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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事
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季節は、秋を迎えようとしていた。
王国最北端に位置するバルニエ領では、例年なら他の領地よりも一足早く冬支度を始めるものだが、今年は違った。
冬支度は主に女達が少しずつ進め、男達はもっぱら畑仕事に精を出していた。例年なら、この時期には穫れる作物はない。気候に加えて『恵み』が足りないせいもあったが。
ところが今年は、嬉しい悲鳴が上がり続けている。
「おお! こっちの実がいい具合に色づいてるぞ」
「あっちの畑でも、カボチャがいい具合に育ってた。ありゃあ近々、大量に穫れるぞ」
「こんなに寒くなってるってのに、まだトマトが実をつけてるぞ。驚いたなぁ」
声を上げているのは、ひと月ほど前にやってきた、王都近郊の村に住んでいた農夫達。畑泥棒の罰として、こちらで農作業の奉仕をする……という名目で、新しく広げた畑を手伝っている。
もとは王都近郊の温暖な場所で畑仕事をしていたからか、気候の違いに戸惑っていた。だが今は、もっと違うことに戸惑っている。戸惑い……そして喜んでいた。
「本当に、ここはどうしちまったんです? ここは王都で当たり前に見かけるような作物はろくに育たないって聞いてたのに。来てみりゃあとんでもない。植えた苗が何でもどんどん育つ。それも、気温が温かろうが寒かろうが関係ないときた」
畑を見回したヴィンセントが、ぼやくように言う。悪意は全くなく、ただただ感心しているらしい。
隣で聞いていたレオナールは、苦笑した。なにせレオナール自身も、戸惑っているのだ。
ほんの少し前まではヴィンセントの言う通り、何も上手くいっていなかったのだから。作物は育たず、めぼしい資源もない。自分たちが生き延びる分の物資を何とか確保していた。
それが今や、よその領地からの人間を雇い入れて畑を広げ、その収穫の豊富さに驚き続けているという現状だ。
「やっぱりアレですか? あの……アベル様が作られたっていう畑の薬。あれのおかげでこんな風になっちまうんですかね?」
「……そうですね。それは否めませんが……」
「あれを色んな村に配れば、この不作も一気に解消できるんじゃないですか?」
ヴィンセントが指す『畑の薬』を、レオナールは今もポケットに忍ばせている。
アベルが開発したと謳ってはいるが、実のところ、レティシアの魔力を抽出したもの。彼女の魔力と体力に限界がある以上、国中に広められるほど大量には作り出せない。
「あれは……難しいもので、そう大量には作れないのですよ。この領地でも、試験的に使ったもので……」
「なんだ、そうなのかぁ」
「ええ。ですから土壌が豊かになっている今のうちに畑を広げて、今後困らない地盤を作っておきたいのですよ。そのために、これまで安定して畑を守ってこられたヴィンセントさんたちの知識や経験を、お借りしたいのです」
「そ、そうか。へへ……」
面と向かって頼られて、悪い気はしないのだろう。ヴィンセントは照れくさそうに笑った。
レオナールが口にしたことは、概ね言葉通りだ。思いもよらなかった僥倖のおかげで、自分たちは想定外の豊かさを手に入れた。だがそれは、レティシアの力に頼って手に入れたもの。
大量のジャガイモにしても、領内の畑の豊作にしても……。
彼女はこのバルニエ領の人間ではない。彼女の力に頼り切りでいては、また同じ事になる。今の豊かさを維持とまではいかなくても、彼女に頼らなくても自分たちが困窮しない環境に変えなくては。
レオナールはそう考えていた。それはもちろん、アベルも同じだった。
まして、今年は越冬、納税の他に、例年にない問題も発生しているのだから。
王国最北端に位置するバルニエ領では、例年なら他の領地よりも一足早く冬支度を始めるものだが、今年は違った。
冬支度は主に女達が少しずつ進め、男達はもっぱら畑仕事に精を出していた。例年なら、この時期には穫れる作物はない。気候に加えて『恵み』が足りないせいもあったが。
ところが今年は、嬉しい悲鳴が上がり続けている。
「おお! こっちの実がいい具合に色づいてるぞ」
「あっちの畑でも、カボチャがいい具合に育ってた。ありゃあ近々、大量に穫れるぞ」
「こんなに寒くなってるってのに、まだトマトが実をつけてるぞ。驚いたなぁ」
声を上げているのは、ひと月ほど前にやってきた、王都近郊の村に住んでいた農夫達。畑泥棒の罰として、こちらで農作業の奉仕をする……という名目で、新しく広げた畑を手伝っている。
もとは王都近郊の温暖な場所で畑仕事をしていたからか、気候の違いに戸惑っていた。だが今は、もっと違うことに戸惑っている。戸惑い……そして喜んでいた。
「本当に、ここはどうしちまったんです? ここは王都で当たり前に見かけるような作物はろくに育たないって聞いてたのに。来てみりゃあとんでもない。植えた苗が何でもどんどん育つ。それも、気温が温かろうが寒かろうが関係ないときた」
畑を見回したヴィンセントが、ぼやくように言う。悪意は全くなく、ただただ感心しているらしい。
隣で聞いていたレオナールは、苦笑した。なにせレオナール自身も、戸惑っているのだ。
ほんの少し前まではヴィンセントの言う通り、何も上手くいっていなかったのだから。作物は育たず、めぼしい資源もない。自分たちが生き延びる分の物資を何とか確保していた。
それが今や、よその領地からの人間を雇い入れて畑を広げ、その収穫の豊富さに驚き続けているという現状だ。
「やっぱりアレですか? あの……アベル様が作られたっていう畑の薬。あれのおかげでこんな風になっちまうんですかね?」
「……そうですね。それは否めませんが……」
「あれを色んな村に配れば、この不作も一気に解消できるんじゃないですか?」
ヴィンセントが指す『畑の薬』を、レオナールは今もポケットに忍ばせている。
アベルが開発したと謳ってはいるが、実のところ、レティシアの魔力を抽出したもの。彼女の魔力と体力に限界がある以上、国中に広められるほど大量には作り出せない。
「あれは……難しいもので、そう大量には作れないのですよ。この領地でも、試験的に使ったもので……」
「なんだ、そうなのかぁ」
「ええ。ですから土壌が豊かになっている今のうちに畑を広げて、今後困らない地盤を作っておきたいのですよ。そのために、これまで安定して畑を守ってこられたヴィンセントさんたちの知識や経験を、お借りしたいのです」
「そ、そうか。へへ……」
面と向かって頼られて、悪い気はしないのだろう。ヴィンセントは照れくさそうに笑った。
レオナールが口にしたことは、概ね言葉通りだ。思いもよらなかった僥倖のおかげで、自分たちは想定外の豊かさを手に入れた。だがそれは、レティシアの力に頼って手に入れたもの。
大量のジャガイモにしても、領内の畑の豊作にしても……。
彼女はこのバルニエ領の人間ではない。彼女の力に頼り切りでいては、また同じ事になる。今の豊かさを維持とまではいかなくても、彼女に頼らなくても自分たちが困窮しない環境に変えなくては。
レオナールはそう考えていた。それはもちろん、アベルも同じだった。
まして、今年は越冬、納税の他に、例年にない問題も発生しているのだから。
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