上 下
142 / 170
第6章 聖大樹の下で

4

しおりを挟む
「もっとも、本日ここに参じたのは『エルネスト王子』としてではなく、『ランドロー伯爵』として、です」
「うむ。確か、バルニエ領にこの国家の南極を乗り切るための追加支援を願ったのだったな」
「追加……”支援”?」

 ひっかかる言葉だった。

 アベルに追加徴税の書状を渡しに来た王都の役人は、それはもう居丈高だった。アベルどころかレオナールまでが眉をひそめていた。

「……まず陛下の、この度の命の意図をお聞かせ頂けませんか」
「意図も何も、言葉通りだ。今は民が苦しい生活を強いられている。それを、助けてやってほしいのだ」
「国庫は開かれないのですか?」

 国王の代わりに、数名の重臣がピクリと震えた。

「このような前例はない。以前、建国より八年前までの徴税記録を確認しましたが、国民の窮地には必ず国が、国王の名を以て国庫を開いて民に施しをしておりました。それでも足りぬ場合、やむなく貴族たちに税という形で援助を命じる……法令ではそうなっているはず。だが国庫が開かれたという話はついぞ聞きません。いったいどのようなご事情で?」

 アベルの鋭い声に、卓についた貴族達が次々苦い表情を浮かべた。

 ただの一地方領主だったなら、「王都の実情を知らない」だの「読んだ書物が国の認めた正史ではない」だのと言えたのだろうが、今はそうはいかない。

 アベルは誰よりもその才知を認められていたエルネスト王子その人であるし、今その後見人として付いているのは国の実情を誰よりも把握している宰相なのだ。

「しかも驚いたことに、民の救済よりも前に、聖女生誕の祝いを盛大に執り行おうとしているとか。失礼ながら、まともな判断とは到底言えないかと」

 誰も、顔を上げようとしない。上げた途端にアベルによって追求されるてしまいそうだ。アベルの辛辣な言葉と重臣達の弱腰な姿勢、両方にだろうか、国王は苦笑した。

「……誰も、返す言葉がないようだな。他ならぬ私自身も、そうだ。そなたの追求に対するうまい言い逃れが、どうしても思いつかん」
「……私が、辺境の地で縮こまっているだけとお思いだったのでしょう」

 じろりと、卓につく面々を見回す。誰もが、そっと視線を逸らせていた。

「して、それを追求した上で、そなたは何を望む? 減税か、それとも徴税そのものの取り消しか、あるいは……」
「いいえ。お命じの通り『支援』をお引き受けします。ただし、こちらから条件を出させて頂く。それにこれは『税』として納めるのではない。あくまで窮地に際しての『支援』。よって、事が収まれば相応の報酬を頂きます」
「なんと……! いくら何でも無礼な……!」

 国王の近くにいた重臣が立ち上がり叫んだ。爵位は公爵であり、リール公爵に次ぐ家格。王家への忠誠心も強い。

 そういう者の発言は、不思議と悪い気はしなかった。

 だが、先にその者を止めたのは国王だった。

「よせ。これまでバルニエ領には大したことをせずにいて、このような状況でいきなり助力を乞うたのだ。当然の要求だろう。何を望むかにもよるが?」

 国王の視線が再びアベルに向いた。『報酬』の内容を告げよと、促している。

「まず、条件ですが……新たに納めるものの詳細について改めさせて頂きたい。こちらからも監査を一人つけ、今一度、納める品と量を適正なものにして頂く」
「ほう。一方的な搾取は受けぬ、と?」

 アベルは深く頷いた。

「はっきり申し上げましょう。我々は、あなた方が負担できない分の、祭りのための物資を要求されているのだと解釈しています。よって祭りに必要なものを提供し、無事に終われば報償を頂きます。これまで我々が満足に得られなかった『恵み』……そのための、聖木を」

 その場に、どよめきが起こった。

 国王も顔をしかめて、首を横に振っている。

「聖木を与えるのは教会。それは国王である私ですら不可侵の権限なのだぞ。確約できるものではない」
「できますとも。なぜならば、今回我々に税を課そうとしたのは大司教猊下なのですから。この支援を引き受けるということは、国王陛下だけでなく大司教猊下への貸しと言うことでもある。あの方が、私に褒美を下さることもまた、当然のことでしょう。この話がまとまった時、それが出来ればの話ですが」

 全員、唖然としていた。あまりにも不敬であり、そして傲慢とも言える言葉だ。
 国王も含めた重臣達は、揃って言葉をなくした。

 だが、この場に座る中で唯一、怒りを露わにしていた人物がいた。

 その人物は、国王の隣で静かに立ち上がり、燃えたぎる炎のような荒ぶる視線をアベルに向けた。

「いったい、どの口がそのようなことを……あなたなどに、聖木を受ける資格があるとお思いですか、エルネスト王子」
「……王妃殿下は、反対なさるのですね」
「当然です! あなたなどに『恵み』を与える理由がない。あなたは、聖女である私に毒を盛り、力を奪ったのですから――!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~

フルーツパフェ
ファンタジー
 エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。  前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。  死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。  先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。  弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。 ――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい

咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。 新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。 「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」 イルザは悪びれず私に言い放った。 でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ? ※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

芋くさ聖女は捨てられた先で冷徹公爵に拾われました ~後になって私の力に気付いたってもう遅い! 私は新しい居場所を見つけました~

日之影ソラ
ファンタジー
アルカンティア王国の聖女として務めを果たしてたヘスティアは、突然国王から追放勧告を受けてしまう。ヘスティアの言葉は国王には届かず、王女が新しい聖女となってしまったことで用済みとされてしまった。 田舎生まれで地位や権力に関わらず平等に力を振るう彼女を快く思っておらず、民衆からの支持がこれ以上増える前に追い出してしまいたかったようだ。 成すすべなく追い出されることになったヘスティアは、荷物をまとめて大聖堂を出ようとする。そこへ現れたのは、冷徹で有名な公爵様だった。 「行くところがないならうちにこないか? 君の力が必要なんだ」 彼の一声に頷き、冷徹公爵の領地へ赴くことに。どんなことをされるのかと内心緊張していたが、実際に話してみると優しい人で…… 一方王都では、真の聖女であるヘスティアがいなくなったことで、少しずつ歯車がズレ始めていた。 国王や王女は気づいていない。 自分たちが失った者の大きさと、手に入れてしまった力の正体に。 小説家になろうでも短編として投稿してます。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

【完結】虐待された少女が公爵家の養女になりました

鈴宮ソラ
ファンタジー
 オラルト伯爵家に生まれたレイは、水色の髪と瞳という非凡な容姿をしていた。あまりに両親に似ていないため両親は彼女を幼い頃から不気味だと虐待しつづける。  レイは考える事をやめた。辛いだけだから、苦しいだけだから。心を閉ざしてしまった。    十数年後。法官として勤めるエメリック公爵によって伯爵の罪は暴かれた。そして公爵はレイの並外れた才能を見抜き、言うのだった。 「私の娘になってください。」 と。  養女として迎えられたレイは家族のあたたかさを知り、貴族の世界で成長していく。 前題 公爵家の養子になりました~最強の氷魔法まで授かっていたようです~

処理中です...