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第二章 五品目 ”はてな”を包んで

12 奈々の『答え』

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「『答えられない』が答えって……どういうこと?」
 母親が、ぽろっとそんな問いを口にした。皆の戸惑いの視線を受けながら、竹志はなおも続けた。
「だって、答えられないじゃないですか。奈々ちゃん自身、自分の役割だって思い込んでることを、パートナーとして思ってるなんて言われて、それを続けていいかって聞かれたら、ダメなんて言えません。それに、たぶん家族の役に立てていた、そのことはきっと嬉しかったんだと思うから。だからその……0か10かみたいな、極端な聞き方をされては、奈々ちゃんは答えられないんじゃないかと……」
「うん……そうやな」
 父親が静かに頷くのを見て、竹志は、ぐっと拳を握りしめた。今なら、言って、伝わるだろうかと、そう思った。
「僕は……僕の家は、母子家庭だったから、小さい頃からずっと母と僕の二人で家事を分担してきました。だけど、どっちが何の役割かなんて決めてません。決めてしまうと、相手に全部任せて、押しつけてしまうんじゃないかって、母が言ったから」
 竹志がそう言うと、奈々の両親は、二人とも目を見開いていた。視線を交わし、何事か考えているらしい。
「会社のお仕事はご両親にしかできないし、それに一生懸命なのは凄いと思います。そうなると、必然的に奈々ちゃんが一番家事とか天ちゃんの面倒を見る時間がとりやすいってことも、わかります。だけど、それは当たり前のことじゃない。奈々ちゃんが今やりたいことや、やった方がいいことを犠牲にしたり、まして親の都合に振り回されてでもやらなきゃいけないことじゃありません」
 そう言うと、竹志は奈々に歩み寄り、その手をとった。
「見て下さい、奈々ちゃんの手を。こんなに小さいんです。子どもなんです、奈々ちゃんは」
 竹志の手のひらと奈々の手のひら、二つを重ねると大きく違った。奈々の手は、竹志の手よりも一回り小さく、細く、白かった。ほんのちょっと強く握りしめたら、壊れてしまいそうだった。
「こんな小さな手に、大人が持ちきれないものを持たせるなんて、できるはずないじゃないですか」
 奈々の両親は、目を見交わし、そして揃って、奈々の手を握った。
 右手を父親が、左手を母親が、そろりと握る。どちらも、大人である二人の手にすっぽり収まってしまった。奈々は、おそるおそる、その手を握り返していた。
「ホンマや……思ってたより、ずっと小さいわ」
「大人と同じもん持つには、ちょっと……かなり、小さいな」
 父と母、二人がそう言った。すると、握られた手に、ぽたっと温かいものが零れてきた。両親揃って、奈々の顔を覗き込む。
 奈々は、ただ、唇を震わせていた。
「お父さん……お母さん……私……」
 震える奈々の肩を、母親が抱きしめた。その上から、父親もそっと手を添える。
「ごめんな……任せっきりにして。勝手に『仕事仲間』やなんて思ってしもて」
 奈々は小さく首を横に振った。震えながらも、抱きしめてくれる母親の肩をそっと抱き返す。
「お母さん……私、家族やんな?」
「当たり前やんか。私の娘や」
「やったら……家族なんやったら、私、一緒に……したい」
「うん?」
 母親の肩に頭を埋めて、奈々はか細い声で、だがしっかりと、伝えた。
「一緒に、ご飯食べたい……一緒に作りたい。バラバラに食べるのは、寂しい……!」
 嗚咽と涙と鼻水で、その声はぐしゃぐしゃだった。だけど、奈々を抱きしめる手には、更に力がこもっていた。そこに、小さな手も加わる。
「天ちゃんもつくる!」
 いつの間にか、天も抱きついていた。ケチャップまみれのままだが、誰も嫌がることなく、その小さくも力強い手のひらを受け入れた。
「……うん、そうやな。皆一緒に、やね」
「ねね……いや、奈々ちゃん、ごめんな。ずっと『ねね』の役目をさせて」
「……ううん。嫌なことばっかりやなかったよ、ホンマに」
「……うん、ありがとう」
 奈々と、両親と、天。4人はぎゅっと抱きしめて、その言葉が本当であると、互いに確かめ合っていた。
 野保も晶も、目を見交わして、ようやく安堵していた。
「じゃあ、とりあえず皆、一旦お茶にしようか。それと奈々ちゃんは……顔を洗っておいで」
「ついでにさ、お姉ちゃんたち、今から帰るなんて言わないで晩ご飯食べて行けば?」
 晶が明るくそう提案すると、奈々の両親は申し訳なさそうに顔をしかめた。
「うーん、そうしたいねんけど……私もお父さんも、明日また出社やし……」
 どうも、仕事の予定は変えられないらしい。それは当然でもあるので、晶はそれ以上は言わないでおこうとしたが、父親は提案を返した。
「少し早めの時間の夕飯にしてもろたら、最終の新幹線に間に合うと思うんですが……いいですか?」
「我々は構わないが……」
「私も。駅まで車で送っていくわ」
 野保と晶、二人が揃って同意すると、台所から戻って来た竹志もまたニッコリ笑って言った。
「僕も、大丈夫です。それじゃ、ちょっといつもと違う感じの夕飯にしましょうか」
 竹志の、それまでの遺恨など何も感じさせない笑みに、母親は少したじろいでいた。だが、おずおずと、お辞儀した。
「よろしく、お願いします」
「はい! じゃあすぐに取りかからないと!」
 居間のローテーブルには、まだ食べかけのナポリタンが並んでいる。
 昼ご飯を食べながら、もう夕飯のことを嬉々として話し始める竹志を見て、その場の全員が、苦笑いと称賛とが混ざり合った笑みを浮かべたのだった。
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