上 下
63 / 98
第二章 四品目 ころころ”パンダさん”

6 天の気持ち

しおりを挟む
「ちょっと遠出してくる。晩ご飯、私たちの分はいいから」
 家を出てすぐに奈々と合流したらしい晶は、竹志に向けてそう言うと、すぐにまた出かけてしまった。今度は車の発信音が聞こえた。本当に遠くまで行くらしい。
 晶は嫌なことがあると遠距離までドライブして鬱憤を晴らすらしいので、奈々にも同じようにしてあげるつもりなのだろう。
「晶と奈々ちゃんでは、対処法が違いそうなんだが……まぁ、とりあえずは任せよう」
 晶とともに奈々もほんの少し顔を見せた。竹志と野保に小さく会釈を返すものの、天からは視線を逸らせていた。それがまた、天を悲しませた。
 天はソファにうずくまっていた。涙は出ていないようだが、完全に殻にこもってしまっているようだ。
 こちらを宥めるのもまた、骨が折れそうだ。
「えーと、天ちゃん……晩ご飯は何が食べたい?」
 竹志がそう尋ねても、天は何も言わず、ただ首を横に振っていた。
「何も食べないの?」
 今度は頷いた。
「それじゃお腹空くよ。ていうかもう空いてるんじゃないかな?」
 また、首を横に振った。だけどいつもならお腹が空いたと叫び出す頃だ。きっと意地になっているに違いない。
 そんな天の背中を、隣に座った野保が優しく撫でた。
「まぁ、あんなことがあったんだ。食欲も失せるだろうさ。冷めても美味しいものを作ってやってくれないか? 晶たちの分も」
「わかりました」
 竹志と野保の会話に、ほんの少し、天はぴくんと反応した。そして、顔を埋めたまま、くぐもった声を発した。
「……ねね、帰って来る?」
 竹志と野保は目を見交わしていた。そして、野保が優しく背中を撫でながら答えた。
「当たり前だろう。帰って来るとも」
「ホンマに? ねね、てんちゃんキライになったのに?」
 天はそろりと窺うように顔を上げて、そう尋ねる。
「そんなわけないよ! 嫌いになんか……」
「でも、さっき『ドンッ』てした……」
「あれは、その……」
「天ちゃんが嫌いで怒ったんじゃない。悲しくなってしまったんだよ、奈々ちゃんは」
 野保がかけた言葉に、天は振り向きながら首を傾げた。
「奈々ちゃんはな、ピアノを弾くのが好きだったが、何か理由があって仕方なくやめてしまったんだ。だから今は、ピアノを弾きたくならないように我慢しているんだよ、きっと」
「……なんで?」
「さあ、理由はわからないが……ともかく、ピアノを弾いてって言われることは、今、一番言って欲しくない言葉だったんだよ」
「だから……『ドンッ』?」
「そう。奈々ちゃんは天ちゃんを嫌いになったんじゃない。だが、天ちゃんが奈々ちゃんの悲しむことを言ってしまったことは確かだ。帰ってきたら『ごめんなさい』を言えるか?」
「……うん」
 天は静かに頷いた。野保は背中を撫でるのをやめて、天の頭に手を置いた。
「よし。ついでに、奈々ちゃんに『ピアノを弾いて』なんて、言わないであげような」
「……ずっと、あかん?」
「それを決めるのは奈々ちゃんなんだ。あの子が弾いてもいいと言えば、お願いしてみたらいい」
「……わかった」
 天は、曖昧な表情で頷いた。おそらく、いつ聞けばいいのか、わからないのだろう。だが今は、当面聞いてはいけないということを理解できれば十分だった。
「ちゃんとごめんなさいして、ひいてって言わへんかったら……ねね、かえってくる?」
「ああ、きっとな」
 天は、今度こそしっかりと頷いた。
 小さな天が、初めて罪悪感に苛まれて、贖罪をしようとしている。ならば、その場に居合わせる大人である野保と竹志ができる限り助けてあげなければ。竹志はそう思った。
「よし、じゃあ今日の晩ご飯は奈々ちゃんの好きなものを作ろうか」
 そう言うと、天の正面にしゃがんだ。
「天ちゃん、奈々ちゃんが好きなご飯、わかる?」
「すきなごはん?」
「うん。奈々ちゃんが、嬉しそうに食べてたもの。美味しいって言ってたもの。何かあるかな?」
 天は少しだけうーんと唸ってから、何か思いついたように頷いた。そして、叫んだ。
「ころころの”パンダさん”!」
「……うん?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。