82 / 111
Chapter5 あなたたちとは違う
15
しおりを挟む
「ナオヤくんが言っていたことですね」
ナオヤくんは、その点だけ頑なだった。
「あの子、たぶん私が会話を聞いていることに気付いた上で、この話題に触れたんだわ。だけど、言えなかった。だから……続きは、私が代わりに話します」
それは、聞いてしまってもいいのだろうか。一瞬、迷ったけれど、私は頷いた。きっとナオヤくんは、話そうとしていた。だけど、最後の勇気が出なかった。それがどうしてなのか、聞かないと――
おばさんは、小さく深呼吸をして、語り始めた。
「ナオヤから事情は聞いているのよね? あの子が今、ここにいる経緯を」
「はい。その……オリジナルの深海尚也くんは……」
「そう。それが1年半前。ちょうど、ここに向かうために車を走らせて、事故に……」
おばさんの目尻に、うっすら光るものが滲んでいた。だけどすぐに拭って、凜とした声を発した。
「即死だった。病院に運ばれても、体を綺麗にするくらいしかできなくて……だけど、その時に思い出したの。尚也には、施設に預けた体細胞サンプルがあるって。すぐにNOAHに依頼したわ……息子を複製・再現して、とね」
「……それで、ナオヤくんが……?」
「ええ、そう。依頼してから一年後、私のもとにあの子は現れた。あなたのよく知る、あのナオヤよ」
私の中に、再びあの日のナオヤくんの姿が甦る。同時に、倒れる前に話していたことも。
「……帰ってきたあの子は、息子とは似ても似つかない無機質な人間だった。すぐにNOAHに問いただしたわ。そうしたら、こう言われた」
――たった一年で人間を作り出せるわけがないでしょう。我々は、できる限りの再現を試みました。その個体が、唯一の成功例です。
「『他のサンプルはすべて失敗して、破棄しました』……とも言われたわ」
おばさんが言われたというその言葉に、思わず、吐き気を覚えた。
『作り出す』?『個体』?『成功例』?『サンプル』?『失敗』? そして『破棄』?
それが、人間に対して使われる言葉なのか。
ナオヤくん自身、よくこの言葉を使っていた。だけどそれは自虐の意味合いが強かったように思う。きっと自分以外のクローンに対しては、そんなことは言わなかっただろう。
だけど、その人たちの言葉は、あまりにも冷たい。
おばさんはナオヤくんを無機質と言ったけれど、いったい、その人たちとどっちが無機質か。考えるまでもなく明らかだった。
「たぶん、私もその当時、あなたと同じような思いだったわ。だけど、それ以上は言えなかった。だって、彼ら以上に酷い仕打ちをしたのは、私なのだから」
「……酷い仕打ち……ですか?」
おばさんは一度俯いて、言葉を飲み込んでいた。
「それは……他のクローンに、ということですか?」
そう尋ねると、おばさんは俯いたまま、首を横に振った。どういう意味だろう。まさか、ナオヤくん自身にも、まだ何かあるんだろうか。
「尚也のことを、覚えているでしょう? とても元気で、活発で、体も丈夫だった」
「はい。なんていうか……ヒーローでした」
「でも、ナオヤは……わかっていると思うけど、病弱なの。あらゆる臓器が不全気味で、筋力も骨も弱い。それに加えて、脳に人の倍以上の負荷をかけている」
不思議に思わなかったわけじゃない。深海くんはあれだけ元気だったのに、と。別荘の管理人の時田さんも驚いていた。
だけど同時に、病弱な愛に対して頑丈な私という例もあるから、あり得ない話ではないと、無理矢理納得していた。
よく考えれば、そんなはずがないじゃないか。息子の復元を望んだおばさんが、オリジナルと同じことをするななんて言うはずがない。させないなら、何か重大な理由がある。
嫌な予感が、次々湧いてくる。聞きたくないという思いと、聞かねばという思いがせめぎ合う。
そんな中、おばさんが意を決した面持ちで、顔を上げた。
「あの子は……ナオヤは、過度な成長促進と、過激なラーニングを施された。その結果、通常の15倍もの速度で成長した。そして今もずっと、同じ速度で成長を続けているの」
ナオヤくんは、その点だけ頑なだった。
「あの子、たぶん私が会話を聞いていることに気付いた上で、この話題に触れたんだわ。だけど、言えなかった。だから……続きは、私が代わりに話します」
それは、聞いてしまってもいいのだろうか。一瞬、迷ったけれど、私は頷いた。きっとナオヤくんは、話そうとしていた。だけど、最後の勇気が出なかった。それがどうしてなのか、聞かないと――
