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第6章 聖大樹の下で
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「もっとも、本日ここに参じたのは『エルネスト王子』としてではなく、『ランドロー伯爵』として、です」
「うむ。確か、バルニエ領にこの国家の南極を乗り切るための追加支援を願ったのだったな」
「追加……”支援”?」
ひっかかる言葉だった。
アベルに追加徴税の書状を渡しに来た王都の役人は、それはもう居丈高だった。アベルどころかレオナールまでが眉をひそめていた。
「……まず陛下の、この度の命の意図をお聞かせ頂けませんか」
「意図も何も、言葉通りだ。今は民が苦しい生活を強いられている。それを、助けてやってほしいのだ」
「国庫は開かれないのですか?」
国王の代わりに、数名の重臣がピクリと震えた。
「このような前例はない。以前、建国より八年前までの徴税記録を確認しましたが、国民の窮地には必ず国が、国王の名を以て国庫を開いて民に施しをしておりました。それでも足りぬ場合、やむなく貴族たちに税という形で援助を命じる……法令ではそうなっているはず。だが国庫が開かれたという話はついぞ聞きません。いったいどのようなご事情で?」
アベルの鋭い声に、卓についた貴族達が次々苦い表情を浮かべた。
ただの一地方領主だったなら、「王都の実情を知らない」だの「読んだ書物が国の認めた正史ではない」だのと言えたのだろうが、今はそうはいかない。
アベルは誰よりもその才知を認められていたエルネスト王子その人であるし、今その後見人として付いているのは国の実情を誰よりも把握している宰相なのだ。
「しかも驚いたことに、民の救済よりも前に、聖女生誕の祝いを盛大に執り行おうとしているとか。失礼ながら、まともな判断とは到底言えないかと」
誰も、顔を上げようとしない。上げた途端にアベルによって追求されるてしまいそうだ。アベルの辛辣な言葉と重臣達の弱腰な姿勢、両方にだろうか、国王は苦笑した。
「……誰も、返す言葉がないようだな。他ならぬ私自身も、そうだ。そなたの追求に対するうまい言い逃れが、どうしても思いつかん」
「……私が、辺境の地で縮こまっているだけとお思いだったのでしょう」
じろりと、卓につく面々を見回す。誰もが、そっと視線を逸らせていた。
「して、それを追求した上で、そなたは何を望む? 減税か、それとも徴税そのものの取り消しか、あるいは……」
「いいえ。お命じの通り『支援』をお引き受けします。ただし、こちらから条件を出させて頂く。それにこれは『税』として納めるのではない。あくまで窮地に際しての『支援』。よって、事が収まれば相応の報酬を頂きます」
「なんと……! いくら何でも無礼な……!」
国王の近くにいた重臣が立ち上がり叫んだ。爵位は公爵であり、リール公爵に次ぐ家格。王家への忠誠心も強い。
そういう者の発言は、不思議と悪い気はしなかった。
だが、先にその者を止めたのは国王だった。
「よせ。これまでバルニエ領には大したことをせずにいて、このような状況でいきなり助力を乞うたのだ。当然の要求だろう。何を望むかにもよるが?」
国王の視線が再びアベルに向いた。『報酬』の内容を告げよと、促している。
「まず、条件ですが……新たに納めるものの詳細について改めさせて頂きたい。こちらからも監査を一人つけ、今一度、納める品と量を適正なものにして頂く」
「ほう。一方的な搾取は受けぬ、と?」
アベルは深く頷いた。
「はっきり申し上げましょう。我々は、あなた方が負担できない分の、祭りのための物資を要求されているのだと解釈しています。よって祭りに必要なものを提供し、無事に終われば報償を頂きます。これまで我々が満足に得られなかった『恵み』……そのための、聖木を」
その場に、どよめきが起こった。
国王も顔をしかめて、首を横に振っている。
「聖木を与えるのは教会。それは国王である私ですら不可侵の権限なのだぞ。確約できるものではない」
「できますとも。なぜならば、今回我々に税を課そうとしたのは大司教猊下なのですから。この支援を引き受けるということは、国王陛下だけでなく大司教猊下への貸しと言うことでもある。あの方が、私に褒美を下さることもまた、当然のことでしょう。この話がまとまった時、それが出来ればの話ですが」
全員、唖然としていた。あまりにも不敬であり、そして傲慢とも言える言葉だ。
国王も含めた重臣達は、揃って言葉をなくした。
だが、この場に座る中で唯一、怒りを露わにしていた人物がいた。
その人物は、国王の隣で静かに立ち上がり、燃えたぎる炎のような荒ぶる視線をアベルに向けた。
「いったい、どの口がそのようなことを……あなたなどに、聖木を受ける資格があるとお思いですか、エルネスト王子」
