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第二章 五品目 ”はてな”を包んで

11 答えは……

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「い、『居させてあげて下さい』やなんて……なんや人聞き悪いわ。そんな無理矢理連れて帰ろうとしてるみたいに……」
「実際、無理矢理だろう」
 野保の静かな声に、空気がぴんと張り詰めた。
 母親は、何か言おうとしていたが、ぐっと口をつぐんだ。野保の声音に気圧されてのことであって、決して反論の余地がないからではなさそうだが。
 野保と母親の間に不穏な空気が流れるのを見て、晶がその間に割って入った。
「ねえお姉ちゃん。ちょっとだけ待ってやってよ。奈々ちゃんだって、今日言われて今日帰るなんて、そんな無茶なことできるわけないじゃない」
「今日ちゃうよ。昨日言うたやないの」
「昨日の深夜でしょ」
「そうやけど……でも、そんな急やって言うなら、なんで遊びに行ってるん? その時間を片付けとかなんやらに使えば、今すぐとはいかんでも夕方には帰れるんとちゃうの?」
「時間の使い道の問題じゃなくてね。お姉ちゃんからのメッセージ見たけど、奈々ちゃんに一言も確認とってないよね。『それでいい?』とか『できる?』とか。もうちょっと考えてあげてよ」
「ねねちゃんやったら、それくらいの時間あったら、いつも余裕でできてたから聞く必要ないと思ったんやん。私、時間とか予定とか、必要なことはちゃんと言うたで?」
「だから、そういうことじゃなくて……」
「もう、なんやの? おじさんも晶ちゃんも。迷惑かけて悪かったって思ってるし、感謝もしてるけど、なんで家のことに口出しされなあかんの? 我が家は、両親ともにしっかり働いて、家のことはねねちゃんがしっかりやる。そういう役割分担が決まってるの。それさえきっちりやってれば、お互いに遊んでようと何しようと別にかまへんよ」
 野保も晶も、そして母親も、一斉に荒いため息をついた。
 埒が明かない。お互いに、そんな思いが顔に現れていた。
 その時、口論の輪の外から、低い声が響いた。
「ねねちゃんは、どう思ってる?」
 それは、それまで沈黙を貫いていた奈々の父親の声だった。見ると、いつの間にか奈々の隣にいて、そっと俯いた奈々の顔を覗き込んでいた。
 責めている風でも、哀れんでいる風でもない。ただ静かに、奈々の声を待っている。
「あの……私は……」
 奈々は、それでもまだ、うまく言葉を紡ぎ出せない。
 こういう時、野保はいつも待っていた。晶も、もどかしそうにしながらも、静かに待っていた。
 言葉を紡ぐのが苦手な子もいる。竹志も、過去同じクラスにそういう子は何人かいた。急かすとそれだけ混乱し、余計にうまく言えない。
 まして奈々は、これまでどれほど自分の思いを胸の内に閉じ込めてきたのかわからない。自分が悪いから、自分が言い出したことだから、自分の役割だから……そういった言葉を使ってなんとか大人と並び立てるよう奮い立たせていた。だが、それでも彼女は、まだ15歳の傷つきやすい小さな少女なのだ。
 野保たちに言った「帰りたくない」の一言を、いざ両親を前にしてしまうと震えて飲み込んでしまう、か弱い存在なのだった。
「……ほら、何も言わへんやないの。特に問題ないってことなんちゃうの?」
「お母さん、待ってあげよ」
 父親が、そう行って母親を制した。それまでの静かな様子と違って、なんだか力強さを感じる声だった。
 父親は、奈々の前に座り込んで静かに告げた。
「ねねちゃん。お父さんもお母さんもな、ねねちゃんがしっかりしてて、何でも先回りしてやってくれるから、だから何でもできるって思ってた。大人と同じように……お父さんお母さんの同僚みたいに、家をきちんと動かしていくためのパートナーやって、そう扱ってきた。ねねちゃんは、それをどう思う? それを、これからも続けていいか?」
 そう聞かれて、奈々は言葉に詰まっていた。そして、父親に母親、野保に晶、そして竹志と、順番に視線を移し、最後に天を見ていた。
 見つめられた天は、きょとんとしていた。
 天に答えを求めるわけにはいかないだろう。そして問うている両親からも、答えは出ないだろう。野保と晶は……どうするだろうか。
 竹志は考えていた。やはり自分が何か言うわけにはいかない。だけど、奈々は苦しんでいる。
 自分の気持ちを押し込めているのも苦しい。それを口に出すこともまた、今の彼女にとっては苦しい。
 待てば待つだけ、その沈黙が奈々のことを押しつぶしていく。そう考えた竹志は、一歩、前に進み出た。
「そんなこと、奈々ちゃんに答えられるわけありません」
「……今、君に聞いてるんやないねんけども」
「わかっています。でも、奈々ちゃんより先に、僕が答えます。奈々ちゃんにとっては『答えられない』が答えです」
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