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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事

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 バルニエ領でレティシアが憤慨していたその頃……王宮では、一人の男の怒鳴り声が響き渡っていた。

「どういうことですか! 祭を開催するとは!」

 そう、王太子リュシアンは机を叩いて猛抗議していた。誰に対してか? この場にいる全員に、だった。

「ご一同、先日この国の現状について話し合われたのではなかったのですか。今年は収穫高がどこも例年の6割にも満たない窮状だと報告を受けたでしょう。そのために、唯一例外だった地方領主に追加徴税を命じたと聞きました。それほど逼迫した状況だというのに、祭りなどやっている場合ですか! 今は窮地なのだと言っていませんでしたか」
「窮地だからこそ、です」

 重苦しい空気の中、一人だけ朗らかな声を発する者がいた。この重臣会議に参加する席はあるが、参加しないのが通例の者……であるのに、今日は何故か参加し、国王の隣に座している者だ。

 当然、隣に座るのは王妃か王太子。国王と同等の位の者か、国王に準ずる立場の者だ。
 リュシアン以外では、そこに座することの出来る者は一人しかいない。

「まさか、あなたが発言なさるとは……大司教猊下」
「この度の提案は私が強く進言申し上げたのですから、当然です」

 大司教はにこやかに告げた。

 大司教・グレゴワール3世。齢60を超えているにもかかわらず、精力的に布教活動と巡礼を行い、多くの国民から崇拝される。
 その一方で、かつては王族に名を連ねていた経歴から、若年の頃より国政に関わり、その才知を惜しみなく国民の安寧に注いだことでも知られる。
 王位継承権争いに敗北し、教会に身を置くことになったが、そこでも持って生まれたカリスマ性と聡明さを遺憾なく発揮していた人物だ。

 国王も重臣たちも、どこか苦い表情を浮かべながらも、もの申すことは出来ない様子だった。

「さて、祭りを開く理由でしたな……湧き出る泉が枯れるが如く、今、我が国では急速に『恵み』が枯渇しつつあります。民は日々の暮らしにも困窮するようになるでしょう」
「その通りだ。だからこそ、今は祭りどころでは……」
「だが、これはただの祭りではありません。お忘れですか?」
「それは……」

 リュシアンはぐっと言葉に詰まった。その祭りとは、以前はリュシアンが最も推し進めていたものだからだ。

「そう、これはただの騒ぎではない。我らが聖女の誕生を祝う祭りなのですよ。その重要さを、まさか殿下がご存じないとは思いませんが……」
「わかっている。先代の聖女から役目を受け継ぎ、この国を背負う新たな役割を担ったことを神に誓う儀式……そして神の意志と力を受けた新たな聖女の誕生を祝う……そういう祭りだったな」
「左様です。まぁ前回については、殿下のご誕生前だったのでご存じなくて当然かもしれませんが、それはそれは盛大に執り行われたものでした」
「だ、だからこそ、今の状況では負担になるだろうと……」
「殿下、教会は常々、質素倹約を掲げております。それは私心なく、ただ神に感謝と信仰を捧げるため。ですがこの祭りは盛大に執り行わなければいけません。何故なら、皆が大いに喜び歌い踊ることこそが、神への感謝と信仰に他ならないからです」
「……はぁ?」

 怒りを通り越して、目を丸くしているリュシアンを、誰一人宥めることも咎めることもしなかった。ただ、大司教の言葉に従っている。

「おわかりですか? 神への心を、自分たちの暮らしが厳しいからと出し惜しみしてはいけないのですよ。盛大に執り行うからこそ、今後も神の『恵み』を享受できる。殿下も、愛しい婚約者様の晴れ舞台を質素なものにするなど気が引けるでしょう」
「か、彼女自身がそう望んだのだから、その方がいいに決まっている」
「聖女様が?」

 ほんの一瞬、大司教の瞳からにこやかな光が消えた。だが、本当に一瞬のこと。すぐにおおらかな笑みを浮かべ、うんうんと、頷いた。

「なんとお優しい……まさしく、民を温かく包み込む聖女に相応しいお方だ。ならば尚のこと、あの方の聖女としての誕生を一丸となってお祝い申し上げねば。ご一同も、そう思われませんか?」

 呆気にとられるリュシアンを擁護する者はいない。この場では、沈黙が大司教の肯定を指していた。

 静まりかえった議会は、どちらに分があるか、はっきりと示していた。
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