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第二章 二品目 リンゴの”くるくる”
11 さあ食べて
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「はい、おやつの時間でーす」
そう言って、竹志は必要以上にニコニコして、リビングに向かった。手には、焼きたてのアップルパイがどっさり載った皿を持っている。
「え、おやつ……ですか?」
野保に呼ばれてリビングに来た奈々は、目を瞬かせながら竹志の方を見た。その視線は、竹志の手元に向いていた。
香ばしく甘い香りも気付いたのだろうか。すぅっと息を吸い込むと、はたと何かに気付いたようだった。
答え合わせをするように、竹志は奈々の前にアップルパイの皿を置いた。
「これって……」
驚き息を呑む奈々に、竹志は胸を張って答えた。
「そう。一口くるくるアップルパイだよ。天ちゃんと野保さんからアドバイスをもらって作ってみたんだ」
「おじちゃんと……天ちゃんから?」
奈々が天に視線を向ける。信じられないといった目だ。天は、胸を張ってその視線に答えていた。自分が奈々の好物を作る手伝いをしたんだぞ、と。
「へぇ、天ちゃんが……ふぅん」
奈々は、まじまじとアップルパイを見つめていた。
「どうぞ召し上がれ」
「……そうですね。じゃあ、いただきます」
そう言うと奈々は、おずおずと手を伸ばし、皿に載るパイを一つ、手に取った。まだ皿に漂う香りを一息吸うと、ほんのり口の端を上げていた。
良い香りを味わい、次にパイを一口かじった。小さなパイがさらに小さく、半分ほどになった。
竹志に天、それに野保と三人にじっと見られながらの咀嚼は居心地が悪そうではあったが、噛み進めるほどに緊張は解け、やがて笑みが浮かんできた。
「これ……おばちゃんが作ってくれたのと同じや」
「ほ、ほんとに?」
ハラハラしながら竹志が尋ねると、奈々は小さく頷いた。その顔を見て、竹志は天と顔を見合わせた。
「良かったぁぁぁぁ……ちゃんと作れて」
「うん、おいしい!」
奈々の控えめな咀嚼音と正反対の、思い切ったサクッという音が聞こえた。天はいつの間にか両手にアップルパイを持っていた。右手のパイをかじり、左手のパイをかじり、また右手のパイをかじり……お口の中が休まる暇はなさそうだが、美味しさで満たされているのが分かる。
「そっか、美味しいか」
ふと、野保と目が合った。「ご苦労さん」と告げているような、柔らかな視線が竹志に向いている。
そして、二人共に皿に手を伸ばし、パイを一つ、手に取った。
サクッという音と共に、リンゴの甘みが口の中に広がった。追いかけるように、レモンの酸っぱさ、バターのコクが広がり、甘みと絡み合っていく。
「なんか、アップルパイって言うより、リンゴのクロワッサンを食べてる感じですね」
「そうだな。これは初めて食べる食感だな」
「え? おばちゃん、これ、よく作ってくれてたんじゃないんですか?」
野保の言葉に、奈々がきょとんとして尋ねた。手元のパイと野保を交互に見比べている。
「いや、これは君たちが来た時に作っていた、君たち用のメニューだろう。私は食べた記憶がないな」
「そうなんですか。私たち用の……って、私たちのためだけに?」
「そうだよ?」
今度は竹志がキョトンとする番だった。奈々の好物をサプライズで作ろうとしていたのだから、当然、奈々のためだけに作ったものだ。
喜んで貰えたなら本望だが、奈々はなんだかオロオロしている。いったい何を気に病んでいるのか?
「えーと……作っちゃマズかった?」
「そ、そんなことないです! 美味しいです! でも……」
奈々は、なんだかもじもじしている。いや、焦っているとでも言おうか。奈々が何を言うのか、竹志は息を呑んで見守った。
「あの……高かったですよね、この時期のリンゴ……?」
「え」
奈々の言葉に、野保もまた 竹志を見た。普段スーパーで買い物をしない野保なので、そんなに高いのかと、首を傾げている。
一方の竹志は……どう答えようか迷った。確かに値段は旬の頃の2倍ほどだった。とはいえ高級食材というほどでもない。そんなに気に病むほどでもないのだが、そう言って流してしまえない真面目な奈々は思い切り気に病んでしまっている。
「ご、ごめんなさい! 私のために、そんな……」
「いや、あの……そんなに気にする事じゃ……」
奈々はかじりかけのパイをテーブルに置いて、俯いてしまった。
そんな顔をしてほしかったんじゃないのに。これでは本末転倒だ。どう言えば顔を上げてくれるか、竹志は頭をフル回転させて考えた。
すると……サクッという音と共に、落ち着いた静かな声がした。
「いいから、食べなさい」
奈々は眉を下げて、「でも」と言っている。野保は構わずもぐもぐ食べていた。そして一つ食べ終わると、もう一つ、手に取った。
「これは泉くんが、君を喜ばせようとして作ったんだ。君が食べなくてどうする」
「あの、でも……」
「あともう一つ」
野保は人差し指を立てながら、もう片方の手でまたサクッとパイをかじった。旨味を堪能してから、言葉を続けた。
「人に何かをしてもらって嬉しいと感じたなら、『ごめんなさい』よりも『ありがとう』を伝えた方がいい」
そう言うと、野保は残りのパイをかじり、皿にもう一つ、手を伸ばしたのだった。
