40 / 111
Chapter3 『愛』と『ヒトミ』
12
しおりを挟む
「あのぅ……こちら、どなたのお家ですか?」
ナオヤくんが中からゲートを開けて、お母さんをエントランスに迎え入れてくれた。そのナオヤくんに向けて放った第一声が、これだ。訪ねてきておいて、それはないだろう。
普段表情を変えることのないナオヤくんが、戸惑っているのがわかった。加地くんも弓槻さんも、驚きを隠せないようだった。
「お母さん……何でここまで?」
私が顔を出すと、お母さんはぱっと顔を綻ばせて、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ああ、愛! 良かった、無事だったのねぇ」
「……え?」
その声は、後ろにいた加地くんたちから漏れたものだった。
言葉のどこに対して疑問を持ったのか、明らかだ。だけどお母さんを前にして、否定するわけにはいかなかった。
「海浜公園に行くって言ってたのに、すぐに公園を出ちゃって、どなたかのお宅に入っていくじゃない? いったい何があったのかと思って心配で……」
「ちょっと待って、お母さん。私がどこに行ったとか、知ってるの?」
「当たり前でしょ」
そう言うと、お母さんは自分のリスト端末から地図を呼び出した。誰かの私有地である場所に『Ai Amamiya』の文字とポインターが浮かんでいる。
私のリスト端末の居場所を特定できるGPS……位置追跡機能による表示だ。
「お母さん……私の位置を追跡してたの?」
「当たり前じゃない。いつ何があるか、わからないんだから」
「でも、これは……」
この追跡機能は、愛に対してつけていたものだ。その証拠に、ポインターの名前表記が愛のものになっている。
確かに、愛がまだ学校に通えていた頃、お母さんは愛の行動を管理していた。常に居場所を把握し、少しでも通学路から逸れると即座に連絡が入ったものだ。私が今まで寄り道をしたことがなかったのは、愛が寄り道をさせてもらえなかったからだ。
だけど愛がいなくなって、愛の端末はお母さんがずっと手元に置いていたはず。間違いなく、今、私が身につけているのは私……ヒトミの端末であるはずだ。
それなのに、どうして愛の位置情報として、追跡されていたんだろう。
「あなた、元気になったじゃない? 絶対に行動範囲が広がると思って、メンテナンスの時にこっそりこのアプリをインストールしておくように頼んだの」
「どうして、そんな……」
「こういうことがあるからよ。予定をすぐに変更して、私の知らないところに行って……どこに行ったのかわからなくなったら、心配するでしょう」
「ここは……友達のお家だよ。何も心配なんてないよ」
「私はそんなの知らないもの。初めて見るお友達だし、男の子もいるし……」
そう行ったお母さんの目に、急に冷たい光が宿った。その視線はナオヤくんと加地くんに向けられていた。
「お母さん……やめて。急に雨が降ってきてびしょ濡れになったから、色々お世話になってたんだよ。むしろお礼を言わないと」
「だから……お母さんを呼んでくれたら良かったじゃない。こうしてる間にも風邪でもひいたら、またあなたは……」
お母さんは、涙ぐんで、俯いてしまった。こうなると、何も言えなくなってしまう。
愛を心配しているのは本当だから、困る。その気持ちを否定する気はまったくないのだけど、だから何をしてもいいとは限らない。
お母さんに、真っ向からそう言えるのは、愛だけだった。私は当然、言えなかった。昔も、今も。
外の雨音と、お母さんのすすり泣く声が、重なって響く。
そんな中、別の声が、聞こえた。
「一つ、よろしいですか?」
ナオヤくんの声が、いつもよりもずっと、凜として響いた。
ナオヤくんが中からゲートを開けて、お母さんをエントランスに迎え入れてくれた。そのナオヤくんに向けて放った第一声が、これだ。訪ねてきておいて、それはないだろう。
普段表情を変えることのないナオヤくんが、戸惑っているのがわかった。加地くんも弓槻さんも、驚きを隠せないようだった。
「お母さん……何でここまで?」
私が顔を出すと、お母さんはぱっと顔を綻ばせて、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ああ、愛! 良かった、無事だったのねぇ」
「……え?」
その声は、後ろにいた加地くんたちから漏れたものだった。
言葉のどこに対して疑問を持ったのか、明らかだ。だけどお母さんを前にして、否定するわけにはいかなかった。
「海浜公園に行くって言ってたのに、すぐに公園を出ちゃって、どなたかのお宅に入っていくじゃない? いったい何があったのかと思って心配で……」
「ちょっと待って、お母さん。私がどこに行ったとか、知ってるの?」
「当たり前でしょ」
そう言うと、お母さんは自分のリスト端末から地図を呼び出した。誰かの私有地である場所に『Ai Amamiya』の文字とポインターが浮かんでいる。
私のリスト端末の居場所を特定できるGPS……位置追跡機能による表示だ。
「お母さん……私の位置を追跡してたの?」
「当たり前じゃない。いつ何があるか、わからないんだから」
「でも、これは……」
この追跡機能は、愛に対してつけていたものだ。その証拠に、ポインターの名前表記が愛のものになっている。
確かに、愛がまだ学校に通えていた頃、お母さんは愛の行動を管理していた。常に居場所を把握し、少しでも通学路から逸れると即座に連絡が入ったものだ。私が今まで寄り道をしたことがなかったのは、愛が寄り道をさせてもらえなかったからだ。
だけど愛がいなくなって、愛の端末はお母さんがずっと手元に置いていたはず。間違いなく、今、私が身につけているのは私……ヒトミの端末であるはずだ。
それなのに、どうして愛の位置情報として、追跡されていたんだろう。
「あなた、元気になったじゃない? 絶対に行動範囲が広がると思って、メンテナンスの時にこっそりこのアプリをインストールしておくように頼んだの」
