう思い、ヒヤリと冷たい汗が伝った次の瞬間、竹志はまた、ひだまりのような笑みをくれた。
「いいじゃん、失敗しても、楽しめれば」
「楽しめれば……?」
「楽しく食べると、けっこう何でも美味しくなると思うんだよね。父さんもよくそう言ってた」
「お父さん……ですか?」
奈々が尋ねると、竹志は小さく頷いた。その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「よく作ってくれたんだよ。僕が何か失敗したり、家族同士でちょっと諍いがあったりするとね……失敗しても、ちょっと嫌だなって思っても、そういうの全部美味しくしようとする気持ちで包み込んで、一緒に食べてしまおうって」
「えーと……お互いに、許すってことですか?」
「うん。お互いに『まぁいいか』って思う瞬間て必要でしょ。もちろん、話し合う必要もあるけど、ギスギスしてたら話し合いもできない。そのための一歩ってところかな」
「へぇ……今も作るんですか?」
「今はあんまり。母さんと二人だけだし、お互い何入れるのか知り尽くしてるから面白みがないなぁって言ってて」
奈々はその言葉を聞いて、はたと気付いた。竹志は先ほど母子家庭だと言っていた。それはつまり、件の父親は今はいないということ。そんな話をさせてしまったことを、急激に後悔した。
「あ、あの……ごめんなさい。話したくないこと……でしたよね」
奈々が慌てて頭を下げると、優しく笑う声が降ってきた。
「いいよ。僕、この餃子好きなんだ。だから久しぶりに食べられてすごく嬉しい。こう言ったらなんだけど、奈々ちゃんのおかげかな」
そう言うと、竹志は意気揚々とホットプレートを居間へと運んでいった。
奈々は、その後をついていくことはできなかった。少し、時間が必要だった。
あの人に対して、胸の内から湧き上がった感情をどうにか抑えるのに、時間がかかる。
思ってしまったのだ。なんて凄い人なんだろうと。
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