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第二章 五品目 ”はてな”を包んで
6 お留守番のお昼ご飯
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「お片付けできたで!」
天が叫びながら台所に走ってくる。
手に持っていたのは来た時に背負っていた天用のリュック。急いですべての着替え類を詰めたらしく、ぎゅうぎゅう詰めになっているのがわかる。
「おもちゃとかそういうのも、全部入れた?」
「ねねのカバン!」
「ねねちゃんの持ってたキャリーケースに全部入れたよ」
野保がそう付け足して、同じく台所に入ってきた。
朝、洗濯物を干した天は、張り切って自分の荷物の片付けを始めたのだった。竹志も野保も手伝い、来た時と同じように詰めていったのだ。
途中、竹志は昼食を作るために離れ、そこからは野保と二人で片付けを継続していた。やはり、野保の言うことをよく聞くようだ。はじめは怖がるかもしれないと危惧していたが、まったくの杞憂だった。
(やっぱり、威厳があるからかな。それとも、前にこの家に来たときも優しかったからかな)
竹志は、野保の一見冷たいように見える奥にある優しさを知っている。父の死を悲しんで、受け入れていいのだと、優しく諭してくれたあの手の温もりを、竹志は忘れない。
きっと奈々や天にも、同じように慈愛を感じさせることがあったのだろう。
「よし、じゃあお片付け終了だね。お昼にしようか」
「はい!」
竹志の言うことも、よく聞く。もっとも、これは竹志がご飯を作る人間だからではないかと思っているのだが。
苦笑いしながら、皿を居間まで運ぶと、リュックを部屋に置いてきた天と野保が戻ってきた。
「スパゲッティーや!」
「ああ、ナポリタンか」
「はい、ケチャップは甘めにしてます」
千鶴子が残していたレシピ集を参考にしたメニューだ。ウインナーを大きめに、ピーマンとタマネギを小さめに刻み、ケチャップにソースと砂糖を加えて甘めの味付けにしている。 天が来てから何度か出したメニューでもあり、天が最高の笑顔になるまで、何度も試行錯誤した味だ。
天は、口の周りを真っ赤にしながらもぐもぐ頬張っていた。Tシャツにも、ケチャップが飛んでしまっている。
「ああ、これは着替えた方がいいな。せっかく服を全部しまったのになぁ」
天の口を拭いてやりながら、野保も竹志も苦笑いした。
すると、ピコンと音が聞こえた。竹志のスマートフォンだ。見ると、晶からメッセージが届いていた。
「あ、向こうもパスタみたいだ」
添付されていた写真には、カフェのランチが映っていた。むしろ、晶と奈々はあまり映っていない。
「なんだ。オシャレ飯の自慢か?」
「いえ、違うみたいです。『今度こういうの作って』だそうです」
「あいつは何を言ってるんだ」
「いいじゃないですか。美味しそうですし。『帰ったら、詳しく聞かせて下さい』……と」
返信文を送信して、改めて添付された写真を見る。何口か食べた後らしいが、それでも美味しそうな様子が窺えた。
「夏野菜カレーに、こっちは……カルボナーラか。じゃあ天ちゃんにはちょっと難しいかな」
「てんちゃん、食べたらあかん?」
天の顔が、急に悲しそうに沈んだ。
「えーと……カルボナーラって生卵が入ってるから。天ちゃん、卵は固くしないとダメなんだよね?」
天は、憮然としながら頷いた。どうやら相当不満らしい。だが、同時に食べてはいけないと理解もしているのだろう。それ以上のワガママを言おうとしない。
「美味しいパスタとか、固く火を通した卵の料理はたくさんあるから。それを食べよう。ね?」
竹志がそう言うと、天は頷き、。そして同時にはっと何かを思い出した表情をした。先ほどまでのように、目がキラキラしている。
「びっくりオムライス!」
「……オムライス?」
「あんな、卵を切ったらな、とろーんてして、どろーって落ちてくるねん」
「ああ……あのオムライスかぁ」
半熟のオムレツがヴェールのようにかかるオムライス……つまり、まさしく天が食べてはいけないメニューだ。
「天ちゃん、あれはちょっと……卵が柔らかいから」
そう言うと、天は元気に首を横に振った。
「ちゃうで! どろーってな、ケチャップが落ちてくるねん」
「……へ?」
「ねねとお母さんが作ってた!」
「それ、美味しかった? 食べた後、痒くならなかったんだ?」
「痒くなってない。でもしっぱいしたって言うてた。また作ったげるって言うててんけど……全然作らへんねん。いつ作ってくれるんかなぁ」
楽しみなような、待ちわびて少ししょんぼりしたような目をして、天はそう呟く。
「じゃあ、奈々ちゃんが帰ってきたら、聞いてみようか。できることがあれば僕も手伝うから」
「ホンマに!?」
天は、再び空に飛び上がったかのように軽やかな声でそう言った。竹志が頷いて約束すると、「オムライス~」と謎のリズムをとって浮かれながら、ナポリタンを食べることを再開するのだった。
なんとか浮上してくれて、竹志も野保もほっとしていると、こんどは 野保のスマートフォンが鳴った。
また晶からだと思ったのだろうか。野保は怪訝な表情で、メッセージを開く。
