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Chapter6 約束
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草を踏む音が、三人分響いた。
私とお父さんとお母さんの三人は、緑が敷き詰められた柔らかな床を歩いていく。あくまで、それは床だ。
ここは大自然の中でも、まして山中でもない。
お父さんの会社が手がけた新型プラネタリウムのプラチナシートだ。オープンからそれほど日が経ってないのに話題沸騰というのは本当だったようで、上映チケットは前日までにほぼ完売だと言っていた。
今日は、休館日だから他のお客さんはいない。
特別に、一度だけ上映してもらえることになったのだった。そこだけ、お父さんのコネを使わせてもらった……。
幸い職員さんたちは『ご家族でなんて珍しい』と言って微笑ましく通してくれていたけれど……後日丁寧にお礼を言わないと。
私より先にお父さんが職員さんたちにお礼を言っている横で、お母さんは子どものように目を輝かせていた。
「わぁ……すごいわね。大きい……こんな大きな星空、見たかったでしょう、愛」
そう言って、私に振り返る。幸いなことに、誰も聞いていなかった。
「……そうだね。見たかった……だろうね」
「なに、そんな他人事みたいに」
お母さんは、喜んでいた。久々に家族三人で出かけられることを。それが、愛が喜ぶだろう星空を映し出すプラネタリウムだと知って、何度も「良かったわね」と言われた。そう楽しそうに言う母に、私もお父さんも、曖昧な返事しか返せなかった。
やがて、お互いの顔が見えなくなるくらい、室内は暗くなった。そして、ポツ、ポツ……と、光が浮かび上がる。真っ暗な世空に、小さな点が1つ、2つ、3つ、いつしか無数に……もう少し大きな光の点もところどころに……そしてその中に、数えるほどだけれど、ポッといくつか、大きくて澄んだ色の光が浮かぶ。
満点の星空だ――
愛の持っていた小型プラネタリウムで何度か見た。その時に見た星空の数倍、いや数百倍の星が、私たちの頭上で瞬いている。
「綺麗ねぇ。こんな星が21世紀には見えてたなんてね」
子どもみたいにはしゃぐお母さんに、お父さんが少しだけ訂正を入れる。
「実際の21世紀の空でも、これほどは見えていなかったらしい。あくまで地球に届いていた星の光がすべて見えたら、という想定で作ったからな」
「じゃあ再現というのとは少し違うんじゃない?」
「いやまぁ……お客さんに喜んでもらうのが第一の目的だからな。今、外を歩いて見えない星空が見えることが重要なんだよ」
お父さんは、苦笑いをしながらそう言った。本物とは違う、偽物であるということは百も承知で、この星空を作り上げたんだ。
愛のために。
「……作り物でも、当時の見え方と違っても、もっと綺麗なんだから……むしろ作り物の方が全然いい……きっと、そう言うね」
私の言葉に、お母さんは首を傾げた。
「……誰が?」
「愛が」
「……あ、はははは! おかしなこと言うわね。あ、ねえねえあの一番目立つ大きな星! なんていう星だったかしら? あっちの三角形みたいなのは?」
お母さんは、大きな星……たぶん一等星と呼ばれる星を次々指さしていく。見覚えはあった。愛がお星様みたいな瞳で教えてくれたことがあった。
なんて言っていたかな。あの、一番大きな星は……?
「……わからない」
記憶の中の、愛の声を探してみる。でも、わからない。愛の部屋にあった本を読んだけれど、理解できなかった。愛と違って、星空を好きになることはできなかったから。
だけどそう思っている私以上に、お母さんの方が意外そうに驚いていた。
「え? 愛が、星のことでわからないことがあるの? そんなに珍しい星だった?」
一瞬だけお父さんと目を見交わして、そしてお母さんに向けて、首を横に振った。
「わからないの。星のこと、なにも。私は……愛じゃないから」
私とお父さんとお母さんの三人は、緑が敷き詰められた柔らかな床を歩いていく。あくまで、それは床だ。
ここは大自然の中でも、まして山中でもない。
お父さんの会社が手がけた新型プラネタリウムのプラチナシートだ。オープンからそれほど日が経ってないのに話題沸騰というのは本当だったようで、上映チケットは前日までにほぼ完売だと言っていた。
今日は、休館日だから他のお客さんはいない。
特別に、一度だけ上映してもらえることになったのだった。そこだけ、お父さんのコネを使わせてもらった……。
幸い職員さんたちは『ご家族でなんて珍しい』と言って微笑ましく通してくれていたけれど……後日丁寧にお礼を言わないと。
私より先にお父さんが職員さんたちにお礼を言っている横で、お母さんは子どものように目を輝かせていた。
「わぁ……すごいわね。大きい……こんな大きな星空、見たかったでしょう、愛」
そう言って、私に振り返る。幸いなことに、誰も聞いていなかった。
「……そうだね。見たかった……だろうね」
「なに、そんな他人事みたいに」
お母さんは、喜んでいた。久々に家族三人で出かけられることを。それが、愛が喜ぶだろう星空を映し出すプラネタリウムだと知って、何度も「良かったわね」と言われた。そう楽しそうに言う母に、私もお父さんも、曖昧な返事しか返せなかった。
やがて、お互いの顔が見えなくなるくらい、室内は暗くなった。そして、ポツ、ポツ……と、光が浮かび上がる。真っ暗な世空に、小さな点が1つ、2つ、3つ、いつしか無数に……もう少し大きな光の点もところどころに……そしてその中に、数えるほどだけれど、ポッといくつか、大きくて澄んだ色の光が浮かぶ。
満点の星空だ――
愛の持っていた小型プラネタリウムで何度か見た。その時に見た星空の数倍、いや数百倍の星が、私たちの頭上で瞬いている。
「綺麗ねぇ。こんな星が21世紀には見えてたなんてね」
子どもみたいにはしゃぐお母さんに、お父さんが少しだけ訂正を入れる。
「実際の21世紀の空でも、これほどは見えていなかったらしい。あくまで地球に届いていた星の光がすべて見えたら、という想定で作ったからな」
「じゃあ再現というのとは少し違うんじゃない?」
「いやまぁ……お客さんに喜んでもらうのが第一の目的だからな。今、外を歩いて見えない星空が見えることが重要なんだよ」
お父さんは、苦笑いをしながらそう言った。本物とは違う、偽物であるということは百も承知で、この星空を作り上げたんだ。
愛のために。
「……作り物でも、当時の見え方と違っても、もっと綺麗なんだから……むしろ作り物の方が全然いい……きっと、そう言うね」
私の言葉に、お母さんは首を傾げた。
「……誰が?」
「愛が」
「……あ、はははは! おかしなこと言うわね。あ、ねえねえあの一番目立つ大きな星! なんていう星だったかしら? あっちの三角形みたいなのは?」
お母さんは、大きな星……たぶん一等星と呼ばれる星を次々指さしていく。見覚えはあった。愛がお星様みたいな瞳で教えてくれたことがあった。
なんて言っていたかな。あの、一番大きな星は……?
「……わからない」
記憶の中の、愛の声を探してみる。でも、わからない。愛の部屋にあった本を読んだけれど、理解できなかった。愛と違って、星空を好きになることはできなかったから。
だけどそう思っている私以上に、お母さんの方が意外そうに驚いていた。
「え? 愛が、星のことでわからないことがあるの? そんなに珍しい星だった?」
一瞬だけお父さんと目を見交わして、そしてお母さんに向けて、首を横に振った。
「わからないの。星のこと、なにも。私は……愛じゃないから」
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