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第二章 五品目 ”はてな”を包んで
9 奈々と母
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「お、お母さん、あの……」
母親に見下ろされて竦む奈々の前で、母親は大きく両手を広げた。そして……
「いやぁ何それどうしたん? めっちゃ可愛いやんか!」
「……え?」
母親は、ウキウキした顔で奈々の全身を見ている。くるっと回り込んで、または上から下までぐるりと見回して、最後に奈々を ぎゅっと抱きしめた。
「あんた、いっつもお買い物とか行かへんから何するんかと思ってたけど、めちゃくちゃええやんか!」
「あ、これは……晶ちゃんが選んでくれて……」
「そうなん? いや、晶ちゃん、ありがとうなぁ」
「う、うん……まぁ誘ったんだしね」
遅れて入ってきた晶は、曖昧な笑みを浮かべて二人を見つめていた。晶にとっては、想定外の反応だったらしい。想定外だったのは晶だけではない。竹志も野保も、同じように驚いていた。
だけど母親は、そんな様子にはまるで気付かず、奈々の可愛い様子を褒めちぎっている。
「お、お母さん、あの……ごめんなさい」
「え、何? なんで謝るん?」
「だって……」
奈々の視線が、天に向いた。母親と父親もそれを見るが、ニコニコしているばかり。
「何やの? 変な子やなぁ」
「ううん……」
何も気にしていない。
竹志は、ほっと息をついた。もしかしたら、この親子は行き違いが起こっているのかもしれないと思っていた。末っ子ばかりを可愛がり、長子を可愛がることをやめてしまった家庭なのかとも思った。
だが杞憂だったようだ。
この母親は、おそらく父親も、当たり前のように子どもたち二人ともを愛している。
そう、思える会話だった。ホッとした様子で、野保がソファを勧めた。
「ほら、立ちっぱなしもなんだから座って。泉くん、すまんがお茶を淹れてやってくれるか?」
「はい。わかりました」
竹志が自分の食べかけの皿を置いて台所に向かおうとした。だけどそれは、止められた。
「ええよ、気にせんといて。私らは、もうこれで失礼するから」
「……え?」
ニコニコしながら、母親はさらりとそう言いのけた。竹志だけでなく、野保も晶も、ぎょっとした。
「もう? お姉ちゃん、来てすぐなんじゃ……」
「そうやけど、長居してもご迷惑やし。それに……私もお父さんも、明日また仕事あるし」
「は!?」
これは、その場の全員の声だった。そんなに驚かれたからか、母親たちもまた、驚いていた。
「え? 何?」
「何じゃないでしょ。お姉ちゃん、長期出張から帰ってすぐじゃない」
「社会人なんてそんなもんやんか」
「そうだけど……」
「君たちが辛抱する分にはいいが、奈々ちゃんたちにはハードスケジュールだと言ってるんだ」
野保はそう言って、奈々の方を見た。
奈々は、諦めたように俯いている。同時に、もどかしいと言うように手のひらを握りしめていた。
何か言いたげに見えた竹志は、その言葉を、促そうと近づいた。
だが次に言葉を発したのは、奈々ではなく母親だった。
「なんや、そんなん……ええのよ」
母親は、そう言ってカラカラ笑う。奈々の顔など、見もせずに。
「天ちゃんはどこでも楽しければそれでええし、ねねちゃんは、私らがお仕事頑張れるように手伝うのが、お仕事なんやから」
母親に見下ろされて竦む奈々の前で、母親は大きく両手を広げた。そして……
「いやぁ何それどうしたん? めっちゃ可愛いやんか!」
「……え?」
母親は、ウキウキした顔で奈々の全身を見ている。くるっと回り込んで、または上から下までぐるりと見回して、最後に奈々を ぎゅっと抱きしめた。
「あんた、いっつもお買い物とか行かへんから何するんかと思ってたけど、めちゃくちゃええやんか!」
「あ、これは……晶ちゃんが選んでくれて……」
「そうなん? いや、晶ちゃん、ありがとうなぁ」
「う、うん……まぁ誘ったんだしね」
遅れて入ってきた晶は、曖昧な笑みを浮かべて二人を見つめていた。晶にとっては、想定外の反応だったらしい。想定外だったのは晶だけではない。竹志も野保も、同じように驚いていた。
だけど母親は、そんな様子にはまるで気付かず、奈々の可愛い様子を褒めちぎっている。
「お、お母さん、あの……ごめんなさい」
「え、何? なんで謝るん?」
「だって……」
奈々の視線が、天に向いた。母親と父親もそれを見るが、ニコニコしているばかり。
「何やの? 変な子やなぁ」
「ううん……」
何も気にしていない。
竹志は、ほっと息をついた。もしかしたら、この親子は行き違いが起こっているのかもしれないと思っていた。末っ子ばかりを可愛がり、長子を可愛がることをやめてしまった家庭なのかとも思った。
だが杞憂だったようだ。
この母親は、おそらく父親も、当たり前のように子どもたち二人ともを愛している。
そう、思える会話だった。ホッとした様子で、野保がソファを勧めた。
「ほら、立ちっぱなしもなんだから座って。泉くん、すまんがお茶を淹れてやってくれるか?」
「はい。わかりました」
竹志が自分の食べかけの皿を置いて台所に向かおうとした。だけどそれは、止められた。
「ええよ、気にせんといて。私らは、もうこれで失礼するから」
「……え?」
ニコニコしながら、母親はさらりとそう言いのけた。竹志だけでなく、野保も晶も、ぎょっとした。
「もう? お姉ちゃん、来てすぐなんじゃ……」
「そうやけど、長居してもご迷惑やし。それに……私もお父さんも、明日また仕事あるし」
「は!?」
これは、その場の全員の声だった。そんなに驚かれたからか、母親たちもまた、驚いていた。
「え? 何?」
「何じゃないでしょ。お姉ちゃん、長期出張から帰ってすぐじゃない」
「社会人なんてそんなもんやんか」
「そうだけど……」
「君たちが辛抱する分にはいいが、奈々ちゃんたちにはハードスケジュールだと言ってるんだ」
野保はそう言って、奈々の方を見た。
奈々は、諦めたように俯いている。同時に、もどかしいと言うように手のひらを握りしめていた。
何か言いたげに見えた竹志は、その言葉を、促そうと近づいた。
だが次に言葉を発したのは、奈々ではなく母親だった。
「なんや、そんなん……ええのよ」
母親は、そう言ってカラカラ笑う。奈々の顔など、見もせずに。
「天ちゃんはどこでも楽しければそれでええし、ねねちゃんは、私らがお仕事頑張れるように手伝うのが、お仕事なんやから」
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