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五章 天狗様、奔る
十四
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「へ!?」
藍の全身を覆うように、太郎は腕を回した。そして、怒っているように言った。
「僕のことなんか、どうでもいい。君は? 君は無事なの?」
その声は、震えていた。
抱きすくめられた藍は、動けない。不思議と、振り払おうとも思えなかった。先ほど見た滲む目元と震える声、それらも合わせたら、いったい何を拒絶すればいいのか。
藍が今、太郎に言わねばならないことは、一つだった。
「はい……無事です。助けてくれて、ありがとうございます」
「……ここを知らせてくれたのは呼子だよ。結界に守られていても、眷属の呼子なら、見つけられると思って……」
「はい。呼子ちゃんにも感謝してます。でも、今は太郎さんにお礼を言ってるんです」
藍の肩で、小さく頷いているような動きを感じた。深く、息を吐き出す声も。
藍も同じ気持ちだった。太郎が目覚めている。それだけでなく、藍の危機にこうして駆けつけてくれた。そのことで、これほど気持ちが落ち着いている。
それがどうしてなのかは、よくわからない。
だが今、腰が砕けてしまいそうなほどに安堵している。それだけは確かだった。
まだ、安心するわけにはいかないというのに。
太郎もそう感じたのか、藍から離れて慧に顔を向けた。
「慧、久しぶりだね」
「た、太郎坊……」
慧は、気まずい気持ちを拭えず、太郎を直視できていなかった、だが太郎の方は、まっすぐに慧を見つめている。
旧友との再会を喜んでいる。それだけが、顔に浮かんでいた。
「また会えて嬉しい。それに、藍を助けてくれてありがとう」
「え……」
太郎がためらいなく差し出した右手を、慧は取っても良いものか、戸惑っているようだった。ためらう慧の手を、太郎が強引に掴み、引き上げた。座り込んでいた慧は立ち上がり、太郎を見下ろして向き合う形になった。もう、俯いて目をそらすことはできなかった。
「その……俺……」
「君も、無事で良かった」
そう言って、太郎は慧の肩をぽんと叩いた。そして、くるりと背を向けた。
太郎が顔を向けた先には、戸惑いと苛立ちと、そしてはっきりとした太郎への怒気と、すべてがない交ぜになって雄叫びを上げている黒い鬼がいた。
太郎は、自身の怒りも込めて、鬼を鋭く睨みつけていた。
「こいつは、僕を追ってここまで来たらしい。藍、危険な目に遭わせてごめんね」
「追ってって……もしかして、愛宕山にいた、あのあやかしですか?」
「そう。この山の、色々なあやかしや生物を喰らって、とうとうこんな鬼になってしまった。全部、僕のせいだ。あの時、しっかりと消しておくべきだった」
太郎は、藍たちを庇うように鬼の前に立った。自分の手で決着をつけるつもりらしい。
「た、太郎さん、大丈夫なんですか? 体は? ずっと眠ったままだったのに、いきなり……!」」
太郎は振り返り、笑って答えようとした。その二人の頭上に、影が差した。鬼の体のようなどす黒く暗い影ではなく、空の光と混ざり合った黒い翼の影だ。
その影は、三人。太郎よりも前に、舞い降りた。
「治朗くん! 三郎さんに僧正坊さんまで?」
三人は各々振り返り、藍の声に応えた。
「藍、ここから先は任せて逃げろ」
「お嬢にはちょいと荷が重いな。あと、今の太郎にも」
「猪娘、邪魔だ。そこの病人と小動物と慧を連れて、とっとと山を下りろ」
各々、言い様は違うが、皆一様に早く逃げろと言ってくれている。藍よりも、太郎の方が反発していた。
「待った。僕まで逃げろって言ってる?」
藍の全身を覆うように、太郎は腕を回した。そして、怒っているように言った。
「僕のことなんか、どうでもいい。君は? 君は無事なの?」
その声は、震えていた。
抱きすくめられた藍は、動けない。不思議と、振り払おうとも思えなかった。先ほど見た滲む目元と震える声、それらも合わせたら、いったい何を拒絶すればいいのか。
藍が今、太郎に言わねばならないことは、一つだった。
「はい……無事です。助けてくれて、ありがとうございます」
「……ここを知らせてくれたのは呼子だよ。結界に守られていても、眷属の呼子なら、見つけられると思って……」
「はい。呼子ちゃんにも感謝してます。でも、今は太郎さんにお礼を言ってるんです」
藍の肩で、小さく頷いているような動きを感じた。深く、息を吐き出す声も。
藍も同じ気持ちだった。太郎が目覚めている。それだけでなく、藍の危機にこうして駆けつけてくれた。そのことで、これほど気持ちが落ち着いている。
それがどうしてなのかは、よくわからない。
だが今、腰が砕けてしまいそうなほどに安堵している。それだけは確かだった。
まだ、安心するわけにはいかないというのに。
太郎もそう感じたのか、藍から離れて慧に顔を向けた。
「慧、久しぶりだね」
「た、太郎坊……」
慧は、気まずい気持ちを拭えず、太郎を直視できていなかった、だが太郎の方は、まっすぐに慧を見つめている。
旧友との再会を喜んでいる。それだけが、顔に浮かんでいた。
「また会えて嬉しい。それに、藍を助けてくれてありがとう」
「え……」
太郎がためらいなく差し出した右手を、慧は取っても良いものか、戸惑っているようだった。ためらう慧の手を、太郎が強引に掴み、引き上げた。座り込んでいた慧は立ち上がり、太郎を見下ろして向き合う形になった。もう、俯いて目をそらすことはできなかった。
「その……俺……」
「君も、無事で良かった」
そう言って、太郎は慧の肩をぽんと叩いた。そして、くるりと背を向けた。
太郎が顔を向けた先には、戸惑いと苛立ちと、そしてはっきりとした太郎への怒気と、すべてがない交ぜになって雄叫びを上げている黒い鬼がいた。
太郎は、自身の怒りも込めて、鬼を鋭く睨みつけていた。
「こいつは、僕を追ってここまで来たらしい。藍、危険な目に遭わせてごめんね」
「追ってって……もしかして、愛宕山にいた、あのあやかしですか?」
「そう。この山の、色々なあやかしや生物を喰らって、とうとうこんな鬼になってしまった。全部、僕のせいだ。あの時、しっかりと消しておくべきだった」
太郎は、藍たちを庇うように鬼の前に立った。自分の手で決着をつけるつもりらしい。
「た、太郎さん、大丈夫なんですか? 体は? ずっと眠ったままだったのに、いきなり……!」」
太郎は振り返り、笑って答えようとした。その二人の頭上に、影が差した。鬼の体のようなどす黒く暗い影ではなく、空の光と混ざり合った黒い翼の影だ。
その影は、三人。太郎よりも前に、舞い降りた。
「治朗くん! 三郎さんに僧正坊さんまで?」
三人は各々振り返り、藍の声に応えた。
「藍、ここから先は任せて逃げろ」
「お嬢にはちょいと荷が重いな。あと、今の太郎にも」
「猪娘、邪魔だ。そこの病人と小動物と慧を連れて、とっとと山を下りろ」
各々、言い様は違うが、皆一様に早く逃げろと言ってくれている。藍よりも、太郎の方が反発していた。
「待った。僕まで逃げろって言ってる?」
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