18 / 98
第二章 一品目 ”ぽろぽろ”ごはん
2 三人のランチ
しおりを挟む
「これ……食べたことある!」
「千鶴子の変わり種そうめんだ」
野保と晶が目を輝かせながら、ずるずると音を立ててそうめんをすする。ツナも、オクラも、よく絡み合っためんつゆも、全部一緒に口の中に入れると、甘みや旨味以外にもなにやら 不思議な風味が広がるのだった。
「これ、結局何が入ってたのか教えてくれなかったのよね。何が入ってるの?」
「知りたいですか?」
「そりゃあそうだろう」
野保も晶も、期待に満ちた目で竹志を見つめる。その視線を心地よく思いながら、竹志は「ふふふ」と不敵に笑った。
「それはですね……これです」
もったいぶりつつも、竹志はポケットから正解の品を取り出す。実は、正解を言いたくてたまらず、忍ばせていたのだ。
竹志が手に持つ小さな缶を見て、野保と晶は目を丸くした。
「カレー粉……!?」
またも驚きの声を漏らすタイミングが同じだ。
人様が作ったレシピとはいえ、ここまで驚いてもらうと、なにやら気分がいい。
「意外ですよね? めんつゆとカレー粉って。でも出汁も加えたら良い感じの味と香りになって……」
「そ、そうじゃなくて……」
めんつゆ談義を始めようとする竹志を、晶が止めた。だが、止めた割にそれ以上のことを言いづらそうに口ごもっていた。
理由は、すぐにわかった。
「もう、大丈夫ですよ」
竹志が笑ってそう言うと、野保も晶も、しばし気遣わしげな表情を向けていたが、やがて、竹志と同じように笑った。
(本当に、いい人たちだな)
カレーは、竹志にとっては長年のトラウマだった。父が亡くなる原因になった料理だったからだ。もう十年ほども胸の内を占めていた傷だったが、この野保親子と出会ったことで、ほんの少し、変わることが出来た。
今は、今まで触れられなかった分もカレーに触れようと、積極的にカレー粉を使った料理に挑戦しているのだった。
そのたびに野保や晶にこうして心配をかけてしまうのだが、大丈夫と言い続けるしかない。竹志は、変わっていけることが嬉しいのだから。
影を孕むことなく、笑顔でそうめんを頬張り続ける竹志を見て、野保も晶も、それ以上の追求はやめた。代わりに、晶はがばっと大口でそうめんを食べ、野保は「そうだ」と何か思いついたような声を出した。
「泉くん、もうすぐ試験期間なんじゃないのか?」
「はい。来週から7月末までは毎日です」
今は7月の中旬。大学生の竹志にとっては前期の履修授業がすべて終わり、単位取得のための試験を控えている時期だ。
出席は十分足りているし、必要なレポート提出は既に終えている。今日の仕事が終われば、大学の図書館に行って自習しようと考えていたところだ。
竹志の言葉を聞いて、野保はうーんと唸って考え込んでいる。
「そうか……試験なら、バイトは休まないとな」
「え、大丈夫ですよ。週に2回ですし」
「学生なんだから学業を優先させなさい。心配しなくても、2週間家事代行がなくたって死にはしないさ」
死にはしないかもしれないが……2週間後、この家を訪れる際に竹志を待ち受けている光景を瞬時に想像してしまった。そして、怖くなった。
「あの……掃除と洗濯だけでも……」
「8月にはまた来てくれるんだろう? まぁそれも、予定次第ではキャンセルしてくれたって問題ないが」
「そ、そんなとんでもない……!」
「大学生の夏休みだろう。普段できない経験を積む良い機会じゃないか。遠慮はいらないからな」
7月の2週間に加えて8月中も休むだなんて、またこの家に初めて来たばかりの頃に逆戻りになってしまう。それは勘弁してほしい。せっかく色々と片付けたというのに。
「千鶴子の変わり種そうめんだ」
野保と晶が目を輝かせながら、ずるずると音を立ててそうめんをすする。ツナも、オクラも、よく絡み合っためんつゆも、全部一緒に口の中に入れると、甘みや旨味以外にもなにやら 不思議な風味が広がるのだった。
「これ、結局何が入ってたのか教えてくれなかったのよね。何が入ってるの?」
「知りたいですか?」
「そりゃあそうだろう」
野保も晶も、期待に満ちた目で竹志を見つめる。その視線を心地よく思いながら、竹志は「ふふふ」と不敵に笑った。
「それはですね……これです」
もったいぶりつつも、竹志はポケットから正解の品を取り出す。実は、正解を言いたくてたまらず、忍ばせていたのだ。
竹志が手に持つ小さな缶を見て、野保と晶は目を丸くした。
「カレー粉……!?」
