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其の陸 迷宮の出口
八
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ここで張り込む理由がなくなったとなると、初名は急にそわそわし始めた。
「あの……私、ここにいて大丈夫なんでしょうか? 出入り禁止ですよね」
堂々と辰三に着いて入ってきたくせに、今更怯え始める初名を、辰三も弥次郎も呆れて見ていた。
「何言うてんねん。ここまで来といて……」
「別にええやろ。そんなことにいちいち目くじら立てとるほど暇ちゃうからな、あいつは」
「ああ……世話役ってそんなに大変なんですね」
「いや、迷子になってそれどころやないっちゅう意味やで」
「ああ……」
風見だけでなく、弥次郎や辰三の苦労までも窺える発言だった。
言葉を無くしていると、弥次郎はそんな初名の顔を窺うように覗き込んだ。
「なぁ、風見が言うたこと、理不尽やと思うか?」
「風見さんが言ったこと……出入り禁止のことですか? いいえ」
「そうか。良かった」
弥次郎が目に見えてホッとした表情を見せた。少し珍しい。
「あいつも、キミが憎くて言うたんとちゃうからな。そこ誤解して、もう来んようになってしもたら悲しいと思たんや」
「それは何となくわかります。風見さん、ここの人たちのことをすごく大事に思ってるんですよね。百花さんへの接し方を見て、そう思いました」
「そうやな。あいつは……ここの世話役で、この横丁を作った者やからな」
「だとしたら……この横丁皆のお父さんみたいな人ですか?」
初名のその言葉に、弥次郎も辰三も苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「それは不本意や」
「あんなん親父やない」
「わ、わかりました。すみませんでした……」
「でも、まぁ……あいつ自身は、そう思てるかもな」
弥次郎がそう言うと、今度は、辰三も頷いた。
「僕ら皆、風見さんに呼んでもろたようなもんやしな」
「……”呼んだ”?」
初名が尋ね返したのとほぼ同時に、琴子が皿を持って卓の前に立った。
「はい、お団子お待ちどおさま……なに、風見さんの話?」
「そうや。俺ら皆、風見に呼ばれて集まったっちゅう話や」
「そうやったねぇ。うちらなんか、死んだばっかりで右も左もわからんかったところを、いきなり『俺らの近くに店出したらええわ』なんて言われて、そらびっくりしたもんやったわぁ」
随分と、唐突な申し出だ。その時の状況を知っているのか、弥次郎も辰三もクスクス笑っていた。
「弥次郎さんも辰三さんも、そんな感じなんですか?」
「俺か? 俺は……俺の持ち主やった奴を探してたんやけど、もうとうに死んどるて風見に言われて気付いてな。途方に暮れとったら、腰落ち着けるのにええ場所があるて言うて、連れてこられたんや」
次に辰三の方を向くと、辰三は少し肩をすくめて、ぼそぼそと喋った。
「僕は人の紹介やな。でも僕を拾ってくれたその人は、絶対に信用出来る男や言うて、風見さんに引き合わせてくれたわ」
「へぇ……やっぱり、器が大きいんですね」
「まぁ狭量ではないな」
「そうや。清友さんに聞いたことあったわ。風見さん、色んな土地で同じようなことしとったって」
「清友さん? 清友さんに会ったことあるんですか?」
「露天神社の撫で牛さんやろ? キミこそ知っとったんか」
「撫で牛……」
そう聞いて、ようやくすべてが腑に落ちた。初名のことをよく知っていたことも、境内で起こったことを収めてくれたことも。
「まだここが閉じる前は、よう会うとったわ。風見さんと清友さんは兄弟みたいなもんやしな」
「そ、そうなんですか?」
「そう聞いてるで」
「なんせ二人とも……いや、”二人”は変か。”二頭”とも、あの菅公にそれは可愛がられとったらしいからな」
「あの……私、ここにいて大丈夫なんでしょうか? 出入り禁止ですよね」
堂々と辰三に着いて入ってきたくせに、今更怯え始める初名を、辰三も弥次郎も呆れて見ていた。
「何言うてんねん。ここまで来といて……」
「別にええやろ。そんなことにいちいち目くじら立てとるほど暇ちゃうからな、あいつは」
「ああ……世話役ってそんなに大変なんですね」
「いや、迷子になってそれどころやないっちゅう意味やで」
「ああ……」
風見だけでなく、弥次郎や辰三の苦労までも窺える発言だった。
言葉を無くしていると、弥次郎はそんな初名の顔を窺うように覗き込んだ。
「なぁ、風見が言うたこと、理不尽やと思うか?」
「風見さんが言ったこと……出入り禁止のことですか? いいえ」
「そうか。良かった」
弥次郎が目に見えてホッとした表情を見せた。少し珍しい。
「あいつも、キミが憎くて言うたんとちゃうからな。そこ誤解して、もう来んようになってしもたら悲しいと思たんや」
「それは何となくわかります。風見さん、ここの人たちのことをすごく大事に思ってるんですよね。百花さんへの接し方を見て、そう思いました」
「そうやな。あいつは……ここの世話役で、この横丁を作った者やからな」
「だとしたら……この横丁皆のお父さんみたいな人ですか?」
初名のその言葉に、弥次郎も辰三も苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「それは不本意や」
「あんなん親父やない」
「わ、わかりました。すみませんでした……」
「でも、まぁ……あいつ自身は、そう思てるかもな」
弥次郎がそう言うと、今度は、辰三も頷いた。
「僕ら皆、風見さんに呼んでもろたようなもんやしな」
「……”呼んだ”?」
初名が尋ね返したのとほぼ同時に、琴子が皿を持って卓の前に立った。
「はい、お団子お待ちどおさま……なに、風見さんの話?」
「そうや。俺ら皆、風見に呼ばれて集まったっちゅう話や」
「そうやったねぇ。うちらなんか、死んだばっかりで右も左もわからんかったところを、いきなり『俺らの近くに店出したらええわ』なんて言われて、そらびっくりしたもんやったわぁ」
随分と、唐突な申し出だ。その時の状況を知っているのか、弥次郎も辰三もクスクス笑っていた。
「弥次郎さんも辰三さんも、そんな感じなんですか?」
「俺か? 俺は……俺の持ち主やった奴を探してたんやけど、もうとうに死んどるて風見に言われて気付いてな。途方に暮れとったら、腰落ち着けるのにええ場所があるて言うて、連れてこられたんや」
次に辰三の方を向くと、辰三は少し肩をすくめて、ぼそぼそと喋った。
「僕は人の紹介やな。でも僕を拾ってくれたその人は、絶対に信用出来る男や言うて、風見さんに引き合わせてくれたわ」
「へぇ……やっぱり、器が大きいんですね」
「まぁ狭量ではないな」
「そうや。清友さんに聞いたことあったわ。風見さん、色んな土地で同じようなことしとったって」
「清友さん? 清友さんに会ったことあるんですか?」
「露天神社の撫で牛さんやろ? キミこそ知っとったんか」
「撫で牛……」
そう聞いて、ようやくすべてが腑に落ちた。初名のことをよく知っていたことも、境内で起こったことを収めてくれたことも。
「まだここが閉じる前は、よう会うとったわ。風見さんと清友さんは兄弟みたいなもんやしな」
「そ、そうなんですか?」
「そう聞いてるで」
「なんせ二人とも……いや、”二人”は変か。”二頭”とも、あの菅公にそれは可愛がられとったらしいからな」
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