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第二章 一品目 ”ぽろぽろ”ごはん

2 三人のランチ

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「これ……食べたことある!」
「千鶴子の変わり種そうめんだ」
 野保と晶が目を輝かせながら、ずるずると音を立ててそうめんをすする。ツナも、オクラも、よく絡み合っためんつゆも、全部一緒に口の中に入れると、甘みや旨味以外にもなにやら 不思議な風味が広がるのだった。
「これ、結局何が入ってたのか教えてくれなかったのよね。何が入ってるの?」
「知りたいですか?」
「そりゃあそうだろう」
 野保も晶も、期待に満ちた目で竹志を見つめる。その視線を心地よく思いながら、竹志は「ふふふ」と不敵に笑った。
「それはですね……これです」
 もったいぶりつつも、竹志はポケットから正解の品を取り出す。実は、正解を言いたくてたまらず、忍ばせていたのだ。
 竹志が手に持つ小さな缶を見て、野保と晶は目を丸くした。
「カレー粉……!?」
 またも驚きの声を漏らすタイミングが同じだ。
 人様が作ったレシピとはいえ、ここまで驚いてもらうと、なにやら気分がいい。
「意外ですよね? めんつゆとカレー粉って。でも出汁も加えたら良い感じの味と香りになって……」
「そ、そうじゃなくて……」
 めんつゆ談義を始めようとする竹志を、晶が止めた。だが、止めた割にそれ以上のことを言いづらそうに口ごもっていた。
 理由は、すぐにわかった。
「もう、大丈夫ですよ」
 竹志が笑ってそう言うと、野保も晶も、しばし気遣わしげな表情を向けていたが、やがて、竹志と同じように笑った。
(本当に、いい人たちだな)
 カレーは、竹志にとっては長年のトラウマだった。父が亡くなる原因になった料理だったからだ。もう十年ほども胸の内を占めていた傷だったが、この野保親子と出会ったことで、ほんの少し、変わることが出来た。
 今は、今まで触れられなかった分もカレーに触れようと、積極的にカレー粉を使った料理に挑戦しているのだった。
 そのたびに野保や晶にこうして心配をかけてしまうのだが、大丈夫と言い続けるしかない。竹志は、変わっていけることが嬉しいのだから。
 影を孕むことなく、笑顔でそうめんを頬張り続ける竹志を見て、野保も晶も、それ以上の追求はやめた。代わりに、晶はがばっと大口でそうめんを食べ、野保は「そうだ」と何か思いついたような声を出した。
「泉くん、もうすぐ試験期間なんじゃないのか?」
「はい。来週から7月末までは毎日です」
 今は7月の中旬。大学生の竹志にとっては前期の履修授業がすべて終わり、単位取得のための試験を控えている時期だ。
 出席は十分足りているし、必要なレポート提出は既に終えている。今日の仕事が終われば、大学の図書館に行って自習しようと考えていたところだ。
 竹志の言葉を聞いて、野保はうーんと唸って考え込んでいる。
「そうか……試験なら、バイトは休まないとな」
「え、大丈夫ですよ。週に2回ですし」
「学生なんだから学業を優先させなさい。心配しなくても、2週間家事代行がなくたって死にはしないさ」
 死にはしないかもしれないが……2週間後、この家を訪れる際に竹志を待ち受けている光景を瞬時に想像してしまった。そして、怖くなった。
「あの……掃除と洗濯だけでも……」
「8月にはまた来てくれるんだろう? まぁそれも、予定次第ではキャンセルしてくれたって問題ないが」
「そ、そんなとんでもない……!」
「大学生の夏休みだろう。普段できない経験を積む良い機会じゃないか。遠慮はいらないからな」
 7月の2週間に加えて8月中も休むだなんて、またこの家に初めて来たばかりの頃に逆戻りになってしまう。それは勘弁してほしい。せっかく色々と片付けたというのに。
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