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其の肆 涙雨のあとは
十三
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「で? いったいどこの”おじいさん”に恨まれたんや?」
「う、恨まれてなんか……」
階段を抜けて、長い道を歩いて「ことこと屋」に入るなり、辰三は初名に詰め寄った。
注文をとりにきた琴子は、いつもと違う空気に気づいたのか、おしゃべりなどせずにさっさと奥に戻っていった。
そうまで迫る理由がわからず、初名が答えられずにいると、再び店の戸が開いた。入ってきたのは、風見と弥次郎だった。
来た理由は辰三と同じなのか、神妙な面持ちで、まっすぐに初名たちの座る机に向かってきた。
「風見さん、これ見てや」
辰三がそう言って初名の腕の痣を指すと、風見は予想していたというように頷いた。弥次郎の方は所見のようだが、見るなり眉をひそめていた。
「な、何か悪いことでもあるんですか? この痣……」
おそるおそる尋ねると、呆れたように苛立ったように、辰三が答えた。
「悪いなんてもんやない。積年の恨みがそこに籠もっとる。いったい何したんや」
「何もしてないです! あの人とは昨日会ったばかりですよ」
「ほな、昨日、何したんや」
「だから何もしてなんか……」
「まあまあ、落ち着けや」
そう宥めたのは風見だった。
だが、二人を宥めたものの、険しい面持ちは変わらない。いつもの明るい空気はすっかり鳴りを潜めていた。
「初名、この痣つくったんは誰や」
尋ねる風見の声は、答えを強要する声音だった。答えないということは、出来なかった。
「昨日、初めて会ったおじいさんです」
「ほぅ……どこで会うたんや」
「お初天神です」
「昨日初めて会うた者に、何でこんな痣こさえられたんや」
「わからないです。急に腕を掴まれて、なかなか離してくれなくて」
その答えに、風見だけでなく、辰三も弥次郎も眉をひそめた。
「何やそれ? 真面目に答えてや」
「真面目です。そのおじいさん、足下がふらついていたから、一緒にお参りしたんです。その後座ってお話ししてたら、急に……」
「話て、何の話を?」
噛みつきそうな気迫の辰三を制止して、風見は先を促した。初名は、あの時何を話したか、一つ一つ思い返して伝えた。
「まず、おじいさんがお花を供えていたんです。その後境内に入って、お参りして……そうだ。『あいつと別れてわしと一緒になってくれ』って言われました」
「別れて、一緒に?」
「『自分が結婚の約束をしていたのに』とか『タンポポなんか外せ』とか……ああ、そうだ。撫子の花を挿してあげるって言ってました」
その時、風見たちが三人揃って顔を見合わせた。
「初名、その老人、花を供えてたって言うたな? どんな花か、覚えとるか」
急に言われて、初名は記憶の中を漁った。
「えーと、確か……白とかピンクとかの、小さい花をたくさん束ねた花束だったと思います」
「ああいう、花束か?」
そう言って風見は、指さした。指した先には、花瓶が置いてある。今まさに、初名が伝えた花束通りの花が生けてある花瓶が。
「はい、あんな感じ……いえ、あの通りです。あれ? それって……?」
昨日、お初天神に供えてあった花が、どうしてことこと屋の中にあるのか。ここでは不可思議なことがよく起こっているが、それにしても説明がつかない。
あの花は、老人が、おそらく初恋の人に供えたものだろうに。
初名が思考を巡らせていると、何も言わず、弥次郎が立ち上がった。そしておもむろに花瓶に手を伸ばした。
「ことちゃん、この花しおれてきてるで。水切りしたるわ」
「いやぁ、ホンマ? やじさん、ありがとうねぇ」
そう言い、弥次郎は花瓶を持って席に戻ってきた。そしておもむろに、花弁に触れた。一つ一つに、優しく、語りかけるように触れていく。
何をしているのか理解できていない初名に、風見がそっと伝えた。
「弥次郎は付喪神や言うたやろ。まだ付喪神になっとらんモノでも、ああして触れることで”声”を聞き取ることができるんや」
その言葉でようやく理解した。弥次郎は今、確認しているのだ。あの花の贈り主が誰か。そして聞き取れたのか、目を開けた弥次郎は、深く長いため息をついた。
「思った通りや」
「やっぱり、その花、あのおじいさんが供えたものだったんですね」
弥次郎は小さく頷いた。同時に、苦々しい顔をした。
「それだけやない。その花、ずっと贈り主と同じように言うてるわ。許してくれってな」
「そういえば、許してくれって……何を許して欲しいんで……」
そう尋ねようとして、声が出なくなった。急に、清友が呟いた言葉を思い出したからだ。
あの時、老人の戒めから解放してくれた後、清友は老人に向けて何を言ったか。
『この子は、きみの探す人とは違う』
『きみの探す人は、もうこの世にはいない。きみが、殺したんやから』
そう、言っていた。
