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第二章 一品目 ”ぽろぽろ”ごはん
7 歓迎のちらし寿司
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「わ……ちらし寿司、ですか」
冷蔵庫から寿司桶を取り出すと、奈々は目を瞠っていた。
かけていたラップを取り外し、載っている様々な具材に視線を動かす。気に入って貰えたのだろうか。
「嫌いなものとか、入ってない?」
「好き嫌いなんて言えません」
奈々はぴしゃりと答える。だが次の瞬間には、ほんの少し、表情が和らいでいた。
「でも、その……美味しそうです。ありがとうございます」
「そっか、良かった」
「……家では、こんな凝った料理、作らへんから」
「僕も家ではあんまり作らないよ。久しぶりに作ったから、色々忘れてた」
「……もしかして、私たちが来るから?」
「うん。来て最初のご飯はちょっと豪勢にしようかって野保さんと話してね」
「すみません、お手間かけて……」
奈々は、また頭を下げた。声音も、どこか暗い。
「え、なんで?」
「だって、そんな……歓迎してもらってるみたいで」
「歓迎してるよ?」
「そんなん、いいのに……」
俯く奈々の声はどんどんしぼんでいく。竹志は腰をかがめて、奈々と目線を合わせて、言った。
「これは僕の仕事なんだから、気にすることないよ。むしろ、お仕事させてくれて、ありがとう」
竹志がそう言うと、奈々は目をぱちくりさせていた。
「ほら、このちらし寿司作った分、時給がつくから。この寿司の分、僕は儲かってるんだよ」
奈々は、まだピンときていないようだが、それでも竹志の気持ちは伝わったようだ。曖昧ながらうっすら微笑んで、小さく呟く。
「ありがとう……ございます」
「うん。じゃあこれ、皆と一緒に食べよ」
竹志が寿司桶とその他の具材の皿を、奈々が取り皿と箸を人数分持って、二人は居間に戻ったのだった。
居間では、野保と晶の悪戦苦闘ぶりが窺えた。おそらくほんの数分の間でも天の興味をひくのが困難だったようで、あれこれ本やDVDを示したようだが気に入らず、結局今はテレビの番組をザッピングしている……。
だが奈々が姿を見せると、天の表情がぱっと綻んだ。
「ねね! あそんで!」
「……天ちゃん、ワガママ言うたらあかんやん。これからご飯やから、後で」
奈々はそう言って、天と一緒にローテーブルの前に座った。てきぱきと取り皿を配りつつ、ローテーブルの中心は大きく空けておいてくれた。
そのスペースに、竹志はどんと大きな寿司桶を置く。上から覗き込んだ晶が、感嘆の声を上げた。
「ちらし寿司食べるの久しぶりだわ。これ、お母さんのレシピにあったやつよね?」
「はい。といっても、普通の方ですけど」
竹志の言葉に、奈々がぴたりと動きを止めた。
「おばちゃんのレシピですか?」
その問いに答えたのは晶だった。
「うん、そう。お母さん、レシピノートを残してくれてたんだけどね、肝心なところを隠してたのよ。それを、この泉くんが謎解きしてくれたの」
「大袈裟な……まだ全部わかったわけじゃないですし」
竹志は困りつつ、ちょっと照れながらしゃもじで取り皿にちらし寿司をよそった。最初は奈々の分だ。他の人よりも、ちょっと具材を多めにサービスしておいた。
だが奈々は自分の分を受け取ると、ほんの少し俯いていた。
「おばちゃんの料理……」
何やら感じ入った様子に、野保が声を向けた。
「そうか。あの時もちらし寿司を出したんだったか」
「あの時? ああ、前に家に来てくれた時よね? 三年前だっけ?」
「はい。あの時は、今以上にご迷惑をかけてしまって……」
「もう、そんなこと気にしないの。そっか、奈々ちゃんもうちのお母さんの料理、覚えててくれたのね」
奈々が、嬉しそうに小さく頷く。先ほどの声音の理由がなんとなく理解できたのだった。
「じゃあ、天ちゃんも覚えてるかな。どっさり入れようか」
そう言って、考えていたよりも少し多めによそって天の前に取り皿を置いた。すると、天はまじまじとちらし寿司を見つめた。そして、きょとんとして言うのだった。
