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第二章 三品目 おいもの”ちゅるちゅる”

6 じゃがいもの行く先は……

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「なるほど。『ちゅるちゅる』か……」
 夕方、帰宅した野保に天のリクエストについて聞いてみた。遊び疲れた天は遅いお昼寝中だ。今がチャンスだ。野保なら何か知っているかもしれないと一縷の希望を託したのだが……野保もまた、首を傾げてしまっていた。
「いや、メニュー名を聞けばわかるかもしれないんだが……千鶴子と天ちゃんの間で交わされた会話の内容までは……すまんな」
「いえ、帰って早々にすみません」
 野保は時短勤務のため、通常より早い帰宅だ。だから夕飯までにはまだ時間がある。とはいえ、タイムリミットは刻一刻と迫っている。
 いくら考えても、竹志には思いつかず、ずっと冷や汗をかいていた。
「う~ん……ただの『ちゅるちゅる』ならいくらでもあるんだけど、じゃがいもの『ちゅるちゅる』だからなぁ」
「難しいのか?」
「小麦粉と混ぜたり、粉末にしたもので麺を作ったりといったものは、あるらしいです。でも家で、奥さんがやっていたかと言うと……」
「ああ、私は見たことはないな」
「そうなんです。麺から作るようなレシピはノートにはなかったので、たぶんそういうことじゃないと思うんです」
 竹志がため息混じりに項垂れると、野保はもう一度首を捻りながら考えた。
「じゃあ店で、製麺されたものが売っているとか?」
「いえ、あまり見ないです。少なくとも、この近所のスーパーでは見たことないです」
「そうか……じゃがいもの麺か……そんなもの、食べたっけか?」
 野保もまた、迷路に迷い込もうとしている。レシピノートのどのメニューか以前に、自分が食べたことがあるのかどうかすら危ぶんでいた。
「もしかしたら……晶なら何か知っているかもしれんな」
 確かに、と竹志は思ったが、晶は仕事中はプライベートの連絡はしないらしい。今電話をかけても、きっと着信履歴を残すに留まるだろう。
 だが野保は時計を見て、スマートフォンを操作した。
「今は定時を過ぎた頃だ。今日はノー残業デーと言っていたし、出るかもしれない」
そう言う野保の手元では、コール音が鳴っていた。既に晶を呼び出しているようだ。ワンコールほどで、晶の声が聞こえてくる。短いやりとりの後、野保はスマートフォンを竹志に渡した。
「もしもし?」
 想像通り、やや不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「ど、どうも……突然すみません」
「かけてきたのはお父さんでしょ。それで何? 天ちゃんが何て言ったって?」
 この一週間ほどで、天のことは色々と掴めてきたらしい晶は、さすがに察しが良かった。竹志はすぐに本題を告げた。
「あのですね……『ちゅるちゅる』って何かご存じですか?」
「『ちゅるちゅる』?……ごめん、聞いたことない」
 声だけで、晶が戸惑っているのがわかった。竹志は更に情報を付け加えた。
「えーと、奈々ちゃん曰く『ちゅるちゅる』は大抵の場合、麺類を指すそうです。それで、じゃがいもでできてるものなんですが……そんな料理、知りませんか?」
「じゃがいもの麺類? 私が知ってる中では、ないと思う。お母さんが作ってるのも、どこかで食べたって話も聞いてないわ」
 万事休す――竹志は、そう思った。奈々も野保も晶も知らないとなれば、天の好みも千鶴子のレパートリーも知らない竹志には到底作れない。
「困ったなぁ……」
 竹志は情けない声を出して、しゃがみ込んでしまった。その頭の中では、天真爛漫な天の顔が曇っていく様子を想像していた。
「作ってくれる言うたのに……」と、そう言われるに違いない。そう思うと、今から胸が痛くなってきた。
「まぁ、なんだ……どうしてもと言うなら、今日じゃなくていいと思うぞ。がっかりするとは思うが、明日でも明後日でも、作ってみせれば喜ぶだろうしな。一旦、目先を変えてみてはどうだ?」
「目先……ですか?」
「じゃがいもは奈々ちゃんも好物のはずだ。あの子の好きなものにしてみたらどうだ? 別の料理でもじゃがいもを使ったものなら天ちゃんも気に入るかもしれんだろう」
 
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