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其の伍 紡ぐ思い、解ける時間(とき)

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「そうや、あんた……剣術なろてるんか?」
「剣……術?」
 その言葉にピンとこずにいる初名に、百花は鞄を指さして見せた。鞄からは、古くなったお守りがちらりと覗いていた。それに付いている、竹刀のストラップも。
「ああ……えぇと、剣道を少し……」
「へぇ、凄いなぁ。うちらが生きてた頃には考えられへんかったわ」
「いつ頃なんですか?」
「聞かんといて。びっくりさせてまうわ」
 百花はクスクス笑いながらも、縫い物の手は止めない。初名と同時に縫い始めたというのに、もう倍以上先まで縫ってしまっていた。
 慌てる初名の手を押さえて、ゆっくりで良いと言う。そして、のんびりさせるためなのか、再びゆったりと語り始めた。
「うちらの頃は剣術どころか武道やなんかは皆、男のもんやったわ。嗜む女は『女だてらに』とか『女のくせに』なんて必ず言われとったよ」
「そう……みたいですね」
 初名はふと、弥次郎と約束を交わしていた和子の言葉を思い出した。女には手出しできるものではなかったと。
「ああ、気ぃ悪うせんといてな。妬んでるんとちゃうんよ。今は随分、自由になったんやなぁと思てね」
「自由ですか?」
 百花は頷いた。
「あんたの話聞いてると、びっくりすることばっかりや。結婚しぃひんとか、男同士や女同士で結婚できるとか、女でも学業にいそしめるとか、男に混ざって働いてるとか……」
「まだまだみたいですけどね」
「そういう人がおるっていうことが、凄いことなんよ。うちらの生きとった時は、そういうのはこそこそ・・・・やっとったんやから。剣術……剣道やったっけ? それだって、あんた、強いんちゃうの? 目録とか?」
「全然そんなんじゃ……二段です」
「すごいんちゃうの?」
 実際の所、二段と目録の違いは初名にもよくわかっていない。
 目録というのは、まだ段位が定められていなかった頃、各道場毎に決められていた階級だ。切紙、目録、印可、免許、皆伝、秘伝、口伝と上がっていく。流派によって変わるが。
 一方の段位は、二段ならば一度も不合格にならなければ中学生の間にとれる。長く続けている者ならば、高校生の間に三段までとってしまう者もいる。
 印可や三段以上となると、修行の成果だけでなく本人の才も関わってくるかもしれないが、二段や目録は、真面目に修行してきた証といった見方が出来る。
 初名が謙遜するのも頷ける話だった。だが、百花は納得していなかった。
「二段が凄いかどうかやのうて、それだけ続けてることが凄いなぁて言うてるのに」
「でも……もう辞めましたし」
「え、辞めてしもたん? どこか怪我でもしたんか?」
「いいえ」
「ほな、なんで……」
 百花の顔がぐんぐん近づいてくる。初名はその追求をどう躱そうか、そればかり考えていた。
「それは……痛っ」
 考え事は、手先を鈍らせた。針の先は指先に深く刺さり、引き抜くと血玉を作っていた。
「大丈夫?」
 百花はそう言うと、初名の手を取って、そっと血を拭った。もう血が出ないことを確認すると、戸棚から薬を出して塗ってくれた。
「ありがとうございます」
「ええよ。あんたのおばあちゃんで、こういうことは慣れとるから」
 百花は、そう、悪戯っぽく笑った。
 祖母もまた、こうして針仕事に失敗して、百花に手当をしてもらって……そして、上達したのだろうか。
「ごめんな、うちがいらんこと言うてしもたから。ちょっと気分転換しよか」
「え、何するんですか?」
「お客さんとこ、行くんよ」
 そう言うと、百花は先ほどあっという間に縫い上げてしまった仕立物を風呂敷に包んで立ち上がった。
「お客さんとこに、頼まれとったもの届けて、琴ちゃんのとこで美味しいもの食べよか」
「は、はい!」
 美味しいものよりも、気分転換よりも、本当のところは、初名は今の百花と出かけられることが嬉しかった。
 誰よりも凜として美しい、ただの訪問着でも艶やかな出で立ちの百花と歩けることが、何よりも。
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