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第二章 五品目 ”はてな”を包んで
7 両親の帰還
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「たいへんてなに? なになに?」
何か面白いことが起こると勘違いしているのか、天はワクワクした顔になっている。
どう言おうか。竹志と野保は迷いながら視線を交わし、そして野保が切り出した。
「あのな、天ちゃん……お母さんたちが来るらしい」
「おかあさん来るん? お父さんは!?」
「二人一緒だ。最初は夕方頃と言っていたんだが、今、連絡が入ってな……もうすぐここに着くらしい」
「ホンマ!?」
天は立ち上がって、飛び跳ねている。ナポリタンの存在を上回る喜びのようだ。ひとしきり喜んでから座るよう促すと、再びフォークを手に取った。
「なあなあ、今日の晩ご飯なに?」
昼ご飯を食べながら晩ご飯のことを尋ねるとはこれ如何に。と思った竹志と野保だったが……今は、もっと重要なことがある。
「あの天ちゃん……たぶん、晩ご飯は食べないと思うよ」
「なんで?」
尋ね返されて、竹志も野保も言葉を失った。
まさか天が、これから帰るということを理解していないとは思っていなかった。今日は両親も皆揃ってのパーティーだと思っているのだろう。
どう言えば、こんなに楽しみにしているところを傷つけずに言えるだろうかと思い悩んでいると、インターホンが鳴った。
竹志と野保で視線を交わし、野保が出ることになった。天の両親かもしれないからだ。
「はい」
野保の声に被さるように、陽気で大きな声が聞こえてきた。野保は半分耳を塞ぎながら、玄関へ向かった。
何も言わずに向かったところを見ると、想像通りの人物だったようだ。
ドアが開く音と同時に、その声は聞こえてきた。
「いやぁおじさん、お久しぶり! 急にこんな長いこと見てもろて、ホンマにありがとう! これお土産!」
廊下の向こう側から聞こえてくる声は、明朗で快活だった。おまけに、野保の戸惑いつつの挨拶など掻き消されてしまうような声量だ。
声の主は喋りながら足早に廊下を歩き、すぐに竹志たちのいる居間にやってきた。
「天ちゃん! ただいま!」
「おかあさんや! おとうさんも!」
天が叫ぶのとほぼ同時に、両親らしき男女二人が居間に入ってきた。仕事帰りなのか、二人ともスーツのままだ。夫婦二人とも、髪をきっちりまとめて清潔感があり、目元がきりっとしていて理知的だ。奈々は両親が仕事で忙しいと言っていたが、なるほど、確かに仕事に邁進しているらしい。
どことなく、晶の仕事帰りの姿とイメージが重なった。
だが竹志のそんなイメージを浮かべる間に、天はケチャップまみれのまま駆け寄っていった。それを、二人はうまくいなしてスーツが汚れないように受け止めていた。
「天ちゃん! 元気してた? 良い子にしてた?」
「してたで! げんきやで!」
「おお、えらいな。おじさんや晶ちゃん、困らせたりせぇへんかったやろうな?」
「してへんで!」
「天ちゃんも奈々ちゃんも、良い子にしていたよ」
遅れて居間に戻ってきた野保がそう言うと、夫婦は大喜びしていた。
「やっぱり天ちゃんはええ子やな」
「おりこうさんや!」
天の自慢げな笑みが、居間を明るく照らす。だがその顔は、ケチャップで真っ赤っかだ。
「そうやった。お口拭かんと。えーと、ねねちゃん? ウェットティッシュどこ?」
天の母が、奈々に向けてそう問いかける。だが奈々はいない。それに気付かず、きょとんとして周囲を見回すので、竹志が代わってティッシュケースを差し出した。
「どうぞ。すみません、気付かず……」
「ああ、どうも。えーと……?」
当然、彼らと竹志は初対面だ。目を瞬かせる夫婦に、竹志は深く頭を下げた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。泉竹志といいます。野保さんのお宅の家事代行をしている者です」
顔を上げると、夫婦は更に唖然としていた。先ほど以上に目をパチパチさせて、尋ね返す。