おばさんは、小さく深呼吸をして、語り始めた。
「ナオヤから事情は聞いているのよね? あの子が今、ここにいる経緯を」
「はい。その……オリジナルの深海尚也くんは……」
「そう。それが1年半前。ちょうど、ここに向かうために車を走らせて、事故に……」
おばさんの目尻に、うっすら光るものが滲んでいた。だけどすぐに拭って、凜とした声を発した。
「即死だった。病院に運ばれても、体を綺麗にするくらいしかできなくて……だけど、その時に思い出したの。尚也には、施設に預けた体細胞サンプルがあるって。すぐにNOAHに依頼したわ……息子を複製・再現して、とね」
「……それで、ナオヤくんが……?」
「ええ、そう。依頼してから一年後、私のもとにあの子は現れた。あなたのよく知る、あのナオヤよ」
私の中に、再びあの日のナオヤくんの姿が甦る。同時に、倒れる前に話していたことも。
「……帰ってきたあの子は、息子とは似ても似つかない無機質な人間だった。すぐにNOAHに問いただしたわ。そうしたら、こう言われた」
――たった一年で人間を作り出せるわけがないでしょう。我々は、できる限りの再現を試みました。その個体が、唯一の成功例です。
「『他のサンプルはすべて失敗して、破棄しました』……とも言われたわ」
おばさんが言われたというその言葉に、思わず、吐き気を覚えた。
『作り出す』?『個体』?『成功例』?『サンプル』?『失敗』? そして『破棄』?
それが、人間に対して使われる言葉なのか。
ナオヤくん自身、よくこの言葉を使っていた。だけどそれは自虐の意味合いが強かったように思う。きっと自分以外のクローンに対しては、そんなことは言わなかっただろう。
だけど、その人たちの言葉は、あまりにも冷たい。
おばさんはナオヤくんを無機質と言ったけれど、いったい、その人たちとどっちが無機質か。考えるまでもなく明らかだった。
「たぶん、私もその当時、あなたと同じような思いだったわ。だけど、それ以上は言えなかった。だって、彼ら以上に酷い仕打ちをしたのは、私なのだから」
「……酷い仕打ち……ですか?」
おばさんは一度俯いて、言葉を飲み込んでいた。
「それは……他のクローンに、ということですか?」
そう尋ねると、おばさんは俯いたまま、首を横に振った。どういう意味だろう。まさか、ナオヤくん自身にも、まだ何かあるんだろうか。
「尚也のことを、覚えているでしょう? とても元気で、活発で、体も丈夫だった」
「はい。なんていうか……ヒーローでした」
「でも、ナオヤは……わかっていると思うけど、病弱なの。あらゆる臓器が不全気味で、筋力も骨も弱い。それに加えて、脳に人の倍以上の負荷をかけている」
不思議に思わなかったわけじゃない。深海くんはあれだけ元気だったのに、と。別荘の管理人の時田さんも驚いていた。
だけど同時に、病弱な愛に対して頑丈な私という例もあるから、あり得ない話ではないと、無理矢理納得していた。
よく考えれば、そんなはずがないじゃないか。息子の復元を望んだおばさんが、オリジナルと同じことをするななんて言うはずがない。させないなら、何か重大な理由がある。
嫌な予感が、次々湧いてくる。聞きたくないという思いと、聞かねばという思いがせめぎ合う。
そんな中、おばさんが意を決した面持ちで、顔を上げた。
「あの子は……ナオヤは、過度な成長促進と、過激なラーニングを施された。その結果、通常の15倍もの速度で成長した。そして今もずっと、同じ速度で成長を続けているの」
10
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
ろくでなしでいいんです
桃青
ライト文芸
ニートの主人公が彼氏にプロポーズされ、どうやって引きこもりから抜け出すか、努力し、模索し始めます。家族と彼氏の狭い世界ながら、そこから自分なりの答えを導き出す物語。ささやかな話です。朝にアップロードします。
奇び雑貨店 【Glace】
玖凪 由
ライト文芸
「別れよっか」
三ヶ嶋栄路18歳。大学1年生初めての夏、早くも終了のお知らせ。
大学入学と同時に俺は生まれ変わった──はずだった。
イメチェンして、サークルに入り、念願の彼女もできて、順風満帆の大学生活を謳歌していたのに、夏休み目前にしてそれは脆くも崩れ去ることとなった。
一体なんで、どうして、こうなった?
