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参章 飯綱山の狐使い
十八
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「こっちだ」
三郎の声に従い、藍は商店街まで走った。商店街はアーケードになっており、天井が覆われている。薄い半透明なトタン屋根ではあるが、小さな石の侵入を防ぐことはできる。
屋根の下に潜り込むとほぼ同時に、石つぶての雨も止んだ。
「やっぱりな、お嬢だけ狙ってやがる」
「私ですか? 私、何かしたんでしょうか?」
「まぁ、お前さんを狙うのは山ほどいるだろうなぁ。しかし、こんな街中で天狗礫とはな。どうなってんだか……」
「天狗礫?」
「こういう、どこからともなく石とか物が降ってくる現象を『天狗礫』と呼ぶんだ。まぁもっぱら山の中で見られることだがな」
「天狗礫……天狗の仕業ってことですか?」
「まさか。こんなことをするような奴は破門だ、破門。俺たちがやるとすれば、山を荒らしたり、信仰に背く行いをしたけしからん連中相手にだけだ。お嬢みたいな心根の優しい子に、街中でしかけるような真似、誰がするかよ」
三郎の言うことは、先日治朗が言ったことと重なった。自分たちは人を傷つけるのではなく、守るのだと。そのことに誇りを持つ目をしている。だからこそ、そこに怒りも滲ませていた。
「この俺の前で、随分ふざけた真似をしてくれるじゃねえか……」
指で輪を作った。そして空に向かって大きな音を放った。
ピイィィと、高い音が周囲に響いた。まるで誰かに呼びかけているようだった。
「もしかして……琥珀ちゃんたちを呼んだんですか?」
「ご名答」
「そんなこと出来たんだったら、もっと早くしてあげてくださいよ。そしたら迷子になんて……」
「まぁ怒るな。ちょっと探検させるつもりだったんだよ」
三郎のもとでお役目を果たすには、色々な経験をつませなければならない……らしい。主である三郎がそう言うなら、納得するほかない。藍がしぶしぶ頷くと同時に、入れ替わるように何かが近づいてくる音がした。
「よしよし、戻ってきた……な?」
代わりに降りてきたのは、先ほどよりも大きな石だった。隕石のように勢いづいて、トタンの屋根に軽々と穴を開けてしまった。
「あらら……何でこうなるかな」
「感心してる場合じゃないです……!」
のんきな声で石を眺める三郎の背を押して、藍は再び走り出した。またつぶてが降ってくるかもしれないのだ。
「琥珀ちゃんたち、来るんじゃないんですか?」
「いつもなら来るんだけど……おかしいなぁ」
「まさか石に当たって怪我したとか……」
「こんなのでやられるほどヤワじゃねえよ、三匹とも。しかし困ったな。こういう輩を見つけ出すのはあいつらの方が上手いんだがなぁ。このままじゃお嬢も安全じゃねえし……」
屋根の下に入ると同時に止んだということは、屋根の外に出ればまた降ってくると言うこと。今の状況は、根本的解決にならないのだ。
どうしたものか、と三郎は天を仰いで唸った。
時折ちらりと藍を見ては、また空を睨んでいる。何を悩んでいるのか、藍には検討もつかなかったが、何やらぶつぶつ呟いているのは、聞こえた。
「安全策をとるか奇策に出るか……いやしかし……周りの被害も考えると……狙われてるのはお嬢一人で……だとすれば……」
三郎はもう一度藍をちらりと見た。向けられた視線に、何やら背筋がひやりとする、嫌な予感を感じた。一歩退こうとしたのだが……さすが天下の大天狗らしく、逃れられなかった。
「うん、まぁこれが一番安全か」
そう言うと、三郎は藍をとんと突き飛ばした。
「え」
ほんの少し押されただけだが、そんなことになると思ってもみなかった藍の体は、いとも簡単にアーケードの外に飛び出た。
姿勢を保とうとたたらを踏む藍の目に、大きな影が映った。藍の頭上に狙ったかのように降ってくる、大きな石だ。
逃げられない。払うこともできない。ただ、その影が目前に迫ってくるのを見ているしかできない。
(もう、ダメだーー!)
