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Chapter3 『愛』と『ヒトミ』
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「あのぅ……こちら、どなたのお家ですか?」
ナオヤくんが中からゲートを開けて、お母さんをエントランスに迎え入れてくれた。そのナオヤくんに向けて放った第一声が、これだ。訪ねてきておいて、それはないだろう。
普段表情を変えることのないナオヤくんが、戸惑っているのがわかった。加地くんも弓槻さんも、驚きを隠せないようだった。
「お母さん……何でここまで?」
私が顔を出すと、お母さんはぱっと顔を綻ばせて、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ああ、愛! 良かった、無事だったのねぇ」
「……え?」
その声は、後ろにいた加地くんたちから漏れたものだった。
言葉のどこに対して疑問を持ったのか、明らかだ。だけどお母さんを前にして、否定するわけにはいかなかった。
「海浜公園に行くって言ってたのに、すぐに公園を出ちゃって、どなたかのお宅に入っていくじゃない? いったい何があったのかと思って心配で……」
「ちょっと待って、お母さん。私がどこに行ったとか、知ってるの?」
「当たり前でしょ」
そう言うと、お母さんは自分のリスト端末から地図を呼び出した。誰かの私有地である場所に『Ai Amamiya』の文字とポインターが浮かんでいる。
私のリスト端末の居場所を特定できるGPS……位置追跡機能による表示だ。
「お母さん……私の位置を追跡してたの?」
「当たり前じゃない。いつ何があるか、わからないんだから」
「でも、これは……」
この追跡機能は、愛に対してつけていたものだ。その証拠に、ポインターの名前表記が愛のものになっている。
確かに、愛がまだ学校に通えていた頃、お母さんは愛の行動を管理していた。常に居場所を把握し、少しでも通学路から逸れると即座に連絡が入ったものだ。私が今まで寄り道をしたことがなかったのは、愛が寄り道をさせてもらえなかったからだ。
だけど愛がいなくなって、愛の端末はお母さんがずっと手元に置いていたはず。間違いなく、今、私が身につけているのは私……ヒトミの端末であるはずだ。
それなのに、どうして愛の位置情報として、追跡されていたんだろう。
「あなた、元気になったじゃない? 絶対に行動範囲が広がると思って、メンテナンスの時にこっそりこのアプリをインストールしておくように頼んだの」
「どうして、そんな……」
「こういうことがあるからよ。予定をすぐに変更して、私の知らないところに行って……どこに行ったのかわからなくなったら、心配するでしょう」
「ここは……友達のお家だよ。何も心配なんてないよ」
「私はそんなの知らないもの。初めて見るお友達だし、男の子もいるし……」
そう行ったお母さんの目に、急に冷たい光が宿った。その視線はナオヤくんと加地くんに向けられていた。
「お母さん……やめて。急に雨が降ってきてびしょ濡れになったから、色々お世話になってたんだよ。むしろお礼を言わないと」
「だから……お母さんを呼んでくれたら良かったじゃない。こうしてる間にも風邪でもひいたら、またあなたは……」
お母さんは、涙ぐんで、俯いてしまった。こうなると、何も言えなくなってしまう。
愛を心配しているのは本当だから、困る。その気持ちを否定する気はまったくないのだけど、だから何をしてもいいとは限らない。
お母さんに、真っ向からそう言えるのは、愛だけだった。私は当然、言えなかった。昔も、今も。
外の雨音と、お母さんのすすり泣く声が、重なって響く。
そんな中、別の声が、聞こえた。
「一つ、よろしいですか?」
ナオヤくんの声が、いつもよりもずっと、凜として響いた。
ナオヤくんが中からゲートを開けて、お母さんをエントランスに迎え入れてくれた。そのナオヤくんに向けて放った第一声が、これだ。訪ねてきておいて、それはないだろう。
普段表情を変えることのないナオヤくんが、戸惑っているのがわかった。加地くんも弓槻さんも、驚きを隠せないようだった。
「お母さん……何でここまで?」
私が顔を出すと、お母さんはぱっと顔を綻ばせて、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ああ、愛! 良かった、無事だったのねぇ」
「……え?」
その声は、後ろにいた加地くんたちから漏れたものだった。
言葉のどこに対して疑問を持ったのか、明らかだ。だけどお母さんを前にして、否定するわけにはいかなかった。
「海浜公園に行くって言ってたのに、すぐに公園を出ちゃって、どなたかのお宅に入っていくじゃない? いったい何があったのかと思って心配で……」
「ちょっと待って、お母さん。私がどこに行ったとか、知ってるの?」
「当たり前でしょ」
そう言うと、お母さんは自分のリスト端末から地図を呼び出した。誰かの私有地である場所に『Ai Amamiya』の文字とポインターが浮かんでいる。
私のリスト端末の居場所を特定できるGPS……位置追跡機能による表示だ。
「お母さん……私の位置を追跡してたの?」
「当たり前じゃない。いつ何があるか、わからないんだから」
「でも、これは……」
この追跡機能は、愛に対してつけていたものだ。その証拠に、ポインターの名前表記が愛のものになっている。
確かに、愛がまだ学校に通えていた頃、お母さんは愛の行動を管理していた。常に居場所を把握し、少しでも通学路から逸れると即座に連絡が入ったものだ。私が今まで寄り道をしたことがなかったのは、愛が寄り道をさせてもらえなかったからだ。
だけど愛がいなくなって、愛の端末はお母さんがずっと手元に置いていたはず。間違いなく、今、私が身につけているのは私……ヒトミの端末であるはずだ。
それなのに、どうして愛の位置情報として、追跡されていたんだろう。
「あなた、元気になったじゃない? 絶対に行動範囲が広がると思って、メンテナンスの時にこっそりこのアプリをインストールしておくように頼んだの」
「どうして、そんな……」
「こういうことがあるからよ。予定をすぐに変更して、私の知らないところに行って……どこに行ったのかわからなくなったら、心配するでしょう」
「ここは……友達のお家だよ。何も心配なんてないよ」
「私はそんなの知らないもの。初めて見るお友達だし、男の子もいるし……」
そう行ったお母さんの目に、急に冷たい光が宿った。その視線はナオヤくんと加地くんに向けられていた。
「お母さん……やめて。急に雨が降ってきてびしょ濡れになったから、色々お世話になってたんだよ。むしろお礼を言わないと」
「だから……お母さんを呼んでくれたら良かったじゃない。こうしてる間にも風邪でもひいたら、またあなたは……」
お母さんは、涙ぐんで、俯いてしまった。こうなると、何も言えなくなってしまう。
愛を心配しているのは本当だから、困る。その気持ちを否定する気はまったくないのだけど、だから何をしてもいいとは限らない。
お母さんに、真っ向からそう言えるのは、愛だけだった。私は当然、言えなかった。昔も、今も。
外の雨音と、お母さんのすすり泣く声が、重なって響く。
そんな中、別の声が、聞こえた。
「一つ、よろしいですか?」
ナオヤくんの声が、いつもよりもずっと、凜として響いた。
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