上 下
87 / 170
第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事

16

しおりを挟む
「……いや、確かにお前の父は宰相閣下だがな。国政に関わることと娘からのお願い事はまた別だろう」
「きちんとした書状にまとめれば聞く耳は持ってくれます。距離も問題ないでしょう。私が毎日、どうやってここに来ているかを考えれば」

 言わずもがな、レティアは毎日、王都からここまで転移魔法で一瞬のうちに移動している。アベルの危惧している距離も時間も、問題ではなくなる。

「あのな……気持ちはありがたい。これは本心だ。だが、考えてもみろ。お前の言う対策はすべて、お前の力を借りなければならないんだぞ」
「……何がいけないんですか?」
「お前がこの領地に来ていることが明るみに出るぞ」
「……あ」

 レティシアの、一瞬にして青ざめて顔色を見て、アベルは呆れたようにため息をついた。

「やはり考えていなかったか。いったい父君にどう説明するつもりだったんだ? 何も知らない者からすれば、どうしてずっと王都にいたはずのお前が、まったく関わりを持っていなかったはずのバルニエ領の領主の抗議文を受け取れと迫るのか、さっぱり理解できないぞ」
「うぅ……そ、そうですが……」
「話が通じないだけではないぞ。宰相の娘が一つの領地に肩入れしていると思われれば問題になる。そしてその願いを聞き届けた宰相も、国政に私欲を持ち込んだと糾弾される可能性もある。その上……」
「その上?」
「謹慎中の身でありながら、こんなことをしていると知られるんだ。叱られるどころじゃすまんぞ」
「馬鹿にしないで下さい! お父様の雷くらいやり過ごして見せます! 問題はそこじゃないでしょう」
「下手に関わるなと言っているんだ! わからんのか!」
「まあまあ、お二方……」

 レオナールは、再びポットを手に二人を宥めた。だがレティシアもアベルも、カップはなみなみ注がれたままで、レオナールを睨み返した。

 おかわりは無用だったようだ。

「レオナール……お前なら、どうして俺がこんなことを言うのか、理解できると思うが?」
「理解しておりますとも。だからこそ、違う言い方がないものかと考えているのです」
「レオナールも反対なの!?」
「レティシア様のお気持ちはありがたく思っております。それはアベル様も同じです。そこはお疑いにならないで下さい」

 頭ごなしではない物言いに、レティシアは反発できなくなってしまった。
 だがアベルは憮然としたまま腕を組んで、レオナールは俯いて何やら考え込んでしまった。

 話は中断。部屋の中には静けさが広がった。

(どうして反対なさるのかしら? はっきり言って近道でしょうに)

 おそらくもう少し思案すれば、別の方法が思いつく可能性はある。だがこの北の辺境と王都との間を往復したり、その間を繋ぐには時間がかかるし、効率が悪い方法しか浮かばないだろう。

 多少ズルい印象はあるが、背に腹は代えられないというか、手段を選んでいる場合ではないと、レティシアは深く思っていた。

「ともかく、お前の善意はありがたく受け取っておく。あとのことは、俺たちに任せろ」
「そりゃあ、まだお父様に確約を得たわけではないですが……他の方法を考える間に試すだけでも……」
「まだ言うか。なら逆に訊くが、何故お前が動く?」
「え」
「これは紛うことなきバルニエ領だけの問題だ。お前やリール公爵を巻き込む要素など少しもない。何故、自ら関わろうとする。傍観していても、何も問題のないことなんだぞ」
「……傍観?」

 レティシアの瞳が、ひときわ大きく開いた。息を吸う音が、いやに大きく室内に響いた。
そして唐突に、その整った細い眉が、きゅっと中心に寄って大きく傾いた。

「傍観なんて、できるわけがないわ」
「だから何故だ」
「私は、もう無関係ではないからです!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい

咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。 新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。 「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」 イルザは悪びれず私に言い放った。 でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ? ※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

芋くさ聖女は捨てられた先で冷徹公爵に拾われました ~後になって私の力に気付いたってもう遅い! 私は新しい居場所を見つけました~

日之影ソラ
ファンタジー
アルカンティア王国の聖女として務めを果たしてたヘスティアは、突然国王から追放勧告を受けてしまう。ヘスティアの言葉は国王には届かず、王女が新しい聖女となってしまったことで用済みとされてしまった。 田舎生まれで地位や権力に関わらず平等に力を振るう彼女を快く思っておらず、民衆からの支持がこれ以上増える前に追い出してしまいたかったようだ。 成すすべなく追い出されることになったヘスティアは、荷物をまとめて大聖堂を出ようとする。そこへ現れたのは、冷徹で有名な公爵様だった。 「行くところがないならうちにこないか? 君の力が必要なんだ」 彼の一声に頷き、冷徹公爵の領地へ赴くことに。どんなことをされるのかと内心緊張していたが、実際に話してみると優しい人で…… 一方王都では、真の聖女であるヘスティアがいなくなったことで、少しずつ歯車がズレ始めていた。 国王や王女は気づいていない。 自分たちが失った者の大きさと、手に入れてしまった力の正体に。 小説家になろうでも短編として投稿してます。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

【完結】虐待された少女が公爵家の養女になりました

鈴宮ソラ
ファンタジー
 オラルト伯爵家に生まれたレイは、水色の髪と瞳という非凡な容姿をしていた。あまりに両親に似ていないため両親は彼女を幼い頃から不気味だと虐待しつづける。  レイは考える事をやめた。辛いだけだから、苦しいだけだから。心を閉ざしてしまった。    十数年後。法官として勤めるエメリック公爵によって伯爵の罪は暴かれた。そして公爵はレイの並外れた才能を見抜き、言うのだった。 「私の娘になってください。」 と。  養女として迎えられたレイは家族のあたたかさを知り、貴族の世界で成長していく。 前題 公爵家の養子になりました~最強の氷魔法まで授かっていたようです~

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

処理中です...