40 / 99
参章 飯綱山の狐使い
四
しおりを挟む
藍が知らないのも無理はないが、藍と優子がそれぞれ出かけた後の山南家は、実に静かだった。
太郎も治朗も、藍や優子に話しかけることで賑やかになっていたのだから、当然だろう。
藍がバタバタと走り去り、優子が店のランチメニューの仕込みに出かけると、家には太郎と治朗の二人だけになる。そして二人とも、不言実行を心がけている。
二人だけになると、どちらとも、何も言わずとも、各自役割分担をして作業に取りかかるのだった。
太郎は母屋の、治朗は離れの掃除に。それが終わると太郎は庭を掃き、次いで門前を掃き清める。そしてランチが終わって一息つくであろう優子のもとに弁当を届ける。届けたら商店街に買い物に行き、夕食の準備に取りかかる。合間に細々とした用事も済ませつつ、こうした主夫業をこなしていた。
「では兄者、俺はそろそろ行って参ります」
「うん、よろしくね」
治朗の方は、掃除を終え、細かな備品の補充などを終えると学校へ向かう。藍の様子を見るためだ。太郎が渡した鈴があれば危機を察知でき、神通力を行使すればすぐに駆けつけられるということから、最近ではそうべったり張り付くと言うこともなくなったのだった。
その方が藍も喜ぶから、と太郎は言った。だが治朗は、胸の内では承服しかねていたらしい。快く送り出そうとする顔に、治朗は釈然としていないのだった。
「兄者、少しよろしいですか」
「うん?」
治朗は出かける準備をとりやめて、太郎の前に座り込んだ。昼食の準備を始めようとしていた太郎も、その手を止めた。
二人揃って、主のいない家の居間で向かい合った。
「兄者は、藍を危険から守ってやりたいとお考えで?」
「そうだよ」
太郎はすぐさま頷いた。
「それならば何故、今日、藍を一人で行かせたのですか? 朝話していた夢が、ただの夢ではない可能性もあります」
「どうしてそう思うの?」
「兄者の仰る通り、あの者は自身では御しきれない強い力を秘めているからです。そういった者の見る夢は、大抵何かしら意味があった。現実味を帯びて、はっきりと形を成したものほど」
治朗の言葉を、太郎は一つ一つ頷きながら聞いていた。そして、言葉を選ぶように考え込んだかと思うと、指を二本立てた。
「理由は二つ。一つは、藍の傍に、僕と治朗の二人が揃っていること」
「は?」
「あやかしの類いは、自分より強い者にはそうそう手出しはしない。自分より強い者が目をかけている者にも、ね。僕と治朗、二人が守りについている藍に手出ししようなんて、まず思わないだろう」
「先日の、呼子は?」
縁側で昼寝をしていた呼子がちらりと二人の方を見た。太郎は、何でもないという風に手を振った。
「あの時は自分の縄張りを荒らされて気が立ってたから。それに木を倒した方はともかく、呼子の方は大きい声で物真似しただけだからね」
そう言われてしまえば、治朗はひとまず納得するほかなかった。
「……では、もう一つの理由とは?」
太郎も治朗も、藍や優子に話しかけることで賑やかになっていたのだから、当然だろう。
藍がバタバタと走り去り、優子が店のランチメニューの仕込みに出かけると、家には太郎と治朗の二人だけになる。そして二人とも、不言実行を心がけている。
二人だけになると、どちらとも、何も言わずとも、各自役割分担をして作業に取りかかるのだった。
太郎は母屋の、治朗は離れの掃除に。それが終わると太郎は庭を掃き、次いで門前を掃き清める。そしてランチが終わって一息つくであろう優子のもとに弁当を届ける。届けたら商店街に買い物に行き、夕食の準備に取りかかる。合間に細々とした用事も済ませつつ、こうした主夫業をこなしていた。
「では兄者、俺はそろそろ行って参ります」
「うん、よろしくね」
治朗の方は、掃除を終え、細かな備品の補充などを終えると学校へ向かう。藍の様子を見るためだ。太郎が渡した鈴があれば危機を察知でき、神通力を行使すればすぐに駆けつけられるということから、最近ではそうべったり張り付くと言うこともなくなったのだった。
その方が藍も喜ぶから、と太郎は言った。だが治朗は、胸の内では承服しかねていたらしい。快く送り出そうとする顔に、治朗は釈然としていないのだった。
「兄者、少しよろしいですか」
「うん?」
治朗は出かける準備をとりやめて、太郎の前に座り込んだ。昼食の準備を始めようとしていた太郎も、その手を止めた。
二人揃って、主のいない家の居間で向かい合った。
「兄者は、藍を危険から守ってやりたいとお考えで?」
「そうだよ」
太郎はすぐさま頷いた。
「それならば何故、今日、藍を一人で行かせたのですか? 朝話していた夢が、ただの夢ではない可能性もあります」
「どうしてそう思うの?」
「兄者の仰る通り、あの者は自身では御しきれない強い力を秘めているからです。そういった者の見る夢は、大抵何かしら意味があった。現実味を帯びて、はっきりと形を成したものほど」
治朗の言葉を、太郎は一つ一つ頷きながら聞いていた。そして、言葉を選ぶように考え込んだかと思うと、指を二本立てた。
「理由は二つ。一つは、藍の傍に、僕と治朗の二人が揃っていること」
「は?」
「あやかしの類いは、自分より強い者にはそうそう手出しはしない。自分より強い者が目をかけている者にも、ね。僕と治朗、二人が守りについている藍に手出ししようなんて、まず思わないだろう」
「先日の、呼子は?」
縁側で昼寝をしていた呼子がちらりと二人の方を見た。太郎は、何でもないという風に手を振った。
「あの時は自分の縄張りを荒らされて気が立ってたから。それに木を倒した方はともかく、呼子の方は大きい声で物真似しただけだからね」
そう言われてしまえば、治朗はひとまず納得するほかなかった。
「……では、もう一つの理由とは?」
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
吉祥寺あやかし甘露絵巻 白蛇さまと恋するショコラ
灰ノ木朱風
キャラ文芸
平安の大陰陽師・芦屋道満の子孫、玲奈(れな)は新進気鋭のパティシエール。東京・吉祥寺の一角にある古民家で“カフェ9-Letters(ナインレターズ)”のオーナーとして日々奮闘中だが、やってくるのは一癖も二癖もあるあやかしばかり。
ある雨の日の夜、玲奈が保護した迷子の白蛇が、翌朝目覚めると黒髪の美青年(全裸)になっていた!?
態度だけはやたらと偉そうな白蛇のあやかしは、玲奈のスイーツの味に惚れ込んで屋敷に居着いてしまう。その上玲奈に「魂を寄越せ」とあの手この手で迫ってくるように。
しかし玲奈の幼なじみであり、安倍晴明の子孫である陰陽師・七弦(なつる)がそれを許さない。
愚直にスイーツを作り続ける玲奈の周囲で、謎の白蛇 VS 現代の陰陽師の恋のバトルが(勝手に)幕を開ける――!
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
離縁の脅威、恐怖の日々
月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。
※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。
※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く
とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。
まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。
しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。
なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう!
そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。
しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。
すると彼に
「こんな遺書じゃダメだね」
「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」
と思いっきりダメ出しをされてしまった。
それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。
「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」
これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。
そんなお話。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる