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第二章 三品目 おいもの”ちゅるちゅる”
2 奈々の視線
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預かっていた鍵で玄関のドアをガチャッと開けると、外の熱気とはうってかわって涼やかな空気が竹志の頬を撫でた。肌が焼けるような暑さから解放されてほっとしていると、パタパタと足音が聞こえてきた。この音こそが、竹志に本日のお仕事の始まりを告げてくれるのだ。
今日は野保が出社の日だ。晶も昼間は出社しているので、今この家には奈々と天しかいない。今日は比較的、静かかもしれない。
そう思っていると、居間からパタパタと誰かが駆けてきた。静かだなんてとんでもない。駆けてきたその人物は、ニコニコして竹志を見つめた。
「タケちゃんや!」
「おはようございます、天ちゃん」
竹志が挨拶すると、天はぺこりとお辞儀をした。そうしている間にも奈々がやってくるかと思っていたが、現れない。
「奈々ちゃんは?」
「にわ!」
そう言って、リビングを指した。おそらく、そこから見える窓の向こうの中庭を指したのだろう。いつもそこで洗濯物を干しているのだ。
いつもより少し遅いが、洗濯物が洗い上がる頃合いではある。
(いつもより量が多かったのかな? 干すの手伝った方がいいかな?)
そう思ったが……一瞬で、止めた方が良いと思い至った。そもそも奈々が自分で洗濯をしたいと言い出した理由を考えれば、下手に手を出すべきじゃないと思われる。
分担したとおりの、自分の役割を果たすまで。そう思い直し、竹志はいつもの場所に鞄を置きに行くことにした。
鞄はこれまではリビングに置かせてもらっていたのだが、奈々たちがいる間は野保の書斎に置かせてもらうことになっていた。この部屋は、鍵をかけられるからだ。天が誤って触ってはいけないもの、触ってほしくないものは一時的にこの部屋に避難させることになっていた。
開けられない部屋だからこそ、天の興味関心が高まってしまっているのだが……なんとか乗り切るしかない。
「天ちゃん、奈々ちゃんのお手伝いしてくれる?」
「ええよ!」
ニコッと快活な笑みを浮かべて、天は素直にリビングに走って行った。
今のうちだ。竹志はこそこそ書斎へ向かい、これまた預かっていた鍵でそっとドアを開けた。
初めてこの部屋に足を踏み入れた時と同様、壁一面の本棚が出迎えてくれた。ほとんどが野保の仕事に関する本だったが、最近、その中に少し違うジャンルの本も含まれていることに気付いた。
その本のタイトルを見ていると、竹志は思わず笑みがこぼれる。
それは、野保の亡き妻、千鶴子が遺した本だ。物置にしまってある家事本やレシピ本とも違う、ピアノの教則本や譜面集だった。
(本当に、多才な人だなぁ)
多才と言うより、色々なことに目を輝かせて楽しんでいた……野保は以前、妻のことをそう評していた。
このピアノ関連の本を見れば、その言葉に頷ける。
「おっと……仕事しないと」
ついぼーっとしてしまっていたことを反省し、踵を返そうとした。その時、庭にいた奈々と、ぱちっと目が合った。
奈々はやはり洗濯物を干していたらしく、傍に洗ったばかりの洗濯物を入れたカゴがあった。だがその中身を取り出すことを忘れたように、竹志の方へ視線を向けていた。何かに魅了されたように。同時に、何かがっかりしているようでもあった。
「奈々ちゃん、どうかした?」
竹志が窓を開けて声をかけると、ようやく奈々ははっと気付いた。どうやら、竹志を見ていたわけではないらしい。慌てふためいている奈々は、いったい何を見ていたのだろうか。尋ねようとすると、ぺこっとお辞儀をして再び物干し竿に戻っていった。そんな奈々に、お手伝いをするために天が駆け寄る。
声をかける機会は、なくなってしまった。
(うーん、何を見てたんだろう……息抜きになるものが、ここにあったならいいんだけど……?)
そんなことを考えながら、竹志は書斎を後にし、しっかりと鍵をかけた。
今日は野保が出社の日だ。晶も昼間は出社しているので、今この家には奈々と天しかいない。今日は比較的、静かかもしれない。
そう思っていると、居間からパタパタと誰かが駆けてきた。静かだなんてとんでもない。駆けてきたその人物は、ニコニコして竹志を見つめた。
「タケちゃんや!」
「おはようございます、天ちゃん」
竹志が挨拶すると、天はぺこりとお辞儀をした。そうしている間にも奈々がやってくるかと思っていたが、現れない。
「奈々ちゃんは?」
「にわ!」
そう言って、リビングを指した。おそらく、そこから見える窓の向こうの中庭を指したのだろう。いつもそこで洗濯物を干しているのだ。
いつもより少し遅いが、洗濯物が洗い上がる頃合いではある。
(いつもより量が多かったのかな? 干すの手伝った方がいいかな?)
そう思ったが……一瞬で、止めた方が良いと思い至った。そもそも奈々が自分で洗濯をしたいと言い出した理由を考えれば、下手に手を出すべきじゃないと思われる。
分担したとおりの、自分の役割を果たすまで。そう思い直し、竹志はいつもの場所に鞄を置きに行くことにした。
鞄はこれまではリビングに置かせてもらっていたのだが、奈々たちがいる間は野保の書斎に置かせてもらうことになっていた。この部屋は、鍵をかけられるからだ。天が誤って触ってはいけないもの、触ってほしくないものは一時的にこの部屋に避難させることになっていた。
開けられない部屋だからこそ、天の興味関心が高まってしまっているのだが……なんとか乗り切るしかない。
「天ちゃん、奈々ちゃんのお手伝いしてくれる?」
「ええよ!」
ニコッと快活な笑みを浮かべて、天は素直にリビングに走って行った。
今のうちだ。竹志はこそこそ書斎へ向かい、これまた預かっていた鍵でそっとドアを開けた。
初めてこの部屋に足を踏み入れた時と同様、壁一面の本棚が出迎えてくれた。ほとんどが野保の仕事に関する本だったが、最近、その中に少し違うジャンルの本も含まれていることに気付いた。
その本のタイトルを見ていると、竹志は思わず笑みがこぼれる。
それは、野保の亡き妻、千鶴子が遺した本だ。物置にしまってある家事本やレシピ本とも違う、ピアノの教則本や譜面集だった。
(本当に、多才な人だなぁ)
多才と言うより、色々なことに目を輝かせて楽しんでいた……野保は以前、妻のことをそう評していた。
このピアノ関連の本を見れば、その言葉に頷ける。
「おっと……仕事しないと」
ついぼーっとしてしまっていたことを反省し、踵を返そうとした。その時、庭にいた奈々と、ぱちっと目が合った。
奈々はやはり洗濯物を干していたらしく、傍に洗ったばかりの洗濯物を入れたカゴがあった。だがその中身を取り出すことを忘れたように、竹志の方へ視線を向けていた。何かに魅了されたように。同時に、何かがっかりしているようでもあった。
「奈々ちゃん、どうかした?」
竹志が窓を開けて声をかけると、ようやく奈々ははっと気付いた。どうやら、竹志を見ていたわけではないらしい。慌てふためいている奈々は、いったい何を見ていたのだろうか。尋ねようとすると、ぺこっとお辞儀をして再び物干し竿に戻っていった。そんな奈々に、お手伝いをするために天が駆け寄る。
声をかける機会は、なくなってしまった。
(うーん、何を見てたんだろう……息抜きになるものが、ここにあったならいいんだけど……?)
そんなことを考えながら、竹志は書斎を後にし、しっかりと鍵をかけた。
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