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第二章 三品目 おいもの”ちゅるちゅる”

3 お詫びと贈り物

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「ねえ、さっき何見てたの?」
 洗濯物を干し終えた奈々に、竹志は早速尋ねてみた。案の定、奈々はものすごく怪訝な表情をしていた。
「別に何も……」
「え、でも僕が声かけるまで何か見てたでしょ。書斎の本に興味があるの? 中見てみる?」
「結構です」
 とりつく島もない。ここまできっぱり言われてしまうと、それ以上は話してくれないと、最近わかってきたのだった。
 奈々は洗濯カゴを戻し、早々に勉強を始める体勢に入ってしまった。どうもこれ以上は尋ねても答えてくれなさそうだ。
(奈々ちゃんの好きなものがわかるチャンスだと思ったんだけどなぁ)
 一朝一夕とはいかないらしいと、竹志はため息をついた。その時、インターホンが鳴っ
た。竹志が慣れた調子で応対すると、相手もまた慣れた様子で答えた。
「宅配便でーす。けっこう大きいですよ」
 わざわざそんなことを言うとは、いったいどんな荷物だろう。そう思いながら、ハンコを持って玄関に向かう。すると宅配業者の男性の言った通りの、それはそれは大きなダンボール箱が待ち受けていた。
 サインより前に玄関に運び入れてもらうと、その大きさと重そうな音に思わず唖然とした。驚きながらハンコを押す竹志に、宅配業者は苦笑いを返した。
「あの……たぶん見た目よりは重くはないです」
 その言葉に、何か嫌な予感がして、送り主の記載を見た。そこには、思った通りの人物の名が記されていた。
 以前、野保にイワシの缶詰を大量に送ってきた親類であり、奈々たちの祖母に当たる楓という人物の名だ。
「ああ……なるほど」
 この人物に、悪意は一切ない。それだけが救いだった。
 竹志は気合いを入れて、ダンボール箱に手をかけた。今日は誰も手伝ってもらえる人が居ない。なんとしても竹志だけの力で台所まで持って行かねばならないのだ。
「よい、しょ……!」
 気合いのかけ声とも、うめき声ともつかない声を出しながら、よたよたと大荷物を抱えて台所へと歩いて行った。
「だ、大丈夫ですか!?」
 勉強していたはずの奈々の声が聞こえた。よほど大変そうに見えたらしい。血相を変えて駆け寄ってくれた。だが手伝おうとする奈々の手を、竹志はかろうじて固辞した。
「大丈夫、だいじょうぶ……持てるよ、これくらい」
「ほ、本当に?」
 手伝わせてしまっては、かえって奈々が潰されてしまうような気がして、竹志は頑なに手伝いを断り続け、なんとか台所まで運び込んだのだった。
 床に置いたら、奈々がすかさず伝票をかくにんした。そして困ったような表情を浮かべるのだった。
「おばあちゃんや……ごめんなさい、こんな重たいもの送ってきて……」
「いやいや、ありがたいよ。さて、中身は何かな」
 運んでいる時から何やらごろごろ音がしていた。缶詰のように規則正しく積まれているものではないらしい。
 しっかりと貼られているテープをはがし、蓋を開けると……そこに詰まっていたのは、ずっしりと大きなジャガイモたちだった。
「これはまた、立派な……」
 どれもこれも、スーパーで売っているものよりも数段大きい。それが大きなダンボールいっぱいに入っているのだ。まだ土がついている。
「うわぁ……美味しそうなお芋や」
 気付くと奈々が隣に座り、箱の中身をうっとりした表情で眺めていた。その瞳は、天が何かに興味を示したときと似ているように思えた。
「奈々ちゃん、じゃがいも好きなの?」
「え! あ、いえ……」
 何故か慌てて取り消そうとする奈々だったが、先ほどの表情を見てしまった後では、無意味だった。
「ええと……はい、好きです」
「そうなんだ! そっか、良かった」
「え?」
 竹志の言葉に、奈々は疑問符を浮かべた。それは予想外の反応だったらしい。
「だって奈々ちゃん、何が好きなのか結局わからないままだったから。良かった、好きなモノが一つわかって。じゃあこれからしばらく、じゃがいも料理たくさん作ろうか」
「……ありがとうございます」
 奈々は、恥ずかしそうに小さくお辞儀をして言った。そして、複雑そうな笑みを浮かべて言うのだった。
「でも、いいです」
「どうして? 何でも言ってよ。ポテトチップとか作ろうか?」
「えーと……ありがたいですけど、私よりも……」
 奈々が何か言いかけたと同時に、竹志の背中に衝撃が走った。もはや慣れた重みだった。その体重の主は、目をキラキラさせていると容易に想像できる声で、言った。
「じゃがいもや……!」
 奈々が言わんとしたことが、理解できた。天もまた、じゃがいもが大好きなのだ。
だからこそ、奈々は言おうとしたのだろう。
「私よりも、天ちゃんの希望を聞いてあげてください」と。
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