「どうして、そんな……」
「こういうことがあるからよ。予定をすぐに変更して、私の知らないところに行って……どこに行ったのかわからなくなったら、心配するでしょう」
「ここは……友達のお家だよ。何も心配なんてないよ」
「私はそんなの知らないもの。初めて見るお友達だし、男の子もいるし……」
そう行ったお母さんの目に、急に冷たい光が宿った。その視線はナオヤくんと加地くんに向けられていた。
「お母さん……やめて。急に雨が降ってきてびしょ濡れになったから、色々お世話になってたんだよ。むしろお礼を言わないと」
「だから……お母さんを呼んでくれたら良かったじゃない。こうしてる間にも風邪でもひいたら、またあなたは……」
お母さんは、涙ぐんで、俯いてしまった。こうなると、何も言えなくなってしまう。
愛を心配しているのは本当だから、困る。その気持ちを否定する気はまったくないのだけど、だから何をしてもいいとは限らない。
お母さんに、真っ向からそう言えるのは、愛だけだった。私は当然、言えなかった。昔も、今も。
外の雨音と、お母さんのすすり泣く声が、重なって響く。
そんな中、別の声が、聞こえた。
「一つ、よろしいですか?」
ナオヤくんの声が、いつもよりもずっと、凜として響いた。
20
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
愛すべき不思議な家族
桐条京介
ライト文芸
高木春道は、見知らぬ女児にいきなり父親と間違えられる。
人違いだと対応してる最中に、女児――松島葉月の母親の和葉が現れる。
その松島和葉に、春道は結婚してほしいと頼まれる。
父親のいない女児についた嘘。いつか父親が迎えに来てくれる。
どんな人か問われた松島和葉が娘に示したのは、適当に選んだ写真にたまたま写っていたひとりの男。それこそが、高木春道だった。
家賃等の生活費の負担と毎月五万円のお小遣い。それが松島和葉の提示した条件だった。
互いに干渉はせず、浮気も自由。都合がよすぎる話に悩みながらも、最終的に春道は承諾する。
スタートした奇妙な家族生活。
葉月の虐め、和葉の父親との決別。和葉と葉月の血の繋がってない親子関係。
様々な出来事を経て、血の繋がりのなかった三人が本物の家族として、それぞれを心から愛するようになる。
※この作品は重複投稿作品です。
奇び雑貨店 【Glace】
玖凪 由
ライト文芸
「別れよっか」
三ヶ嶋栄路18歳。大学1年生初めての夏、早くも終了のお知らせ。
大学入学と同時に俺は生まれ変わった──はずだった。
イメチェンして、サークルに入り、念願の彼女もできて、順風満帆の大学生活を謳歌していたのに、夏休み目前にしてそれは脆くも崩れ去ることとなった。
一体なんで、どうして、こうなった?
あるはずだった明るい未来が見事に砕け散り、目の前が真っ白になった──そんな時に、俺は出会ったんだ。
「なんだここ……雑貨店か ? 名前は……あー、なんて読むんだこれ? ぐ、ぐれいす……?」
「──グラースね。氷って意味のフランス語なの」
不思議な雑貨店と、その店の店主に。
奇(くし)び雑貨店 【Glace [グラース]】。ここは、精霊がいる雑貨店だった──。
これは、どこか奇妙な雑貨店と迷える大学生の間で起こる、ちょっぴり不思議なひと夏の物語。
ろくでなしでいいんです
桃青
ライト文芸
ニートの主人公が彼氏にプロポーズされ、どうやって引きこもりから抜け出すか、努力し、模索し始めます。家族と彼氏の狭い世界ながら、そこから自分なりの答えを導き出す物語。ささやかな話です。朝にアップロードします。
【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)
愛山雄町
SF
ハヤカワ文庫さんのSF好きにお勧め!
■■■
人類が宇宙に進出して約五千年後、地球より数千光年離れた銀河系ペルセウス腕を舞台に、後に“クリフエッジ(崖っぷち)”と呼ばれることになるアルビオン王国軍士官クリフォード・カスバート・コリングウッドの物語。
■■■
宇宙暦4500年代、銀河系ペルセウス腕には四つの政治勢力、「アルビオン王国」、「ゾンファ共和国」、「スヴァローグ帝国」、「自由星系国家連合」が割拠していた。
アルビオン王国は領土的野心の強いゾンファ共和国とスヴァローグ帝国と戦い続けている。
4512年、アルビオン王国に一人の英雄が登場した。
その名はクリフォード・カスバート・コリングウッド。
彼は柔軟な思考と確固たる信念の持ち主で、敵国の野望を打ち砕いていく。
■■■
小説家になろうで「クリフエッジシリーズ」として投稿している作品を合本版として、こちらでも投稿することにしました。
■■■
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しております。
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
夏の日の時の段差
秋野 木星
ライト文芸
暑い夏の日に由紀恵は、亡くなったおばあちゃんの家を片付けに来た。
そこで不思議な時の段差に滑り込み、翻弄されることになる。
過去で出会った青年、未来で再会した友達。
おばあちゃんの思いと自分への気づき。
いくつもの時を超えながら、由紀恵は少しずつ自分の将来と向き合っていく。
由紀恵の未来は、そして恋の行方は?
家族、進路、恋愛を中心にしたちょっと不思議なお話です。
※ 表紙は長岡更紗さんの作品です。
※ この作品は小説家になろうからの転記です。
百々五十六の小問集合
百々 五十六
ライト文芸
不定期に短編を上げるよ
ランキング頑張りたい!!!
作品内で、章分けが必要ないような作品は全て、ここに入れていきます。
毎日投稿頑張るのでぜひぜひ、いいね、しおり、お気に入り登録、よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる