83 / 98
第二章 五品目 ”はてな”を包んで
9 奈々と母
しおりを挟む
「お、お母さん、あの……」
母親に見下ろされて竦む奈々の前で、母親は大きく両手を広げた。そして……
「いやぁ何それどうしたん? めっちゃ可愛いやんか!」
「……え?」
母親は、ウキウキした顔で奈々の全身を見ている。くるっと回り込んで、または上から下までぐるりと見回して、最後に奈々を ぎゅっと抱きしめた。
「あんた、いっつもお買い物とか行かへんから何するんかと思ってたけど、めちゃくちゃええやんか!」
「あ、これは……晶ちゃんが選んでくれて……」
「そうなん? いや、晶ちゃん、ありがとうなぁ」
「う、うん……まぁ誘ったんだしね」
遅れて入ってきた晶は、曖昧な笑みを浮かべて二人を見つめていた。晶にとっては、想定外の反応だったらしい。想定外だったのは晶だけではない。竹志も野保も、同じように驚いていた。
だけど母親は、そんな様子にはまるで気付かず、奈々の可愛い様子を褒めちぎっている。
「お、お母さん、あの……ごめんなさい」
「え、何? なんで謝るん?」
「だって……」
奈々の視線が、天に向いた。母親と父親もそれを見るが、ニコニコしているばかり。
「何やの? 変な子やなぁ」
「ううん……」
何も気にしていない。
竹志は、ほっと息をついた。もしかしたら、この親子は行き違いが起こっているのかもしれないと思っていた。末っ子ばかりを可愛がり、長子を可愛がることをやめてしまった家庭なのかとも思った。
だが杞憂だったようだ。
この母親は、おそらく父親も、当たり前のように子どもたち二人ともを愛している。
そう、思える会話だった。ホッとした様子で、野保がソファを勧めた。
「ほら、立ちっぱなしもなんだから座って。泉くん、すまんがお茶を淹れてやってくれるか?」
「はい。わかりました」
竹志が自分の食べかけの皿を置いて台所に向かおうとした。だけどそれは、止められた。
「ええよ、気にせんといて。私らは、もうこれで失礼するから」
「……え?」
ニコニコしながら、母親はさらりとそう言いのけた。竹志だけでなく、野保も晶も、ぎょっとした。
「もう? お姉ちゃん、来てすぐなんじゃ……」
「そうやけど、長居してもご迷惑やし。それに……私もお父さんも、明日また仕事あるし」
「は!?」
これは、その場の全員の声だった。そんなに驚かれたからか、母親たちもまた、驚いていた。
「え? 何?」
「何じゃないでしょ。お姉ちゃん、長期出張から帰ってすぐじゃない」
「社会人なんてそんなもんやんか」
「そうだけど……」
「君たちが辛抱する分にはいいが、奈々ちゃんたちにはハードスケジュールだと言ってるんだ」
野保はそう言って、奈々の方を見た。
奈々は、諦めたように俯いている。同時に、もどかしいと言うように手のひらを握りしめていた。
何か言いたげに見えた竹志は、その言葉を、促そうと近づいた。
だが次に言葉を発したのは、奈々ではなく母親だった。
「なんや、そんなん……ええのよ」
母親は、そう言ってカラカラ笑う。奈々の顔など、見もせずに。
「天ちゃんはどこでも楽しければそれでええし、ねねちゃんは、私らがお仕事頑張れるように手伝うのが、お仕事なんやから」
母親に見下ろされて竦む奈々の前で、母親は大きく両手を広げた。そして……
「いやぁ何それどうしたん? めっちゃ可愛いやんか!」
「……え?」
母親は、ウキウキした顔で奈々の全身を見ている。くるっと回り込んで、または上から下までぐるりと見回して、最後に奈々を ぎゅっと抱きしめた。
「あんた、いっつもお買い物とか行かへんから何するんかと思ってたけど、めちゃくちゃええやんか!」
「あ、これは……晶ちゃんが選んでくれて……」
「そうなん? いや、晶ちゃん、ありがとうなぁ」
「う、うん……まぁ誘ったんだしね」
遅れて入ってきた晶は、曖昧な笑みを浮かべて二人を見つめていた。晶にとっては、想定外の反応だったらしい。想定外だったのは晶だけではない。竹志も野保も、同じように驚いていた。
だけど母親は、そんな様子にはまるで気付かず、奈々の可愛い様子を褒めちぎっている。
「お、お母さん、あの……ごめんなさい」
「え、何? なんで謝るん?」
「だって……」
奈々の視線が、天に向いた。母親と父親もそれを見るが、ニコニコしているばかり。
「何やの? 変な子やなぁ」
「ううん……」
何も気にしていない。
竹志は、ほっと息をついた。もしかしたら、この親子は行き違いが起こっているのかもしれないと思っていた。末っ子ばかりを可愛がり、長子を可愛がることをやめてしまった家庭なのかとも思った。
だが杞憂だったようだ。
この母親は、おそらく父親も、当たり前のように子どもたち二人ともを愛している。
そう、思える会話だった。ホッとした様子で、野保がソファを勧めた。
「ほら、立ちっぱなしもなんだから座って。泉くん、すまんがお茶を淹れてやってくれるか?」
「はい。わかりました」
竹志が自分の食べかけの皿を置いて台所に向かおうとした。だけどそれは、止められた。
「ええよ、気にせんといて。私らは、もうこれで失礼するから」
「……え?」
ニコニコしながら、母親はさらりとそう言いのけた。竹志だけでなく、野保も晶も、ぎょっとした。
「もう? お姉ちゃん、来てすぐなんじゃ……」
「そうやけど、長居してもご迷惑やし。それに……私もお父さんも、明日また仕事あるし」
「は!?」
これは、その場の全員の声だった。そんなに驚かれたからか、母親たちもまた、驚いていた。
「え? 何?」
「何じゃないでしょ。お姉ちゃん、長期出張から帰ってすぐじゃない」
「社会人なんてそんなもんやんか」
「そうだけど……」
「君たちが辛抱する分にはいいが、奈々ちゃんたちにはハードスケジュールだと言ってるんだ」
野保はそう言って、奈々の方を見た。
奈々は、諦めたように俯いている。同時に、もどかしいと言うように手のひらを握りしめていた。
何か言いたげに見えた竹志は、その言葉を、促そうと近づいた。
だが次に言葉を発したのは、奈々ではなく母親だった。
「なんや、そんなん……ええのよ」
母親は、そう言ってカラカラ笑う。奈々の顔など、見もせずに。
「天ちゃんはどこでも楽しければそれでええし、ねねちゃんは、私らがお仕事頑張れるように手伝うのが、お仕事なんやから」
0
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】記憶を失くした旦那さま
山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。
目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。
彼は愛しているのはリターナだと言った。
そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。