「まさか……!」
風見が、静かに頷いた。
「この花の贈り主……それが、琴子と礼司を殺した男や」
「う、恨まれてなんか……」
階段を抜けて、長い道を歩いて「ことこと屋」に入るなり、辰三は初名に詰め寄った。
注文をとりにきた琴子は、いつもと違う空気に気づいたのか、おしゃべりなどせずにさっさと奥に戻っていった。
そうまで迫る理由がわからず、初名が答えられずにいると、再び店の戸が開いた。入ってきたのは、風見と弥次郎だった。
来た理由は辰三と同じなのか、神妙な面持ちで、まっすぐに初名たちの座る机に向かってきた。
「風見さん、これ見てや」
辰三がそう言って初名の腕の痣を指すと、風見は予想していたというように頷いた。弥次郎の方は所見のようだが、見るなり眉をひそめていた。
「な、何か悪いことでもあるんですか? この痣……」
おそるおそる尋ねると、呆れたように苛立ったように、辰三が答えた。
「悪いなんてもんやない。積年の恨みがそこに籠もっとる。いったい何したんや」
「何もしてないです! あの人とは昨日会ったばかりですよ」
「ほな、昨日、何したんや」
「だから何もしてなんか……」
「まあまあ、落ち着けや」
そう宥めたのは風見だった。
だが、二人を宥めたものの、険しい面持ちは変わらない。いつもの明るい空気はすっかり鳴りを潜めていた。
「初名、この痣つくったんは誰や」
尋ねる風見の声は、答えを強要する声音だった。答えないということは、出来なかった。
「昨日、初めて会ったおじいさんです」
「ほぅ……どこで会うたんや」
「お初天神です」
「昨日初めて会うた者に、何でこんな痣こさえられたんや」
「わからないです。急に腕を掴まれて、なかなか離してくれなくて」
その答えに、風見だけでなく、辰三も弥次郎も眉をひそめた。
「何やそれ? 真面目に答えてや」
「真面目です。そのおじいさん、足下がふらついていたから、一緒にお参りしたんです。その後座ってお話ししてたら、急に……」
「話て、何の話を?」
噛みつきそうな気迫の辰三を制止して、風見は先を促した。初名は、あの時何を話したか、一つ一つ思い返して伝えた。
「まず、おじいさんがお花を供えていたんです。その後境内に入って、お参りして……そうだ。『あいつと別れてわしと一緒になってくれ』って言われました」
「別れて、一緒に?」
「『自分が結婚の約束をしていたのに』とか『タンポポなんか外せ』とか……ああ、そうだ。撫子の花を挿してあげるって言ってました」
その時、風見たちが三人揃って顔を見合わせた。
「初名、その老人、花を供えてたって言うたな? どんな花か、覚えとるか」
急に言われて、初名は記憶の中を漁った。
「えーと、確か……白とかピンクとかの、小さい花をたくさん束ねた花束だったと思います」
「ああいう、花束か?」
そう言って風見は、指さした。指した先には、花瓶が置いてある。今まさに、初名が伝えた花束通りの花が生けてある花瓶が。
「はい、あんな感じ……いえ、あの通りです。あれ? それって……?」
昨日、お初天神に供えてあった花が、どうしてことこと屋の中にあるのか。ここでは不可思議なことがよく起こっているが、それにしても説明がつかない。
あの花は、老人が、おそらく初恋の人に供えたものだろうに。
初名が思考を巡らせていると、何も言わず、弥次郎が立ち上がった。そしておもむろに花瓶に手を伸ばした。
「ことちゃん、この花しおれてきてるで。水切りしたるわ」
「いやぁ、ホンマ? やじさん、ありがとうねぇ」
そう言い、弥次郎は花瓶を持って席に戻ってきた。そしておもむろに、花弁に触れた。一つ一つに、優しく、語りかけるように触れていく。
何をしているのか理解できていない初名に、風見がそっと伝えた。
「弥次郎は付喪神や言うたやろ。まだ付喪神になっとらんモノでも、ああして触れることで”声”を聞き取ることができるんや」
その言葉でようやく理解した。弥次郎は今、確認しているのだ。あの花の贈り主が誰か。そして聞き取れたのか、目を開けた弥次郎は、深く長いため息をついた。
「思った通りや」
「やっぱり、その花、あのおじいさんが供えたものだったんですね」
弥次郎は小さく頷いた。同時に、苦々しい顔をした。
「それだけやない。その花、ずっと贈り主と同じように言うてるわ。許してくれってな」
「そういえば、許してくれって……何を許して欲しいんで……」
そう尋ねようとして、声が出なくなった。急に、清友が呟いた言葉を思い出したからだ。
あの時、老人の戒めから解放してくれた後、清友は老人に向けて何を言ったか。
『この子は、きみの探す人とは違う』
『きみの探す人は、もうこの世にはいない。きみが、殺したんやから』
そう、言っていた。
「まさか……!」
風見が、静かに頷いた。
「この花の贈り主……それが、琴子と礼司を殺した男や」
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