奈々はその言葉を聞くと、何かを口の中で反芻させていた。だがしばらくすると、飲み込めたようだ。小さく頷き、そして、残りのパイを口に入れていた。
そう言って、竹志は必要以上にニコニコして、リビングに向かった。手には、焼きたてのアップルパイがどっさり載った皿を持っている。
「え、おやつ……ですか?」
野保に呼ばれてリビングに来た奈々は、目を瞬かせながら竹志の方を見た。その視線は、竹志の手元に向いていた。
香ばしく甘い香りも気付いたのだろうか。すぅっと息を吸い込むと、はたと何かに気付いたようだった。
答え合わせをするように、竹志は奈々の前にアップルパイの皿を置いた。
「これって……」
驚き息を呑む奈々に、竹志は胸を張って答えた。
「そう。一口くるくるアップルパイだよ。天ちゃんと野保さんからアドバイスをもらって作ってみたんだ」
「おじちゃんと……天ちゃんから?」
奈々が天に視線を向ける。信じられないといった目だ。天は、胸を張ってその視線に答えていた。自分が奈々の好物を作る手伝いをしたんだぞ、と。
「へぇ、天ちゃんが……ふぅん」
奈々は、まじまじとアップルパイを見つめていた。
「どうぞ召し上がれ」
「……そうですね。じゃあ、いただきます」
そう言うと奈々は、おずおずと手を伸ばし、皿に載るパイを一つ、手に取った。まだ皿に漂う香りを一息吸うと、ほんのり口の端を上げていた。
良い香りを味わい、次にパイを一口かじった。小さなパイがさらに小さく、半分ほどになった。
竹志に天、それに野保と三人にじっと見られながらの咀嚼は居心地が悪そうではあったが、噛み進めるほどに緊張は解け、やがて笑みが浮かんできた。
「これ……おばちゃんが作ってくれたのと同じや」
「ほ、ほんとに?」
ハラハラしながら竹志が尋ねると、奈々は小さく頷いた。その顔を見て、竹志は天と顔を見合わせた。
「良かったぁぁぁぁ……ちゃんと作れて」
「うん、おいしい!」
奈々の控えめな咀嚼音と正反対の、思い切ったサクッという音が聞こえた。天はいつの間にか両手にアップルパイを持っていた。右手のパイをかじり、左手のパイをかじり、また右手のパイをかじり……お口の中が休まる暇はなさそうだが、美味しさで満たされているのが分かる。
「そっか、美味しいか」
ふと、野保と目が合った。「ご苦労さん」と告げているような、柔らかな視線が竹志に向いている。
そして、二人共に皿に手を伸ばし、パイを一つ、手に取った。
サクッという音と共に、リンゴの甘みが口の中に広がった。追いかけるように、レモンの酸っぱさ、バターのコクが広がり、甘みと絡み合っていく。
「なんか、アップルパイって言うより、リンゴのクロワッサンを食べてる感じですね」
「そうだな。これは初めて食べる食感だな」
「え? おばちゃん、これ、よく作ってくれてたんじゃないんですか?」
野保の言葉に、奈々がきょとんとして尋ねた。手元のパイと野保を交互に見比べている。
「いや、これは君たちが来た時に作っていた、君たち用のメニューだろう。私は食べた記憶がないな」
「そうなんですか。私たち用の……って、私たちのためだけに?」
「そうだよ?」
今度は竹志がキョトンとする番だった。奈々の好物をサプライズで作ろうとしていたのだから、当然、奈々のためだけに作ったものだ。
喜んで貰えたなら本望だが、奈々はなんだかオロオロしている。いったい何を気に病んでいるのか?
「えーと……作っちゃマズかった?」
「そ、そんなことないです! 美味しいです! でも……」
奈々は、なんだかもじもじしている。いや、焦っているとでも言おうか。奈々が何を言うのか、竹志は息を呑んで見守った。
「あの……高かったですよね、この時期のリンゴ……?」
「え」
奈々の言葉に、野保もまた 竹志を見た。普段スーパーで買い物をしない野保なので、そんなに高いのかと、首を傾げている。
一方の竹志は……どう答えようか迷った。確かに値段は旬の頃の2倍ほどだった。とはいえ高級食材というほどでもない。そんなに気に病むほどでもないのだが、そう言って流してしまえない真面目な奈々は思い切り気に病んでしまっている。
「ご、ごめんなさい! 私のために、そんな……」
「いや、あの……そんなに気にする事じゃ……」
奈々はかじりかけのパイをテーブルに置いて、俯いてしまった。
そんな顔をしてほしかったんじゃないのに。これでは本末転倒だ。どう言えば顔を上げてくれるか、竹志は頭をフル回転させて考えた。
すると……サクッという音と共に、落ち着いた静かな声がした。
「いいから、食べなさい」
奈々は眉を下げて、「でも」と言っている。野保は構わずもぐもぐ食べていた。そして一つ食べ終わると、もう一つ、手に取った。
「これは泉くんが、君を喜ばせようとして作ったんだ。君が食べなくてどうする」
「あの、でも……」
「あともう一つ」
野保は人差し指を立てながら、もう片方の手でまたサクッとパイをかじった。旨味を堪能してから、言葉を続けた。
「人に何かをしてもらって嬉しいと感じたなら、『ごめんなさい』よりも『ありがとう』を伝えた方がいい」
そう言うと、野保は残りのパイをかじり、皿にもう一つ、手を伸ばしたのだった。
奈々はその言葉を聞くと、何かを口の中で反芻させていた。だがしばらくすると、飲み込めたようだ。小さく頷き、そして、残りのパイを口に入れていた。
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