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五章 天狗様、奔る
八
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「どこにいるんだ、藍……!」
太郎の握りしめた拳から、ギリギリと音が聞こえそうだった。
必死に冷静さを保ち、藍の気配を一つ一つ探っているが、”藍がいない”ということがわかるだけだった。
「落ち着けよ。俺や治朗みたいな強い天狗でも尻尾がつかめないんだぞ。ただ者じゃない。ちょっと待ちな」
そう言うと、三郎は指で輪を作り、空に向かって音を鳴らした。
すると、窓の向こうでチカチカと何かが光った。光は声まで発して、隕石のように太郎の部屋に真っ直ぐ向かってきた。そして部屋の中央で制止したかと思うと、徐々に輪郭を象っていった。
銀色の光を纏ったまま人の形に変わっていき、人間の女の子の姿に変わったのだった。女の子たちは、三郎の姿を見つけると、わらわら寄っていった。
「ご主人様!」
管狐たちは順番に三郎に抱きつくと、太郎の前にきれいに整列した。
「で、お前ら、ここまでの収穫は?」
「はい! いのししを見つけました!」
「でもじーっと見てるのはいのししじゃありませんでした!」
「もっと怖かったです……!」
「猪じゃないもっと怖いもの? 何だそりゃ?」
「……ごめん、三郎、説明して?」
太郎は、眉根を寄せて管狐たちを見つめていた。そういえば、太郎は経緯を知らないのだった。
「えーとだな、お前が起きない理由が何なのかって話になって……こいつらは、お前から獣の匂いがすると、その獣は猪だと、それでお嬢は猪に心当たりがあると……そう言ったんだ」
「それで、その猪が関係してるんじゃないかと考えて、狐ちゃんたちが調べてくれていたと? 危険でしょ」
「だってよぉ……お嬢が飛び出していきかねない剣幕だったんだもんよ。宥めるために、こいつらに行かせたんだ」
三郎がそう言うと、管狐たちは胸を張っていた。太郎としては、複雑だった。
「それはありがたいけど……調べることが違うんじゃないの?」
胸を張っていた管狐たちが、一斉にきょとんとした。三郎も、困ったように頭をかいていた。
「お嬢の手前、そうせざるを得なくてなぁ……」
「何でですか?」
「私たち、いけないことしましたか?」
「間違えましたか?」
不安そうに言い募る管狐たちを安心させようと、三郎は一人一人の頭を撫でて、答えた。
「そうじゃなくてな。件の猪とやらはおそらく首謀者じゃないとわかっててな……別の奴を調べさせる方が効率的だったんじゃないかって、太郎は言ってるんだ」
「効率的ではあるけど、狐ちゃんたちにはちょっと危険なんじゃないかな」
「兄者は……先ほどの話に出てきた”もっと怖い”存在が気になっておられるのですね」
横から言葉を挟んだ治朗に、太郎は神妙に頷いて見せた。すると、琥珀が大きく手を挙げた。続いて珊瑚も、翡翠も一緒になって精一杯挙手したのだった。
「それも探しました!」
「え、大丈夫?」
三人は大きく頷くと、揃って、調べ上げた者の正体を口にした。
「鬼でした!」
「……鬼?」
自信満々に言う管狐たちに対し、太郎は少しだけ戸惑っていた。
「……鬼の定義って結構広いんだよね。どんな鬼? そしてどこに住んでる鬼?」
「太郎坊様のことをじーーーーっと見てる鬼です。じーーーーっと見過ぎて、糸みたいなものが繋がってます」
「動物が鬼になったんじゃないです。色んなものが混ざって出来た、形のなかったものです。でも今は、形があります!」
「なんだか太郎坊様の気をちょっとだけ感じました」
「僕の気を……?」
その言葉を反芻するように、太郎も治朗も三郎も、しばし口を閉ざした。
だが、太郎も治朗も、そして三郎も、同じ考えに至ったのか、同じような焦りを顔に浮かべていた。
「もしかして……だから、僕はずっと力が足りなかったのか?」
「おかしいと思ったんだ。俺が気をやってるってのになかなか元に戻らねえ」
「結界の維持が難しいにしても消耗が激しいと思ったら……」
三人は頷き合った。互いに疑問に思っていたことが、今、一つの答えが出ようとしていた。
「狐ちゃんたち、その鬼の住処はわかった?」
「はい!」
管狐たちは一斉に頷き、そして一斉に、同じ一点を指さした。
それは太郎の部屋の窓の向こう、遠くに浮かんだように見える山だった。
「あそこって……」
太郎がそう口にした時、何やら大きな音がした。部屋の隅の方で鳴ったその音に、思わず全員が注意を向けた。そこにいたのは、慌てふためいた様子でカタカタ震える奇妙な動物……鳴子だった。
「ああ、お嬢の眷属の」
「鳴子……いたの?」