「……王妃殿下は、反対なさるのですね」
「当然です! あなたなどに『恵み』を与える理由がない。あなたは、聖女である私に毒を盛り、力を奪ったのですから――!」
「うむ。確か、バルニエ領にこの国家の南極を乗り切るための追加支援を願ったのだったな」
「追加……”支援”?」
ひっかかる言葉だった。
アベルに追加徴税の書状を渡しに来た王都の役人は、それはもう居丈高だった。アベルどころかレオナールまでが眉をひそめていた。
「……まず陛下の、この度の命の意図をお聞かせ頂けませんか」
「意図も何も、言葉通りだ。今は民が苦しい生活を強いられている。それを、助けてやってほしいのだ」
「国庫は開かれないのですか?」
国王の代わりに、数名の重臣がピクリと震えた。
「このような前例はない。以前、建国より八年前までの徴税記録を確認しましたが、国民の窮地には必ず国が、国王の名を以て国庫を開いて民に施しをしておりました。それでも足りぬ場合、やむなく貴族たちに税という形で援助を命じる……法令ではそうなっているはず。だが国庫が開かれたという話はついぞ聞きません。いったいどのようなご事情で?」
アベルの鋭い声に、卓についた貴族達が次々苦い表情を浮かべた。
ただの一地方領主だったなら、「王都の実情を知らない」だの「読んだ書物が国の認めた正史ではない」だのと言えたのだろうが、今はそうはいかない。
アベルは誰よりもその才知を認められていたエルネスト王子その人であるし、今その後見人として付いているのは国の実情を誰よりも把握している宰相なのだ。
「しかも驚いたことに、民の救済よりも前に、聖女生誕の祝いを盛大に執り行おうとしているとか。失礼ながら、まともな判断とは到底言えないかと」
誰も、顔を上げようとしない。上げた途端にアベルによって追求されるてしまいそうだ。アベルの辛辣な言葉と重臣達の弱腰な姿勢、両方にだろうか、国王は苦笑した。
「……誰も、返す言葉がないようだな。他ならぬ私自身も、そうだ。そなたの追求に対するうまい言い逃れが、どうしても思いつかん」
「……私が、辺境の地で縮こまっているだけとお思いだったのでしょう」
じろりと、卓につく面々を見回す。誰もが、そっと視線を逸らせていた。
「して、それを追求した上で、そなたは何を望む? 減税か、それとも徴税そのものの取り消しか、あるいは……」
「いいえ。お命じの通り『支援』をお引き受けします。ただし、こちらから条件を出させて頂く。それにこれは『税』として納めるのではない。あくまで窮地に際しての『支援』。よって、事が収まれば相応の報酬を頂きます」
「なんと……! いくら何でも無礼な……!」
国王の近くにいた重臣が立ち上がり叫んだ。爵位は公爵であり、リール公爵に次ぐ家格。王家への忠誠心も強い。
そういう者の発言は、不思議と悪い気はしなかった。
だが、先にその者を止めたのは国王だった。
「よせ。これまでバルニエ領には大したことをせずにいて、このような状況でいきなり助力を乞うたのだ。当然の要求だろう。何を望むかにもよるが?」
国王の視線が再びアベルに向いた。『報酬』の内容を告げよと、促している。
「まず、条件ですが……新たに納めるものの詳細について改めさせて頂きたい。こちらからも監査を一人つけ、今一度、納める品と量を適正なものにして頂く」
「ほう。一方的な搾取は受けぬ、と?」
アベルは深く頷いた。
「はっきり申し上げましょう。我々は、あなた方が負担できない分の、祭りのための物資を要求されているのだと解釈しています。よって祭りに必要なものを提供し、無事に終われば報償を頂きます。これまで我々が満足に得られなかった『恵み』……そのための、聖木を」
その場に、どよめきが起こった。
国王も顔をしかめて、首を横に振っている。
「聖木を与えるのは教会。それは国王である私ですら不可侵の権限なのだぞ。確約できるものではない」
「できますとも。なぜならば、今回我々に税を課そうとしたのは大司教猊下なのですから。この支援を引き受けるということは、国王陛下だけでなく大司教猊下への貸しと言うことでもある。あの方が、私に褒美を下さることもまた、当然のことでしょう。この話がまとまった時、それが出来ればの話ですが」
全員、唖然としていた。あまりにも不敬であり、そして傲慢とも言える言葉だ。
国王も含めた重臣達は、揃って言葉をなくした。
だが、この場に座る中で唯一、怒りを露わにしていた人物がいた。
その人物は、国王の隣で静かに立ち上がり、燃えたぎる炎のような荒ぶる視線をアベルに向けた。
「いったい、どの口がそのようなことを……あなたなどに、聖木を受ける資格があるとお思いですか、エルネスト王子」
「……王妃殿下は、反対なさるのですね」
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