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第二章 四品目 ころころ”パンダさん”

12 黒と白

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「奈々ちゃん……わかめ、嫌いなの?」
「わかめ食べるとき、いつも、うえ~って顔してた」
 天は大袈裟に顔をしかめていた。だが天が覚えているくらい、奈々がそう思っているということだろう。
「それは……知らなかった。奈々ちゃん、そんなこと一言も……ていうか、わかめの味噌汁とかも出したりしたのに……?」
「めっちゃ我慢してた。ねる前とかな、ちょっと気持ち悪そうにしてたで」
 赤の他人の前だから、彼女は必死に耐えていたに違いない。
「うわぁ……申し訳ないことした……!」
 天井を仰いでそう零すと、竹志はひとまず手にしていたわかめをそっと棚に戻した。
「ねね、わかめ嫌いやからっておばちゃんに言うたら、おばちゃんが別のに変えてた」 
 奈々はその時、千鶴子に本音を言えたのだ。竹志は、それがほんの少し羨ましいと思った。だが羨んでいても、話は進まない。
「他に、黒いもの……!」
 うんうんと唸る竹志を見て、野保は宥めるように声をかけた。
「まぁまぁ。一旦離れてみてもいいんじゃないか。他にも必要な買い物はあるんだろう」
「あ、はい。油とか、卵とか、あと片栗粉も……」
「さっきの『はてなのレシピノート』に書いてあった材料だな?」 
「そうです。豆腐に何を混ぜるにしても、その二つは絶対に必要ですから。ちょうどなくなりそうでしたしね」
 挙げるためには当然たっぷりの油が要るし、豆腐を丸めて揚げるには卵と片栗粉を混ぜてつなぎにしなければまとまらない。
 竹志は隣の棚にあった片栗粉をカゴに入れて、次の棚へ向かった。卵も見つけて、残るは油だ。
 各棚の端にはフックが用意されていて、小分けになった小さな袋がツリーのようにぶら下がっていた。棚に並ぶ商品にちょっと足したい一品が並んでいる。
 卵焼きが簡単に美味しくできる調味料、たこ焼きやお好み焼きにちょぴり加えたい桜エビの乾物、レトルトのスープに入れたいパセリ等など……。
「なるほど、こんなものも並んでいたのか。いくつかは千鶴子の料理でも見たな」
「参考にされていたと思いますよ。あれこれ試されてたみたいですし……って、あれ? 天ちゃん?」
 無事に油をゲットしたと思ったら、天の姿が見えない。
 また見失ったか――そう思ってキョロキョロ見回していたところ、視界の外からその声は聞こえてきた。
「これ!」
「天ちゃん!?」
 急いで声のする方に向かって、隣の棚へと回り込むと、小さな影がぴょこぴょこ跳ねていた。
「天ちゃん……一人でどこか行かないで。心配するから……」
「ごめんなさい。でもな、見つけてんで。これ!」
 天が元気よく指さした先にあったもの、それはきれいにカットされた海苔だった。まん丸おにぎりに巻くとサッカーボール模様になるようにカットしてある。
「ああ、これすごいよなぁ、便利だなぁ」
「こんなんやった!」
「なるほど、こういう感じのしろと黒か。確かに斑だな……んん?」
 海苔の袋をしげしげと見ながら、竹志は素っ頓狂な声が出ていた。道行く人も振り返っている。
「どうした? 何か分かったか?」
「いえ、わかったというか……コレなんじゃないかなって」
「コレ?……ああ、なるほどコレか」
 コレとは、まさしく海苔だ。
 よくよく考えれば、海苔だって真っ黒で、そして食卓のお供。料理にだって頻繁に使う。どうして海苔を候補に挙げ忘れていたのかと、竹志は自分でも驚いていた。
「そうだ、これだ。これだと豆腐に混ぜて揚げても、そこそこの大きさが残る。味も馴染む……うん、こっちの方が良さそうだ」
「ほぅ、ではいよいよだな」
 野保はニヤリと笑ってそう言った。その横で、点もまた期待に満ちた目で竹志を見上げる。ほっぺたを真っ赤にしてワクワクしながら、点は竹志の服をつんつん引っ張った。
「これ、てんちゃんもつくりたい」
「え、でも……油で揚げたりするよ? 熱いし、危ないよ?」
「つくりたい!」
「う、う~ん……」
 主張しだしたらとても頑固なのも天の特徴だ。果たしてどう説得しようかと思っていると、野保が天を見つめて、言うのだった。
「いいじゃないか。揚げるまでの工程も色々あるだろう。混ぜたりこねたり……そこを手伝ってもらおうじゃないか」
「でも、力もいりますし」
「泉くん。天ちゃんはな、作ってあげたいんだよ」
 そう言われ、竹志は改めて天の方を見た。期待に満ちた瞳と、そして手のひらは硬く握りしめていた。
「ねねにつくりたい!」
 ようやく理解できた。『パンダさん』の正体に気を取られてうっかり根本を見失うところだった。
 今日は、奈々のためにご飯を作る。それは竹志以上に、天がそう思っていても、何もおかしくない。
「そっか……うん、わかった。じゃあできるだけお手伝い、しおてもらおうかな」
「うん、する!」
 店中に響くような元気な声で、天は宣言した。
「よし、じゃあ帰ろうか。奈々ちゃんの大好物、一緒に作ってあげよう!」
「おー!」
 そんな声を、周りにいた客も皆聞いていた。そして、微笑ましく三人を見送っていたのだった。
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