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第二章 四品目 ころころ”パンダさん”
1 朝
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ピピピピピッ――と、目覚まし代わりのアラームが鳴る。すっかりその音に馴染んだ身体が、僅かな間で覚醒する。
他の家族が起きないうちに、奈々は素早くアラームを止めて、布団から起き出した。
制服を着る前に一端部屋着を着て、顔を洗って歯を磨く。
着ていたパジャマを洗濯機に放り込み、代わりにエプロンを手に取る。ちょうど身につけたその時、炊飯器が炊き上がりを知らせる音を響かせた。タイマー予約ぴったりの時間だ。
蓋を開けると、甘い香りの湯気があふれ出て顔に覆い被さる。
熱気にむせそうになりながらも、奈々はしゃもじで底から混ぜ返した。炊きたてのご飯が、水分を含んでふっくら膨らみ、つやつやに光っている。
縁についた水分を拭き取り、炊飯器の蓋を閉めると、今度は鍋を取り出した。多めに水を入れて、そこに出汁パックを入れて、火にかける。
コンロの青い火が鍋を温める音を聞きながら、次は冷蔵庫を開ける。昨晩多めに作っておいたおひたしと卵を取り出す。ボウルに卵をいくつか割り入れて、菜箸でほぐしていく。
卵焼き器を取り出して火にかけ、温まったところに油をひき、卵液を流し込む。熱々の中に注がれた卵液はじゅわっという音と熱気を孕んで、あっという間に形を成していく。くるくる巻いてもう一度卵液を流し込み、またクルクル巻いて卵液を流し込む。最後にもう一度巻き取ると、大きめの卵焼きが完成。
次は、隣のコンロにフライパンを置いて、また温めておく。その間に冷蔵庫からウインナーの袋を取り出し、熱くなったフライパンにバラバラと置いていく。最初は大人しかったウインナーが、徐々にじゅわっと音を立ててフライパンの中で色を変えていく。それらを菜箸で少しずつ動かして、しばらく熱に任せる。
その間に小皿を取り出し、出しておいたおひたしを盛り付ける次いで別の皿を取り出し、卵焼きと焼き上がったウインナーを盛っていく。最後に味噌汁椀を取り出していたところへ、3人分の声が聞こえた。
「ねね、おはよ」
「おはよう、ねねちゃん」
「おはよう、ねね。朝からありがとうな」
6才の弟と母と父だ。音とはまだ眠いのか、台所の入り口から奈々の姿をぼんやり見つめていた。
「……天ちゃん、おはよ。おトイレ行って、顔洗って、歯磨き……できる?」
「ん」
「お母さんと行こうか」
「お父さんも手伝うぞー」
まだ寝ぼけ眼の弟は小さく頷くと、父と母と一緒にとことこ歩いて行った。
その姿を見送りながら、奈々は全員分のご飯をよそった。それらの皿を食卓に並べて、朝食の完成だ。
すべて並べ終えたところへ、三人が戻ってくる。朝の準備を終えて、すぐにでも出かけられる服装だ。
「ねねちゃん、ありがと! あとは私たちでやるから、ねねちゃんも着替えてきぃ」
「あとは天ちゃんと一緒にやるから」
「……ありがとう」
両親と弟はそう言うと、奈々を置いて食卓についた。「美味しい」「温かい」と明るい称賛の声が奈々の背中に響いてくる。
奈々は自室まで戻って制服に着替え、リビングに戻る。
すると、そこには誰もいなかった。
あれだけ楽しそうだった声は消えて、人影一つない。奈々一人だけが、ぽつんと残されている。
食卓には、三人が食べ終わった食器と、奈々が食べる予定の少し冷めた朝食が載っている。
「……しょうがないわ」
奈々はそう言って、今日も一人食卓について、一人手を合わせて、一人黙々と朝食を食べるのだった。
――味が、しない
奈々にはそれが、一人ぼっちで食べているせいなのか、それともこれが夢だからなのか、わからなかった。
他の家族が起きないうちに、奈々は素早くアラームを止めて、布団から起き出した。
制服を着る前に一端部屋着を着て、顔を洗って歯を磨く。
着ていたパジャマを洗濯機に放り込み、代わりにエプロンを手に取る。ちょうど身につけたその時、炊飯器が炊き上がりを知らせる音を響かせた。タイマー予約ぴったりの時間だ。
蓋を開けると、甘い香りの湯気があふれ出て顔に覆い被さる。
熱気にむせそうになりながらも、奈々はしゃもじで底から混ぜ返した。炊きたてのご飯が、水分を含んでふっくら膨らみ、つやつやに光っている。
縁についた水分を拭き取り、炊飯器の蓋を閉めると、今度は鍋を取り出した。多めに水を入れて、そこに出汁パックを入れて、火にかける。
コンロの青い火が鍋を温める音を聞きながら、次は冷蔵庫を開ける。昨晩多めに作っておいたおひたしと卵を取り出す。ボウルに卵をいくつか割り入れて、菜箸でほぐしていく。
卵焼き器を取り出して火にかけ、温まったところに油をひき、卵液を流し込む。熱々の中に注がれた卵液はじゅわっという音と熱気を孕んで、あっという間に形を成していく。くるくる巻いてもう一度卵液を流し込み、またクルクル巻いて卵液を流し込む。最後にもう一度巻き取ると、大きめの卵焼きが完成。
次は、隣のコンロにフライパンを置いて、また温めておく。その間に冷蔵庫からウインナーの袋を取り出し、熱くなったフライパンにバラバラと置いていく。最初は大人しかったウインナーが、徐々にじゅわっと音を立ててフライパンの中で色を変えていく。それらを菜箸で少しずつ動かして、しばらく熱に任せる。
その間に小皿を取り出し、出しておいたおひたしを盛り付ける次いで別の皿を取り出し、卵焼きと焼き上がったウインナーを盛っていく。最後に味噌汁椀を取り出していたところへ、3人分の声が聞こえた。
「ねね、おはよ」
「おはよう、ねねちゃん」
「おはよう、ねね。朝からありがとうな」
6才の弟と母と父だ。音とはまだ眠いのか、台所の入り口から奈々の姿をぼんやり見つめていた。
「……天ちゃん、おはよ。おトイレ行って、顔洗って、歯磨き……できる?」
「ん」
「お母さんと行こうか」
「お父さんも手伝うぞー」
まだ寝ぼけ眼の弟は小さく頷くと、父と母と一緒にとことこ歩いて行った。
その姿を見送りながら、奈々は全員分のご飯をよそった。それらの皿を食卓に並べて、朝食の完成だ。
すべて並べ終えたところへ、三人が戻ってくる。朝の準備を終えて、すぐにでも出かけられる服装だ。
「ねねちゃん、ありがと! あとは私たちでやるから、ねねちゃんも着替えてきぃ」
「あとは天ちゃんと一緒にやるから」
「……ありがとう」
両親と弟はそう言うと、奈々を置いて食卓についた。「美味しい」「温かい」と明るい称賛の声が奈々の背中に響いてくる。
奈々は自室まで戻って制服に着替え、リビングに戻る。
すると、そこには誰もいなかった。
あれだけ楽しそうだった声は消えて、人影一つない。奈々一人だけが、ぽつんと残されている。
食卓には、三人が食べ終わった食器と、奈々が食べる予定の少し冷めた朝食が載っている。
「……しょうがないわ」
奈々はそう言って、今日も一人食卓について、一人手を合わせて、一人黙々と朝食を食べるのだった。
――味が、しない
奈々にはそれが、一人ぼっちで食べているせいなのか、それともこれが夢だからなのか、わからなかった。
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