すると、表情がみるみる険しくなっていった。そして、無言で竹志にそのメッセージ画面を見せた。
「……え!? 大変じゃないですか……!」
天が叫びながら台所に走ってくる。
手に持っていたのは来た時に背負っていた天用のリュック。急いですべての着替え類を詰めたらしく、ぎゅうぎゅう詰めになっているのがわかる。
「おもちゃとかそういうのも、全部入れた?」
「ねねのカバン!」
「ねねちゃんの持ってたキャリーケースに全部入れたよ」
野保がそう付け足して、同じく台所に入ってきた。
朝、洗濯物を干した天は、張り切って自分の荷物の片付けを始めたのだった。竹志も野保も手伝い、来た時と同じように詰めていったのだ。
途中、竹志は昼食を作るために離れ、そこからは野保と二人で片付けを継続していた。やはり、野保の言うことをよく聞くようだ。はじめは怖がるかもしれないと危惧していたが、まったくの杞憂だった。
(やっぱり、威厳があるからかな。それとも、前にこの家に来たときも優しかったからかな)
竹志は、野保の一見冷たいように見える奥にある優しさを知っている。父の死を悲しんで、受け入れていいのだと、優しく諭してくれたあの手の温もりを、竹志は忘れない。
きっと奈々や天にも、同じように慈愛を感じさせることがあったのだろう。
「よし、じゃあお片付け終了だね。お昼にしようか」
「はい!」
竹志の言うことも、よく聞く。もっとも、これは竹志がご飯を作る人間だからではないかと思っているのだが。
苦笑いしながら、皿を居間まで運ぶと、リュックを部屋に置いてきた天と野保が戻ってきた。
「スパゲッティーや!」
「ああ、ナポリタンか」
「はい、ケチャップは甘めにしてます」
千鶴子が残していたレシピ集を参考にしたメニューだ。ウインナーを大きめに、ピーマンとタマネギを小さめに刻み、ケチャップにソースと砂糖を加えて甘めの味付けにしている。 天が来てから何度か出したメニューでもあり、天が最高の笑顔になるまで、何度も試行錯誤した味だ。
天は、口の周りを真っ赤にしながらもぐもぐ頬張っていた。Tシャツにも、ケチャップが飛んでしまっている。
「ああ、これは着替えた方がいいな。せっかく服を全部しまったのになぁ」
天の口を拭いてやりながら、野保も竹志も苦笑いした。
すると、ピコンと音が聞こえた。竹志のスマートフォンだ。見ると、晶からメッセージが届いていた。
「あ、向こうもパスタみたいだ」
添付されていた写真には、カフェのランチが映っていた。むしろ、晶と奈々はあまり映っていない。
「なんだ。オシャレ飯の自慢か?」
「いえ、違うみたいです。『今度こういうの作って』だそうです」
「あいつは何を言ってるんだ」
「いいじゃないですか。美味しそうですし。『帰ったら、詳しく聞かせて下さい』……と」
返信文を送信して、改めて添付された写真を見る。何口か食べた後らしいが、それでも美味しそうな様子が窺えた。
「夏野菜カレーに、こっちは……カルボナーラか。じゃあ天ちゃんにはちょっと難しいかな」
「てんちゃん、食べたらあかん?」
天の顔が、急に悲しそうに沈んだ。
「えーと……カルボナーラって生卵が入ってるから。天ちゃん、卵は固くしないとダメなんだよね?」
天は、憮然としながら頷いた。どうやら相当不満らしい。だが、同時に食べてはいけないと理解もしているのだろう。それ以上のワガママを言おうとしない。
「美味しいパスタとか、固く火を通した卵の料理はたくさんあるから。それを食べよう。ね?」
竹志がそう言うと、天は頷き、。そして同時にはっと何かを思い出した表情をした。先ほどまでのように、目がキラキラしている。
「びっくりオムライス!」
「……オムライス?」
「あんな、卵を切ったらな、とろーんてして、どろーって落ちてくるねん」
「ああ……あのオムライスかぁ」
半熟のオムレツがヴェールのようにかかるオムライス……つまり、まさしく天が食べてはいけないメニューだ。
「天ちゃん、あれはちょっと……卵が柔らかいから」
そう言うと、天は元気に首を横に振った。
「ちゃうで! どろーってな、ケチャップが落ちてくるねん」
「……へ?」
「ねねとお母さんが作ってた!」
「それ、美味しかった? 食べた後、痒くならなかったんだ?」
「痒くなってない。でもしっぱいしたって言うてた。また作ったげるって言うててんけど……全然作らへんねん。いつ作ってくれるんかなぁ」
楽しみなような、待ちわびて少ししょんぼりしたような目をして、天はそう呟く。
「じゃあ、奈々ちゃんが帰ってきたら、聞いてみようか。できることがあれば僕も手伝うから」
「ホンマに!?」
天は、再び空に飛び上がったかのように軽やかな声でそう言った。竹志が頷いて約束すると、「オムライス~」と謎のリズムをとって浮かれながら、ナポリタンを食べることを再開するのだった。
なんとか浮上してくれて、竹志も野保もほっとしていると、こんどは 野保のスマートフォンが鳴った。
また晶からだと思ったのだろうか。野保は怪訝な表情で、メッセージを開く。
すると、表情がみるみる険しくなっていった。そして、無言で竹志にそのメッセージ画面を見せた。
「……え!? 大変じゃないですか……!」
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