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第二章 五品目 ”はてな”を包んで
4 卵の悩み
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「美味しい!」
注文したカルボナーラを一口、口に入れると、奈々は思わず叫んでしまった。
最初はてっぺんに乗った卵は割らずに、パスタだけ食べた。クリーミーな味わいがパスタに絡んで、噛んでも飲み込んでも口の中に旨味が残るほど印象付いた。
次いで、卵を割って黄身を絡めてみる。色が白から淡いクリーム色に変わり、今度はほんんのり甘みが増した。とろみが増した食感もいい。
次の一口が待ち遠しくて仕方がない。
「良かった。この店で正解だったわ」
「うん! カルボナーラって、美味しいんやね!」
「ここのは和風カルボナーラって書いてあるから、ちょっと変わってるのかもしれないけど……カルボナーラ自体は、美味しいものよね」
「和風って……ああ、そうか。鰹節のってるから……お出汁の味もちょっとする。普通のんは、コンソメ入れるって書いてあったし、上には鰹じゃなくて黒胡椒やったっけ」
「レシピわかるの?」
「うん。友達が食べて美味しかったって話してたから」
そう言うと、奈々はまたぱくっと食べた。今度は少し多めに、大きなお口に放り込む。
「でも食べたことないんだ……奈々ちゃんなら、作れるんじゃないかと思ってた」
晶にそう言われて、奈々のご機嫌な咀嚼がぴたりと止んだ。同時に、しっかりと何度か噛んで、ごくりと飲み込んだ。機械的で、業務的な咀嚼と嚥下だ。
奈々の顔には、再び陰りが浮かんだ。
「うち、生卵や半熟卵を使う料理はダメやねん。天ちゃんが生卵アレルギーで……」
「あ……!」
晶の顔が強ばった。また気を遣わせてしまったことを悔いたが、言ってしまったことは仕方ない。
「お母さんとかは、作って食べたらいいやんて言うてくれるんやけど……色々やらなあかんから、一人分だけ作ってる暇もないし。それやったら天ちゃんに合わせて全員分作る方が楽やから」
「えーと……天ちゃんは、他にはアレルギーはないの?」
「今のところは……卵をきっちり固くなるまで焼けば問題ないみたい。それも命にかかわるようなアレルギーではないみたいやし」
「そっか。ちょっと面倒だけど、まだマシかな」
「うん。一口食べただけで危ないって話もよく聞くし。天ちゃんはまだ良い方やと思う」
そう言うものの、奈々の顔は晴れなかった。どうしても、そのことを「良かった」とは本音では思えないのだ。
「天ちゃん……可哀想やな。こんなに美味しいのに、食べられへんのや……」
ぽつりと呟いて、奈々は自分で驚いた。
今日は天のことは忘れようと思って出かけた。実際、今の今まで変身できたのが楽しくて、他のことはほとんど思考から消えていた。
なのに今、やっぱり考えるのは弟のことだった。テーブルの向かい側に座る晶の、気遣うような視線と目が合った。
「そんなに気にしなくていいわよ。大人になればほとんどなくなるって人もいるみたいだし。生卵の入ってない美味しい料理は、他にもたくさんあるしね」
「うん。そうやね……」
端切れの悪い言い方をしてしまったと、奈々は自分でも思う。それは晶も感じ取ったようで、続きを促すような視線を向けていた。
話そうか、迷った。少し考えて、なんだか今はもう、胸の奥でつかえているものをすべて取り去ってしまいたいように思った。
「天ちゃん、生卵アレルギーなんやけど……生っぽい卵の料理食べたがってて」
「……え?」
晶が眉をひそめる。想像通りの反応で、奈々は思わず笑いそうになるが、堪えて続けた。
「ほら、よくお店で出してる、とろっとしたオムライス。あれ食べたいって言ってるねん」
「ああ、あれ……でもさすがにアレはね……」
よくテレビでもレシピサイトでも紹介されるオムライス。チキンライスの上に、半熟のとろっとオムレツを載せて、ナイフでそっと切れ目を入れると、どろりとした卵がライスに覆い被さり、黄色いヴェールがかかったようになるものだ。見た目のインパクトも大きく、目にしてしまうと味への期待度も急上昇する。
天は、自分が柔らかい卵を食べると痒くなってしまうことも忘れて「食べたい」と一日中叫んでいた。
「大変だったわね……」
「うん。一応、お母さんと代理の料理を考えててんけど……うまくいかんまま終わってしもたし」
「そうなの? どうして?」
「お母さん、忙しいし……もともと料理そんなに得意やないみたいやし」
「ああ、まぁね……」
晶は、そういった性質もよく知っているからか、それ以上を言うのは辞めた。
話題は終わったのだろうと、奈々は再びパスタにフォークを差し込んだ。
「ねえ、帰ったら泉くんに聞いてみたら?」
「え」
パスタを巻き取る奈々の手がピタリと止まった。
「あの子だったら大抵の料理は上手だし。何かヒントくれるかもよ。もしかしたら、レシピまできちんと考えてくれるかも」
「でも……もう、今日帰るし」
「ちょっと聞いてみるだけでもいいじゃない。連絡先交換して、帰ってからでも聞けるようにしたっていいんだし」
「そんなん……迷惑じゃ……」
「迷惑じゃない。絶対にそんなこと言わない」
「そう、かなぁ……」
奈々は、思わず視線を逸らした。何故だかわからないのだが、肯定されるのが、嫌だった。だけど晶は、まっすぐに答えた。
「当たり前じゃない。頼られたら絶対に張り切って考えてくれるわよ、あの子なら」