太郎の声にも三郎のお声にも取り合わず、鳴子は小さな体をさらに小さく丸めていた。
「……『アノ』『鬼』……『怖い』」
太郎の握りしめた拳から、ギリギリと音が聞こえそうだった。
必死に冷静さを保ち、藍の気配を一つ一つ探っているが、”藍がいない”ということがわかるだけだった。
「落ち着けよ。俺や治朗みたいな強い天狗でも尻尾がつかめないんだぞ。ただ者じゃない。ちょっと待ちな」
そう言うと、三郎は指で輪を作り、空に向かって音を鳴らした。
すると、窓の向こうでチカチカと何かが光った。光は声まで発して、隕石のように太郎の部屋に真っ直ぐ向かってきた。そして部屋の中央で制止したかと思うと、徐々に輪郭を象っていった。
銀色の光を纏ったまま人の形に変わっていき、人間の女の子の姿に変わったのだった。女の子たちは、三郎の姿を見つけると、わらわら寄っていった。
「ご主人様!」
管狐たちは順番に三郎に抱きつくと、太郎の前にきれいに整列した。
「で、お前ら、ここまでの収穫は?」
「はい! いのししを見つけました!」
「でもじーっと見てるのはいのししじゃありませんでした!」
「もっと怖かったです……!」
「猪じゃないもっと怖いもの? 何だそりゃ?」
「……ごめん、三郎、説明して?」
太郎は、眉根を寄せて管狐たちを見つめていた。そういえば、太郎は経緯を知らないのだった。
「えーとだな、お前が起きない理由が何なのかって話になって……こいつらは、お前から獣の匂いがすると、その獣は猪だと、それでお嬢は猪に心当たりがあると……そう言ったんだ」
「それで、その猪が関係してるんじゃないかと考えて、狐ちゃんたちが調べてくれていたと? 危険でしょ」
「だってよぉ……お嬢が飛び出していきかねない剣幕だったんだもんよ。宥めるために、こいつらに行かせたんだ」
三郎がそう言うと、管狐たちは胸を張っていた。太郎としては、複雑だった。
「それはありがたいけど……調べることが違うんじゃないの?」
胸を張っていた管狐たちが、一斉にきょとんとした。三郎も、困ったように頭をかいていた。
「お嬢の手前、そうせざるを得なくてなぁ……」
「何でですか?」
「私たち、いけないことしましたか?」
「間違えましたか?」
不安そうに言い募る管狐たちを安心させようと、三郎は一人一人の頭を撫でて、答えた。
「そうじゃなくてな。件の猪とやらはおそらく首謀者じゃないとわかっててな……別の奴を調べさせる方が効率的だったんじゃないかって、太郎は言ってるんだ」
「効率的ではあるけど、狐ちゃんたちにはちょっと危険なんじゃないかな」
「兄者は……先ほどの話に出てきた”もっと怖い”存在が気になっておられるのですね」
横から言葉を挟んだ治朗に、太郎は神妙に頷いて見せた。すると、琥珀が大きく手を挙げた。続いて珊瑚も、翡翠も一緒になって精一杯挙手したのだった。
「それも探しました!」
「え、大丈夫?」
三人は大きく頷くと、揃って、調べ上げた者の正体を口にした。
「鬼でした!」
「……鬼?」
自信満々に言う管狐たちに対し、太郎は少しだけ戸惑っていた。
「……鬼の定義って結構広いんだよね。どんな鬼? そしてどこに住んでる鬼?」
「太郎坊様のことをじーーーーっと見てる鬼です。じーーーーっと見過ぎて、糸みたいなものが繋がってます」
「動物が鬼になったんじゃないです。色んなものが混ざって出来た、形のなかったものです。でも今は、形があります!」
「なんだか太郎坊様の気をちょっとだけ感じました」
「僕の気を……?」
その言葉を反芻するように、太郎も治朗も三郎も、しばし口を閉ざした。
だが、太郎も治朗も、そして三郎も、同じ考えに至ったのか、同じような焦りを顔に浮かべていた。
「もしかして……だから、僕はずっと力が足りなかったのか?」
「おかしいと思ったんだ。俺が気をやってるってのになかなか元に戻らねえ」
「結界の維持が難しいにしても消耗が激しいと思ったら……」
三人は頷き合った。互いに疑問に思っていたことが、今、一つの答えが出ようとしていた。
「狐ちゃんたち、その鬼の住処はわかった?」
「はい!」
管狐たちは一斉に頷き、そして一斉に、同じ一点を指さした。
それは太郎の部屋の窓の向こう、遠くに浮かんだように見える山だった。
「あそこって……」
太郎がそう口にした時、何やら大きな音がした。部屋の隅の方で鳴ったその音に、思わず全員が注意を向けた。そこにいたのは、慌てふためいた様子でカタカタ震える奇妙な動物……鳴子だった。
「ああ、お嬢の眷属の」
「鳴子……いたの?」
太郎の声にも三郎のお声にも取り合わず、鳴子は小さな体をさらに小さく丸めていた。
「……『アノ』『鬼』……『怖い』」
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