「これ……”ぽろぽろ”ない」
冷蔵庫から寿司桶を取り出すと、奈々は目を瞠っていた。
かけていたラップを取り外し、載っている様々な具材に視線を動かす。気に入って貰えたのだろうか。
「嫌いなものとか、入ってない?」
「好き嫌いなんて言えません」
奈々はぴしゃりと答える。だが次の瞬間には、ほんの少し、表情が和らいでいた。
「でも、その……美味しそうです。ありがとうございます」
「そっか、良かった」
「……家では、こんな凝った料理、作らへんから」
「僕も家ではあんまり作らないよ。久しぶりに作ったから、色々忘れてた」
「……もしかして、私たちが来るから?」
「うん。来て最初のご飯はちょっと豪勢にしようかって野保さんと話してね」
「すみません、お手間かけて……」
奈々は、また頭を下げた。声音も、どこか暗い。
「え、なんで?」
「だって、そんな……歓迎してもらってるみたいで」
「歓迎してるよ?」
「そんなん、いいのに……」
俯く奈々の声はどんどんしぼんでいく。竹志は腰をかがめて、奈々と目線を合わせて、言った。
「これは僕の仕事なんだから、気にすることないよ。むしろ、お仕事させてくれて、ありがとう」
竹志がそう言うと、奈々は目をぱちくりさせていた。
「ほら、このちらし寿司作った分、時給がつくから。この寿司の分、僕は儲かってるんだよ」
奈々は、まだピンときていないようだが、それでも竹志の気持ちは伝わったようだ。曖昧ながらうっすら微笑んで、小さく呟く。
「ありがとう……ございます」
「うん。じゃあこれ、皆と一緒に食べよ」
竹志が寿司桶とその他の具材の皿を、奈々が取り皿と箸を人数分持って、二人は居間に戻ったのだった。
居間では、野保と晶の悪戦苦闘ぶりが窺えた。おそらくほんの数分の間でも天の興味をひくのが困難だったようで、あれこれ本やDVDを示したようだが気に入らず、結局今はテレビの番組をザッピングしている……。
だが奈々が姿を見せると、天の表情がぱっと綻んだ。
「ねね! あそんで!」
「……天ちゃん、ワガママ言うたらあかんやん。これからご飯やから、後で」
奈々はそう言って、天と一緒にローテーブルの前に座った。てきぱきと取り皿を配りつつ、ローテーブルの中心は大きく空けておいてくれた。
そのスペースに、竹志はどんと大きな寿司桶を置く。上から覗き込んだ晶が、感嘆の声を上げた。
「ちらし寿司食べるの久しぶりだわ。これ、お母さんのレシピにあったやつよね?」
「はい。といっても、普通の方ですけど」
竹志の言葉に、奈々がぴたりと動きを止めた。
「おばちゃんのレシピですか?」
その問いに答えたのは晶だった。
「うん、そう。お母さん、レシピノートを残してくれてたんだけどね、肝心なところを隠してたのよ。それを、この泉くんが謎解きしてくれたの」
「大袈裟な……まだ全部わかったわけじゃないですし」
竹志は困りつつ、ちょっと照れながらしゃもじで取り皿にちらし寿司をよそった。最初は奈々の分だ。他の人よりも、ちょっと具材を多めにサービスしておいた。
だが奈々は自分の分を受け取ると、ほんの少し俯いていた。
「おばちゃんの料理……」
何やら感じ入った様子に、野保が声を向けた。
「そうか。あの時もちらし寿司を出したんだったか」
「あの時? ああ、前に家に来てくれた時よね? 三年前だっけ?」
「はい。あの時は、今以上にご迷惑をかけてしまって……」
「もう、そんなこと気にしないの。そっか、奈々ちゃんもうちのお母さんの料理、覚えててくれたのね」
奈々が、嬉しそうに小さく頷く。先ほどの声音の理由がなんとなく理解できたのだった。
「じゃあ、天ちゃんも覚えてるかな。どっさり入れようか」
そう言って、考えていたよりも少し多めによそって天の前に取り皿を置いた。すると、天はまじまじとちらし寿司を見つめた。そして、きょとんとして言うのだった。
「これ……”ぽろぽろ”ない」
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