あるはずだった明るい未来が見事に砕け散り、目の前が真っ白になった──そんな時に、俺は出会ったんだ。
「なんだここ……雑貨店か ? 名前は……あー、なんて読むんだこれ? ぐ、ぐれいす……?」
「──グラースね。氷って意味のフランス語なの」
不思議な雑貨店と、その店の店主に。
奇(くし)び雑貨店 【Glace [グラース]】。ここは、精霊がいる雑貨店だった──。
これは、どこか奇妙な雑貨店と迷える大学生の間で起こる、ちょっぴり不思議なひと夏の物語。
夜を狩るもの 終末のディストピア seven grimoires
主道 学
ライト文芸
雪の街 ホワイト・シティのノブレス・オブリージュ美術館の一枚の絵画から一人の男が産まれた。
その男は昼間は大学生。夜は死神であった。何も知らない盲目的だった人生に、ある日。大切な恋人が現れた。そんな男に天使と名乗る男が現れ人類はもうすぐ滅びる運命にあると知る。
終末を阻止するためには、その日がくるまでに七つの大罪に関わるものを全て狩ること。
大切な恋人のため死神は罪人を狩る。
人類の終末を囁く街での物語。
注)グロ要素・ホラー要素が少しあります汗
産業革命後の空想世界での物語です。
表紙にはフリー素材をお借りしました。ありがとうございます。
主に かっこいいお兄さんメーカー様
街の女の子メーカー様
感謝感激ですm(__)m
雨、時々こんぺいとう
柴野日向
ライト文芸
「俺は、世界一の雨男なんや」
雨を操れるという少年・樹旭は、宇宙好きな少女・七瀬梓にそう言った。雨を操り、動物と会話をする旭を初めは怪しく思っていた梓だが、図書館で顔を合わせるにつれて次第に仲を深めていく。星の降る島で流星を見よう。そんな会話を交わす二人だったが、旭が更に背負う秘密は、相手を拒む大きな障害となっていた――。
【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
幕張地下街の縫子少女 ~白いチューリップと画面越しの世界~
海獺屋ぼの
ライト文芸
千葉県千葉市美浜区のとある地下街にある「コスチュームショップUG」でアルバイトする鹿島香澄には自身のファッションブランドを持つという夢があった。そして彼女はその夢を叶えるために日々努力していた。
そんなある日。香澄が通う花見川服飾専修学園(通称花見川高校)でいじめ問題が持ち上がった。そして香澄は図らずもそのいじめの真相に迫ることとなったーー。
前作「日給二万円の週末魔法少女」に登場した鹿島香澄を主役に服飾専門高校内のいじめ問題を描いた青春小説。
夏にバナナから出てきたヤツは『2ヶ月間すませてください』と言うギャルの精霊バナナ·ガールだった。
ヒムネ
ライト文芸
精霊でバナナ·ガールのギャル·ナナ、彼女は何千億万本の1つのバナナで当たる精霊。そんな彼女を当てたのは、夏の暑さに買い物から帰ったお母さんからアイスを貰おうとしたらバナナになってしまいしぶしぶ食べようとした森田家の長男 末信(すえのぶ)だった。あまりの出来事に驚く末信だがナナはさらに8月31日まで済ませろという、脳天気なお母さんはOKしてしまうも彼は危険を感じ家族を守ろうと決意するが・・・。森田一家から学校と精霊でバナナ·ガールのナナがみんなを巻き込むハチャメチャ·ストーリー♪
※エブリスタ、ノベルアップ+、ノベルピアでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる