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其の陸 迷宮の出口
十七
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初名は走った。時々振り返り、清友がちゃんと自分に着いてきているか確認しながらも、足を緩めることはしなかった。時間が限られているわけではない。ただ気持ちが逸っているのだ。
「どこへ行くん?」
少し不安そうな声が、後ろから聞こえてきた。
「今、私にできることを……いえ、出来るかもしれないことをするんです」
「”出来るかもしれない”? どういうこと?」
初名には、そうとしか言えなかった。これからやろうとしていることは、自分でも確証が持てないことだった。
だが、あの優しい人たちが集う横丁で聞いたこと、教わったこと、感じたこと、すべてを繋げて考えた。
商店街を抜けて、角を曲がり、まっすぐに走る。いつもの出入り口へ向かって。
そこが、約束した場所なのだ。
いつの間にか、清友からの質問は止んだ。初名音走る方向で、何かを察したのかもしれない。ならば尚のこと、早くたどり着きたかった。
地下へ向かう階段も、一段一段降りる時間がもどかしい。そう思っていると、清友は、ぐっと初名の手を引き留めた。
「そこから先へは……行かれへん」
頭を振りながら、清友は言う。向かう先は、階段を降りてドアをくぐった先は、きらびやかな賑わいを見せる地下の街。だが、人ならざるモノにとっては、出口の見えない迷宮。神の眷属である清友ですら、彷徨ったのだ。
「僕は、もうここに迷い込むわけにはいかんのや。だって、君はもう……」
「私はもう、ここから出してあげることは、できないんですよね」
清友は、苦い表情で頷いた。
百花が以前言っていた。横丁に入れる人間は、生涯で一度だけ、あやかしたちを”外”に連れ出してあげることが出来ると。だが、何故か一度だけ。
初名の祖母・梅子は、地下街で迷子になっていたあやかしを連れ出してあげた。そのことで、もう横丁の誰も連れ出すことはできなくなってしまった。
そして、初名も同様に、もう誰のことも連れ出すことは出来ない。地下街で彷徨っていた清友を、外へ出したのだから。
そしてあの時外へ連れ出したのだから、清友のことも、再び連れ出すことは出来ないのだ。
「ここに何があるんかわからへんけど……僕はもう、近寄ることはせんて決めたんや。そやから……」
「大丈夫」
そう言うと、初名は再び清友の手を引いて、ぐいぐい階段を降りていった。そして、ドアの手前で立ち止まった。
地下街に浸透している冷房の風が、冷気をほんのりと運んでくる。
「ここなら、大丈夫でしょ」
「そうやけど……」
戸惑いながら初名を見つめる清友の瞳が大きく見開いたのは、次の瞬間だった。
その姿が、現れたのは。
弥次郎と辰三に引き連れられ、絵美瑠が先陣を切って走ってくる。その中心にいるのは、銀色の神と気弱かな真っ白な着物に身を包んだ、風見だ。
「おーい。初名ちゃーん。連れて来たでー!」
「何やねん、人を罪人みたいに引っ張りよって! そんなんせんでも歩くっちゅうね……ん?」
風見もまた、目を瞠っている。入り口近くに立っている初名の姿が目に入ったようだ。そして、その向こうにいる姿にも。
だが、まだ二人ともぼんやりしている。目をこらして、時にはこすったりしている。辰三が言ったように、入り口近くのことになると、その存在が鮮明でなくなるらしい。
初名は、清友の手をとった。
「連れ出してあげることはもうできないけど……もしかしたら……!」
そして、もう片方の手で、風見の手を取った。
探り合うような二人の手をそっと真ん中で合わせると、二人の手は、ごく自然に互いの手を取った。まるで、お互いが誰なのか、一瞬で感じ取ったかのように。
「清友……か?」
「風見……?」
「どこへ行くん?」
少し不安そうな声が、後ろから聞こえてきた。
「今、私にできることを……いえ、出来るかもしれないことをするんです」
「”出来るかもしれない”? どういうこと?」
初名には、そうとしか言えなかった。これからやろうとしていることは、自分でも確証が持てないことだった。
だが、あの優しい人たちが集う横丁で聞いたこと、教わったこと、感じたこと、すべてを繋げて考えた。
商店街を抜けて、角を曲がり、まっすぐに走る。いつもの出入り口へ向かって。
そこが、約束した場所なのだ。
いつの間にか、清友からの質問は止んだ。初名音走る方向で、何かを察したのかもしれない。ならば尚のこと、早くたどり着きたかった。
地下へ向かう階段も、一段一段降りる時間がもどかしい。そう思っていると、清友は、ぐっと初名の手を引き留めた。
「そこから先へは……行かれへん」
頭を振りながら、清友は言う。向かう先は、階段を降りてドアをくぐった先は、きらびやかな賑わいを見せる地下の街。だが、人ならざるモノにとっては、出口の見えない迷宮。神の眷属である清友ですら、彷徨ったのだ。
「僕は、もうここに迷い込むわけにはいかんのや。だって、君はもう……」
「私はもう、ここから出してあげることは、できないんですよね」
清友は、苦い表情で頷いた。
百花が以前言っていた。横丁に入れる人間は、生涯で一度だけ、あやかしたちを”外”に連れ出してあげることが出来ると。だが、何故か一度だけ。
初名の祖母・梅子は、地下街で迷子になっていたあやかしを連れ出してあげた。そのことで、もう横丁の誰も連れ出すことはできなくなってしまった。
そして、初名も同様に、もう誰のことも連れ出すことは出来ない。地下街で彷徨っていた清友を、外へ出したのだから。
そしてあの時外へ連れ出したのだから、清友のことも、再び連れ出すことは出来ないのだ。
「ここに何があるんかわからへんけど……僕はもう、近寄ることはせんて決めたんや。そやから……」
「大丈夫」
そう言うと、初名は再び清友の手を引いて、ぐいぐい階段を降りていった。そして、ドアの手前で立ち止まった。
地下街に浸透している冷房の風が、冷気をほんのりと運んでくる。
「ここなら、大丈夫でしょ」
「そうやけど……」
戸惑いながら初名を見つめる清友の瞳が大きく見開いたのは、次の瞬間だった。
その姿が、現れたのは。
弥次郎と辰三に引き連れられ、絵美瑠が先陣を切って走ってくる。その中心にいるのは、銀色の神と気弱かな真っ白な着物に身を包んだ、風見だ。
「おーい。初名ちゃーん。連れて来たでー!」
「何やねん、人を罪人みたいに引っ張りよって! そんなんせんでも歩くっちゅうね……ん?」
風見もまた、目を瞠っている。入り口近くに立っている初名の姿が目に入ったようだ。そして、その向こうにいる姿にも。
だが、まだ二人ともぼんやりしている。目をこらして、時にはこすったりしている。辰三が言ったように、入り口近くのことになると、その存在が鮮明でなくなるらしい。
初名は、清友の手をとった。
「連れ出してあげることはもうできないけど……もしかしたら……!」
そして、もう片方の手で、風見の手を取った。
探り合うような二人の手をそっと真ん中で合わせると、二人の手は、ごく自然に互いの手を取った。まるで、お互いが誰なのか、一瞬で感じ取ったかのように。
「清友……か?」
「風見……?」
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