晶のそんな言葉を聞いて、奈々はまだ戸惑いつつも、おずおずと頷いた。
「うん……そうしてみようかな……」
注文したカルボナーラを一口、口に入れると、奈々は思わず叫んでしまった。
最初はてっぺんに乗った卵は割らずに、パスタだけ食べた。クリーミーな味わいがパスタに絡んで、噛んでも飲み込んでも口の中に旨味が残るほど印象付いた。
次いで、卵を割って黄身を絡めてみる。色が白から淡いクリーム色に変わり、今度はほんんのり甘みが増した。とろみが増した食感もいい。
次の一口が待ち遠しくて仕方がない。
「良かった。この店で正解だったわ」
「うん! カルボナーラって、美味しいんやね!」
「ここのは和風カルボナーラって書いてあるから、ちょっと変わってるのかもしれないけど……カルボナーラ自体は、美味しいものよね」
「和風って……ああ、そうか。鰹節のってるから……お出汁の味もちょっとする。普通のんは、コンソメ入れるって書いてあったし、上には鰹じゃなくて黒胡椒やったっけ」
「レシピわかるの?」
「うん。友達が食べて美味しかったって話してたから」
そう言うと、奈々はまたぱくっと食べた。今度は少し多めに、大きなお口に放り込む。
「でも食べたことないんだ……奈々ちゃんなら、作れるんじゃないかと思ってた」
晶にそう言われて、奈々のご機嫌な咀嚼がぴたりと止んだ。同時に、しっかりと何度か噛んで、ごくりと飲み込んだ。機械的で、業務的な咀嚼と嚥下だ。
奈々の顔には、再び陰りが浮かんだ。
「うち、生卵や半熟卵を使う料理はダメやねん。天ちゃんが生卵アレルギーで……」
「あ……!」
晶の顔が強ばった。また気を遣わせてしまったことを悔いたが、言ってしまったことは仕方ない。
「お母さんとかは、作って食べたらいいやんて言うてくれるんやけど……色々やらなあかんから、一人分だけ作ってる暇もないし。それやったら天ちゃんに合わせて全員分作る方が楽やから」
「えーと……天ちゃんは、他にはアレルギーはないの?」
「今のところは……卵をきっちり固くなるまで焼けば問題ないみたい。それも命にかかわるようなアレルギーではないみたいやし」
「そっか。ちょっと面倒だけど、まだマシかな」
「うん。一口食べただけで危ないって話もよく聞くし。天ちゃんはまだ良い方やと思う」
そう言うものの、奈々の顔は晴れなかった。どうしても、そのことを「良かった」とは本音では思えないのだ。
「天ちゃん……可哀想やな。こんなに美味しいのに、食べられへんのや……」
ぽつりと呟いて、奈々は自分で驚いた。
今日は天のことは忘れようと思って出かけた。実際、今の今まで変身できたのが楽しくて、他のことはほとんど思考から消えていた。
なのに今、やっぱり考えるのは弟のことだった。テーブルの向かい側に座る晶の、気遣うような視線と目が合った。
「そんなに気にしなくていいわよ。大人になればほとんどなくなるって人もいるみたいだし。生卵の入ってない美味しい料理は、他にもたくさんあるしね」
「うん。そうやね……」
端切れの悪い言い方をしてしまったと、奈々は自分でも思う。それは晶も感じ取ったようで、続きを促すような視線を向けていた。
話そうか、迷った。少し考えて、なんだか今はもう、胸の奥でつかえているものをすべて取り去ってしまいたいように思った。
「天ちゃん、生卵アレルギーなんやけど……生っぽい卵の料理食べたがってて」
「……え?」
晶が眉をひそめる。想像通りの反応で、奈々は思わず笑いそうになるが、堪えて続けた。
「ほら、よくお店で出してる、とろっとしたオムライス。あれ食べたいって言ってるねん」
「ああ、あれ……でもさすがにアレはね……」
よくテレビでもレシピサイトでも紹介されるオムライス。チキンライスの上に、半熟のとろっとオムレツを載せて、ナイフでそっと切れ目を入れると、どろりとした卵がライスに覆い被さり、黄色いヴェールがかかったようになるものだ。見た目のインパクトも大きく、目にしてしまうと味への期待度も急上昇する。
天は、自分が柔らかい卵を食べると痒くなってしまうことも忘れて「食べたい」と一日中叫んでいた。
「大変だったわね……」
「うん。一応、お母さんと代理の料理を考えててんけど……うまくいかんまま終わってしもたし」
「そうなの? どうして?」
「お母さん、忙しいし……もともと料理そんなに得意やないみたいやし」
「ああ、まぁね……」
晶は、そういった性質もよく知っているからか、それ以上を言うのは辞めた。
話題は終わったのだろうと、奈々は再びパスタにフォークを差し込んだ。
「ねえ、帰ったら泉くんに聞いてみたら?」
「え」
パスタを巻き取る奈々の手がピタリと止まった。
「あの子だったら大抵の料理は上手だし。何かヒントくれるかもよ。もしかしたら、レシピまできちんと考えてくれるかも」
「でも……もう、今日帰るし」
「ちょっと聞いてみるだけでもいいじゃない。連絡先交換して、帰ってからでも聞けるようにしたっていいんだし」
「そんなん……迷惑じゃ……」
「迷惑じゃない。絶対にそんなこと言わない」
「そう、かなぁ……」
奈々は、思わず視線を逸らした。何故だかわからないのだが、肯定されるのが、嫌だった。だけど晶は、まっすぐに答えた。
「当たり前じゃない。頼られたら絶対に張り切って考えてくれるわよ、あの子なら」
晶のそんな言葉を聞いて、奈々はまだ戸惑いつつも、おずおずと頷いた。
「うん……そうしてみようかな……」
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