またも驚きの声を漏らすタイミングが同じだ。
人様が作ったレシピとはいえ、ここまで驚いてもらうと、なにやら気分がいい。
「意外ですよね? めんつゆとカレー粉って。でも出汁も加えたら良い感じの味と香りになって……」
「そ、そうじゃなくて……」
めんつゆ談義を始めようとする竹志を、晶が止めた。だが、止めた割にそれ以上のことを言いづらそうに口ごもっていた。
理由は、すぐにわかった。
「もう、大丈夫ですよ」
竹志が笑ってそう言うと、野保も晶も、しばし気遣わしげな表情を向けていたが、やがて、竹志と同じように笑った。
(本当に、いい人たちだな)
カレーは、竹志にとっては長年のトラウマだった。父が亡くなる原因になった料理だったからだ。もう十年ほども胸の内を占めていた傷だったが、この野保親子と出会ったことで、ほんの少し、変わることが出来た。
今は、今まで触れられなかった分もカレーに触れようと、積極的にカレー粉を使った料理に挑戦しているのだった。
そのたびに野保や晶にこうして心配をかけてしまうのだが、大丈夫と言い続けるしかない。竹志は、変わっていけることが嬉しいのだから。
影を孕むことなく、笑顔でそうめんを頬張り続ける竹志を見て、野保も晶も、それ以上の追求はやめた。代わりに、晶はがばっと大口でそうめんを食べ、野保は「そうだ」と何か思いついたような声を出した。
「泉くん、もうすぐ試験期間なんじゃないのか?」
「はい。来週から7月末までは毎日です」
今は7月の中旬。大学生の竹志にとっては前期の履修授業がすべて終わり、単位取得のための試験を控えている時期だ。
出席は十分足りているし、必要なレポート提出は既に終えている。今日の仕事が終われば、大学の図書館に行って自習しようと考えていたところだ。
竹志の言葉を聞いて、野保はうーんと唸って考え込んでいる。
「そうか……試験なら、バイトは休まないとな」
「え、大丈夫ですよ。週に2回ですし」
「学生なんだから学業を優先させなさい。心配しなくても、2週間家事代行がなくたって死にはしないさ」
死にはしないかもしれないが……2週間後、この家を訪れる際に竹志を待ち受けている光景を瞬時に想像してしまった。そして、怖くなった。
「あの……掃除と洗濯だけでも……」
「8月にはまた来てくれるんだろう? まぁそれも、予定次第ではキャンセルしてくれたって問題ないが」
「そ、そんなとんでもない……!」
「大学生の夏休みだろう。普段できない経験を積む良い機会じゃないか。遠慮はいらないからな」
7月の2週間に加えて8月中も休むだなんて、またこの家に初めて来たばかりの頃に逆戻りになってしまう。それは勘弁してほしい。せっかく色々と片付けたというのに。
0
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
風船葛の実る頃
藤本夏実
ライト文芸
野球少年の蒼太がラブレター事件によって知り合った京子と岐阜の町を探索するという、地元を紹介するという意味でも楽しい作品となっています。又、この本自体、藤本夏実作品の特選集となっています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない
望月 或
恋愛
「どちらかが“過ち”を犯した場合、相手の伴侶に“人”を損なう程の神の『呪い』が下されよう――」
ファローダ王国の国王と王妃が事故で急逝し、急遽王太子であるリオーシュが王に即位する事となった。
まだ齢二十三の王を支える存在として早急に王妃を決める事となり、リオーシュは同い年のシルヴィス侯爵家の長女、エウロペアを指名する。
彼女はそれを承諾し、二人は若き王と王妃として助け合って支え合い、少しずつ絆を育んでいった。
そんなある日、エウロペアの妹のカトレーダが頻繁にリオーシュに会いに来るようになった。
仲睦まじい二人を遠目に眺め、心を痛めるエウロペア。
そして彼女は、リオーシュがカトレーダの肩を抱いて自分の部屋に入る姿を目撃してしまう。
神の『呪い』が発動し、エウロペアの中から、五感が、感情が、思考が次々と失われていく。
そして彼女は、動かぬ、物言わぬ“人形”となった――
※視点の切り替わりがあります。タイトルの後ろに◇は、??視点です。
※Rシーンがあるお話はタイトルの後ろに*を付けています。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。