思わずきゅっと目を瞑った。その時、大きな音と衝撃が、藍を襲った。
三郎の声に従い、藍は商店街まで走った。商店街はアーケードになっており、天井が覆われている。薄い半透明なトタン屋根ではあるが、小さな石の侵入を防ぐことはできる。
屋根の下に潜り込むとほぼ同時に、石つぶての雨も止んだ。
「やっぱりな、お嬢だけ狙ってやがる」
「私ですか? 私、何かしたんでしょうか?」
「まぁ、お前さんを狙うのは山ほどいるだろうなぁ。しかし、こんな街中で天狗礫とはな。どうなってんだか……」
「天狗礫?」
「こういう、どこからともなく石とか物が降ってくる現象を『天狗礫』と呼ぶんだ。まぁもっぱら山の中で見られることだがな」
「天狗礫……天狗の仕業ってことですか?」
「まさか。こんなことをするような奴は破門だ、破門。俺たちがやるとすれば、山を荒らしたり、信仰に背く行いをしたけしからん連中相手にだけだ。お嬢みたいな心根の優しい子に、街中でしかけるような真似、誰がするかよ」
三郎の言うことは、先日治朗が言ったことと重なった。自分たちは人を傷つけるのではなく、守るのだと。そのことに誇りを持つ目をしている。だからこそ、そこに怒りも滲ませていた。
「この俺の前で、随分ふざけた真似をしてくれるじゃねえか……」
指で輪を作った。そして空に向かって大きな音を放った。
ピイィィと、高い音が周囲に響いた。まるで誰かに呼びかけているようだった。
「もしかして……琥珀ちゃんたちを呼んだんですか?」
「ご名答」
「そんなこと出来たんだったら、もっと早くしてあげてくださいよ。そしたら迷子になんて……」
「まぁ怒るな。ちょっと探検させるつもりだったんだよ」
三郎のもとでお役目を果たすには、色々な経験をつませなければならない……らしい。主である三郎がそう言うなら、納得するほかない。藍がしぶしぶ頷くと同時に、入れ替わるように何かが近づいてくる音がした。
「よしよし、戻ってきた……な?」
代わりに降りてきたのは、先ほどよりも大きな石だった。隕石のように勢いづいて、トタンの屋根に軽々と穴を開けてしまった。
「あらら……何でこうなるかな」
「感心してる場合じゃないです……!」
のんきな声で石を眺める三郎の背を押して、藍は再び走り出した。またつぶてが降ってくるかもしれないのだ。
「琥珀ちゃんたち、来るんじゃないんですか?」
「いつもなら来るんだけど……おかしいなぁ」
「まさか石に当たって怪我したとか……」
「こんなのでやられるほどヤワじゃねえよ、三匹とも。しかし困ったな。こういう輩を見つけ出すのはあいつらの方が上手いんだがなぁ。このままじゃお嬢も安全じゃねえし……」
屋根の下に入ると同時に止んだということは、屋根の外に出ればまた降ってくると言うこと。今の状況は、根本的解決にならないのだ。
どうしたものか、と三郎は天を仰いで唸った。
時折ちらりと藍を見ては、また空を睨んでいる。何を悩んでいるのか、藍には検討もつかなかったが、何やらぶつぶつ呟いているのは、聞こえた。
「安全策をとるか奇策に出るか……いやしかし……周りの被害も考えると……狙われてるのはお嬢一人で……だとすれば……」
三郎はもう一度藍をちらりと見た。向けられた視線に、何やら背筋がひやりとする、嫌な予感を感じた。一歩退こうとしたのだが……さすが天下の大天狗らしく、逃れられなかった。
「うん、まぁこれが一番安全か」
そう言うと、三郎は藍をとんと突き飛ばした。
「え」
ほんの少し押されただけだが、そんなことになると思ってもみなかった藍の体は、いとも簡単にアーケードの外に飛び出た。
姿勢を保とうとたたらを踏む藍の目に、大きな影が映った。藍の頭上に狙ったかのように降ってくる、大きな石だ。
逃げられない。払うこともできない。ただ、その影が目前に迫ってくるのを見ているしかできない。
(もう、ダメだーー!)
思わずきゅっと目を瞑った。その時、大きな音と衝撃が、藍を襲った。
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