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其の肆 涙雨のあとは

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「お前ら、毎日毎日飽きもせんと、よう同じ面子で集まるなぁ」
「風見……お前に言われたないわ」
「今日は違う面子おるやん……って、どないしたん?」
 四人掛けの席に向かい合わせに座っていた弥次郎と辰三。風見はするりと弥次郎の隣に掛けた。すると残る初名の席は、辰三の隣ということになる。
 初名は、なるべく辰三の方を見ないようにしていた。不自然なほどに。
 辰三がいつものごとく、顔に包帯を巻き付けていたからだ。
「……ああ、これ? 外した方がええ?」
「はい、それはもう……!」
 初名が食いつくようにそう言うと、辰三は肩をすくめて顔に巻いた包帯を外していった。
 その様子を、正面に座る二人は何やらニヤニヤして眺めていた。
「えらい優しいなぁ」
「えらい簡単に男前晒すやないか、ん?」
「……うるさいなぁ。ミイラが怖い言うてガチガチに固まられるよりはマシやろ」
 ため息交じりにそう言った辰三の前に、今度は別の声が降ってきた。
「そんなん言うて、うちが初めて会うてびっくりした時は全然知らんふりやったやないの」
 琴子が、クスクス笑いながら卓の前に立っていた。手には、コーヒーカップの載ったお盆を持っている。それを、順々に卓に座る面々の前に置いていった。
 真っ白なコーヒーカップになみなみと注がれたコーヒーが香ばしいようなほんのり苦いような香りを醸しだし、初名の鼻孔をくすぐった。カップを載せたソーサーには、先日と違い黄色いタンポポ……琴子の髪を飾っているものと同じ花が添えられている。香りと彩り、両方が初名の気分を明るくしてくれた。
 隣に座る辰三は、憮然としているが。
「よう言うわ。2~3日もしたら平気な顔して挨拶しとったやないか」
「そら、うちの人と一緒やってんもん。怖いもんなんかあれへんわ。ねぇ?」
 琴子がそう言って、奥に控えている夫・礼司に向かって言った。顔は見えないが、奥で明らかに大きくガサゴソいう音と、大きめの咳払いが聞こえてきた。照れているらしい。
 それすらも想定内というように、琴子はニコニコご機嫌な笑みを浮かべていた。
「なんだか、ご機嫌みたいですね。今日は何か記念日なんですか?」
「いやぁ……わかるん?」
「なんとなくですけど……」
 琴子の顔と声が、一段も二段も三段も、ぱっと華やいだ。だが琴子のそんな明るい雰囲気とは裏腹に、風見たちの表情は見るからに強ばった。
 どうも、自分は地雷を踏んだらしいと察するのに時間はかからなかった。
 いったいどんな地雷なのか……覚悟を決めて琴子の言葉を待っていると、琴子は満面の笑み……それも溢れかえるほどに幸せそうな笑みを、近づけてきた。 
 そして、どうしてか小声で初名の耳元で囁いた。
「あのねぇ、今日はねぇ……礼司さんとうちの……結婚記念日なんよ♪」
「……え?」
「そやからね、うち、今日だけはタンポポつけることにしてるんよ。あ、昔礼司さんがくれた花なんやけどね。二人の記念の花やから。それで記念日やから、今日は皆さんにコーヒー一杯お付けすることにしてるんです。ゆっくりしてってくださいねぇ」
 嬉しそうに、同時に恥ずかしそうに、はにかんで言う琴子は、まるで初恋を語る少女のようだった。
 こっそり風見たちに視線を送ると、彼らもまたこっそり頷いた。
 この惚気た空気を、きっと彼らは何度も何度も経験してきたのだろう。初名も、友人ののろけ話に付き合わされた時のことを思い出し、ほんの少し後悔した。
 だが、ほんの少しだ。
 目の前で礼司のコーヒーを賞賛し、髪に飾るタンポポと同じくらい明るさを振りまく琴子を見ていると、不思議とその話は苦にはならなかった。まだ、初名がその話を聞くのが一度目だからかもしれないが。
 ならば、初めて聞く自分ならば、じっくり聞いても良いかもしれないと、その時思ったのだった。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「……何年目、なんですか?」
 そう尋ねたら、次にはまた照れ笑いしながら答えが返ってくる。そう思っていた。
 だが、次の瞬間、急に静かになった。
 琴子はきょとんとして、初名を見返している。
「あの……?」
 これだけ仲が良いのだから、記念日を覚えているのだから、年数などすぐに返ってくる。そう思っていた。だが返ってきた言葉は、初名の想像とは少し違っていた。
「何年目……うちら、何年目なんやろ?」
「……え?」
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