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終章 となりの天狗様
二
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「ほらまたって……何がですか?」
「また慧ばっかり構って、僕はほったらかしにする! そんなに僕のことはどうでもいいの?……まさか、やっぱりさっきのこと、怒ってるの? あんなことしたから?」
「あんなことって……い、いや、それは……!」
藍の急な狼狽ぶりに、治朗たちは眉をひそめた。
「何だ? ”あんなこと”とは…………あぁ、”あんなこと”……」
治朗は、数秒して急に言葉を濁し始めた。何事もきっぱりと言う彼にしては珍しい態度だった。
同じように、三郎も僧正坊も、数秒したら急に訳知り顔で頷き始めた。
「まぁな……”あんなこと”しちゃあ、いかんわな」
「猪娘とて腐っても乙女……”あんなこと”をしては、嫌われても文句は言えまい」
何故、急に事情を察した様子になったのか。
それは、彼らが神通力を身につけた天狗だからだ。他心智證通というもので、他者の心を読み取る神通力を以て、藍の心は一瞬にして暴かれてしまったのだ。
「は、反則でしょう、そんなの! 勝手に人の心を覗くなんて!」
「悪かった、悪かった。俺らだって悪気は皆無なんだぜ」
「誰が貴様の心の内など聞きたいものか。貴様の内なる声が大きすぎて勝手に聞こえたんだ、馬鹿者が」
「ば、馬鹿って……!」
「ほらまた!」
またも、太郎のヒステリックな声が響いた。
「三郎や僧正坊とは何でそんなに早く仲良くなってるの! 僕なんか半径2m以内に入れるようになるまで半月かかったのに!」
三郎も僧正坊も、頭を抱えながら、太郎の訴えを受け流した。
藍には、次に来る言葉が、薄々読めていた。
「やっぱり僕一人嫌われてる……! 僕はいったいどうやったら君に受け入れてもらえるって言うの……!」
さめざめと泣く太郎に向かう視線が、全員同じ言葉を物語っていた。
『そんなに面倒くさいから嫌われるんだよ』と。
決して、そんなことはないのだけれど……きっと、言っても信じないだろう。そして、そこが面倒くさいというのも、確かだ。
(どうすれば……)
藍はしばし頭を捻って考えた。そして、立ち上がった。
「ちょっと待ってて下さい!」
藍は食事中にはしたないと注意されるのを覚悟で全速力で走った。そして1分としないうちに駆け戻ってきて、太郎の前に数枚の紙を差し出した。
紙にはどれも、右上に大きく数字が書かれてある。それぞれ78、67、60、80、83と。
「これって……?」
「テストです! 太郎さんが寝てる間に受けて、返ってきたんです!」
倒れる前に太郎により猛特訓を受けていた、テストの結果だった。太郎は五枚あるテスト用紙をそれぞれ、しげしげと眺めていた。
「すごいんですよ。どれも今までのテストより格段に点数が上がってるんです! 平均点なんか十五点も上がったんですよ。太郎さんのおかげです!」
「僕のおかげ? 本当に?」
太郎の目には、まだうっすら涙が残っているものの、このまま持ち上げれば、泣き止むかもしれない。そう藍は考えた。
他の誰よりも感謝の意を示すこと。それが、この場を収める唯一の方法だと思ったのだった。
「そうなんです! だから、すっごく……一番、感謝してます」
「一番?」
「一番!」
太郎は、テスト用紙と藍の顔を見比べて、まだ怪訝な顔をしていた。何か、間違えただろうかと不安を覚えたその時、太郎の瞳がぎらりと光ったように見えた。
「じゃあ……それを形にしてもらわないとね」
「また慧ばっかり構って、僕はほったらかしにする! そんなに僕のことはどうでもいいの?……まさか、やっぱりさっきのこと、怒ってるの? あんなことしたから?」
「あんなことって……い、いや、それは……!」
藍の急な狼狽ぶりに、治朗たちは眉をひそめた。
「何だ? ”あんなこと”とは…………あぁ、”あんなこと”……」
治朗は、数秒して急に言葉を濁し始めた。何事もきっぱりと言う彼にしては珍しい態度だった。
同じように、三郎も僧正坊も、数秒したら急に訳知り顔で頷き始めた。
「まぁな……”あんなこと”しちゃあ、いかんわな」
「猪娘とて腐っても乙女……”あんなこと”をしては、嫌われても文句は言えまい」
何故、急に事情を察した様子になったのか。
それは、彼らが神通力を身につけた天狗だからだ。他心智證通というもので、他者の心を読み取る神通力を以て、藍の心は一瞬にして暴かれてしまったのだ。
「は、反則でしょう、そんなの! 勝手に人の心を覗くなんて!」
「悪かった、悪かった。俺らだって悪気は皆無なんだぜ」
「誰が貴様の心の内など聞きたいものか。貴様の内なる声が大きすぎて勝手に聞こえたんだ、馬鹿者が」
「ば、馬鹿って……!」
「ほらまた!」
またも、太郎のヒステリックな声が響いた。
「三郎や僧正坊とは何でそんなに早く仲良くなってるの! 僕なんか半径2m以内に入れるようになるまで半月かかったのに!」
三郎も僧正坊も、頭を抱えながら、太郎の訴えを受け流した。
藍には、次に来る言葉が、薄々読めていた。
「やっぱり僕一人嫌われてる……! 僕はいったいどうやったら君に受け入れてもらえるって言うの……!」
さめざめと泣く太郎に向かう視線が、全員同じ言葉を物語っていた。
『そんなに面倒くさいから嫌われるんだよ』と。
決して、そんなことはないのだけれど……きっと、言っても信じないだろう。そして、そこが面倒くさいというのも、確かだ。
(どうすれば……)
藍はしばし頭を捻って考えた。そして、立ち上がった。
「ちょっと待ってて下さい!」
藍は食事中にはしたないと注意されるのを覚悟で全速力で走った。そして1分としないうちに駆け戻ってきて、太郎の前に数枚の紙を差し出した。
紙にはどれも、右上に大きく数字が書かれてある。それぞれ78、67、60、80、83と。
「これって……?」
「テストです! 太郎さんが寝てる間に受けて、返ってきたんです!」
倒れる前に太郎により猛特訓を受けていた、テストの結果だった。太郎は五枚あるテスト用紙をそれぞれ、しげしげと眺めていた。
「すごいんですよ。どれも今までのテストより格段に点数が上がってるんです! 平均点なんか十五点も上がったんですよ。太郎さんのおかげです!」
「僕のおかげ? 本当に?」
太郎の目には、まだうっすら涙が残っているものの、このまま持ち上げれば、泣き止むかもしれない。そう藍は考えた。
他の誰よりも感謝の意を示すこと。それが、この場を収める唯一の方法だと思ったのだった。
「そうなんです! だから、すっごく……一番、感謝してます」
「一番?」
「一番!」
太郎は、テスト用紙と藍の顔を見比べて、まだ怪訝な顔をしていた。何か、間違えただろうかと不安を覚えたその時、太郎の瞳がぎらりと光ったように見えた。
「じゃあ……それを形にしてもらわないとね」
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