「家事代行? えっと……失礼ですけど、学生さん?」
「はい。大学生です」
「はぁ……なんていうか、その……偉いねぇ」
何か面白いことが起こると勘違いしているのか、天はワクワクした顔になっている。
どう言おうか。竹志と野保は迷いながら視線を交わし、そして野保が切り出した。
「あのな、天ちゃん……お母さんたちが来るらしい」
「おかあさん来るん? お父さんは!?」
「二人一緒だ。最初は夕方頃と言っていたんだが、今、連絡が入ってな……もうすぐここに着くらしい」
「ホンマ!?」
天は立ち上がって、飛び跳ねている。ナポリタンの存在を上回る喜びのようだ。ひとしきり喜んでから座るよう促すと、再びフォークを手に取った。
「なあなあ、今日の晩ご飯なに?」
昼ご飯を食べながら晩ご飯のことを尋ねるとはこれ如何に。と思った竹志と野保だったが……今は、もっと重要なことがある。
「あの天ちゃん……たぶん、晩ご飯は食べないと思うよ」
「なんで?」
尋ね返されて、竹志も野保も言葉を失った。
まさか天が、これから帰るということを理解していないとは思っていなかった。今日は両親も皆揃ってのパーティーだと思っているのだろう。
どう言えば、こんなに楽しみにしているところを傷つけずに言えるだろうかと思い悩んでいると、インターホンが鳴った。
竹志と野保で視線を交わし、野保が出ることになった。天の両親かもしれないからだ。
「はい」
野保の声に被さるように、陽気で大きな声が聞こえてきた。野保は半分耳を塞ぎながら、玄関へ向かった。
何も言わずに向かったところを見ると、想像通りの人物だったようだ。
ドアが開く音と同時に、その声は聞こえてきた。
「いやぁおじさん、お久しぶり! 急にこんな長いこと見てもろて、ホンマにありがとう! これお土産!」
廊下の向こう側から聞こえてくる声は、明朗で快活だった。おまけに、野保の戸惑いつつの挨拶など掻き消されてしまうような声量だ。
声の主は喋りながら足早に廊下を歩き、すぐに竹志たちのいる居間にやってきた。
「天ちゃん! ただいま!」
「おかあさんや! おとうさんも!」
天が叫ぶのとほぼ同時に、両親らしき男女二人が居間に入ってきた。仕事帰りなのか、二人ともスーツのままだ。夫婦二人とも、髪をきっちりまとめて清潔感があり、目元がきりっとしていて理知的だ。奈々は両親が仕事で忙しいと言っていたが、なるほど、確かに仕事に邁進しているらしい。
どことなく、晶の仕事帰りの姿とイメージが重なった。
だが竹志のそんなイメージを浮かべる間に、天はケチャップまみれのまま駆け寄っていった。それを、二人はうまくいなしてスーツが汚れないように受け止めていた。
「天ちゃん! 元気してた? 良い子にしてた?」
「してたで! げんきやで!」
「おお、えらいな。おじさんや晶ちゃん、困らせたりせぇへんかったやろうな?」
「してへんで!」
「天ちゃんも奈々ちゃんも、良い子にしていたよ」
遅れて居間に戻ってきた野保がそう言うと、夫婦は大喜びしていた。
「やっぱり天ちゃんはええ子やな」
「おりこうさんや!」
天の自慢げな笑みが、居間を明るく照らす。だがその顔は、ケチャップで真っ赤っかだ。
「そうやった。お口拭かんと。えーと、ねねちゃん? ウェットティッシュどこ?」
天の母が、奈々に向けてそう問いかける。だが奈々はいない。それに気付かず、きょとんとして周囲を見回すので、竹志が代わってティッシュケースを差し出した。
「どうぞ。すみません、気付かず……」
「ああ、どうも。えーと……?」
当然、彼らと竹志は初対面だ。目を瞬かせる夫婦に、竹志は深く頭を下げた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。泉竹志といいます。野保さんのお宅の家事代行をしている者です」
顔を上げると、夫婦は更に唖然としていた。先ほど以上に目をパチパチさせて、尋ね返す。
「家事代行? えっと……失礼ですけど、学生さん?」
「はい。大学生です」
「はぁ……なんていうか、その……偉いねぇ」
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