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其の肆 涙雨のあとは
四
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「よっ! また会うたな」
その声を聞き、初名は非常に残念に思ってしまった。
『捕まってしまった』
それが、素直な感想だ。
今日はやけに、迷子に遭う。先ほどの男の子は、どうやら道がわかったようだったので良かったと思っていた。だが、この声の主の場合は違う。
目を合わせないようにしようと必死に振り返らないようにしているが、声の主は構わず初名の前に回り込み、その顔を覗き込んだ。驚くほど整った美貌と天井の明るい光を浴びて絹糸のように艶めく銀の髪を持つ、美しく妖しい男性だ。
その男性ーー風見は、実に爽やかな笑顔を浮かべて、こう言った。
「なぁ、ここ、どこかわかるか?」
初名は、答えられずにいた。わからないのではない。
わかるから、答えたくないのだ。わかってしまったら、また道案内をさせられるからだ。
とはいえ、目の前には既に阪神電車の改札に繋がる階段がある。迷わずにここまで来られたことの証だ。
そこまで理解した上での、問いかけなのだろう。
初名が答えるか否か葛藤している様子を見て、風見はカラカラと笑った。
「ええやないか。ちょっとぐらい寄り道しても。迷子助ける思て……な?」
「一日に二人も迷子に遭うのはちょっと……」
「二人?」
「いえ、何でもないです」
初名は先ほどの男の子が、ちょっと不思議であったことを思い出し、口をつぐんだ。また、風見たちに深く関わってしまうかもしれない。
今更深く関わらない方が難しいのだということを、初名自身だけが、未だ自覚していないのだった。
初名が口をつぐんだのをいいことに、風見は腕を引っ張って、歩き出した。
「まぁええがな。お礼に美味いもん食わしたるから」
「結構です! これから晩ご飯作るんですから……ていうか、そっちは反対方向ですってば!……あ」
風見が振り返り、ニヤリと笑った。
初名は、がっくりと項垂れて、すべてを諦めた。
******
地下街が常に昼間のような明るさとするなら、このあやかしたちの横町は常に夕暮れ時であった。明かりを持たずとも歩けるけれども、すべてがあかね色に塗りつぶされそうな空。
初名は、真っ白な着物があかね色に染まっている風見の背中を見つめながら、そう思っていた。
「着いたで」
陽気な声でそう言い、風見は磨りガラスのはまった木製の戸に手をかけた。はらりと戸の前にかかっている暖簾には、相変わらず優しげな文字が躍っていた。
『おばんざい ことこと屋』と。
ガラガラと大きな音を立てて戸を開くと同時に、中から軽やかな声が響いてきた。
「いらっしゃーい! いやぁ初名ちゃん? また来てくれたんや」
そう言って顔をほころばせたのは、この店の女将・琴子だった。ふわりと優しく笑う顔に、タンポポの花が挿してあり、以前会った時よりも愛らしい印象だ。
初名は自然と笑い返して、会釈していた。
すると、別の声も遠くから聞こえてきた。
「おう風見。来たんか」
「あれ、キミも来たんや……今日は鞄に穴空いてへん?」
「あ、空いてません!」
入り口から遠い、奥の四人掛けの席に陣取っていた二人……弥次郎と辰三はそんなことを言いながら手招きした。風見は自然とそちらに足を向けた。初名も、それに従うほかなかった。
その声を聞き、初名は非常に残念に思ってしまった。
『捕まってしまった』
それが、素直な感想だ。
今日はやけに、迷子に遭う。先ほどの男の子は、どうやら道がわかったようだったので良かったと思っていた。だが、この声の主の場合は違う。
目を合わせないようにしようと必死に振り返らないようにしているが、声の主は構わず初名の前に回り込み、その顔を覗き込んだ。驚くほど整った美貌と天井の明るい光を浴びて絹糸のように艶めく銀の髪を持つ、美しく妖しい男性だ。
その男性ーー風見は、実に爽やかな笑顔を浮かべて、こう言った。
「なぁ、ここ、どこかわかるか?」
初名は、答えられずにいた。わからないのではない。
わかるから、答えたくないのだ。わかってしまったら、また道案内をさせられるからだ。
とはいえ、目の前には既に阪神電車の改札に繋がる階段がある。迷わずにここまで来られたことの証だ。
そこまで理解した上での、問いかけなのだろう。
初名が答えるか否か葛藤している様子を見て、風見はカラカラと笑った。
「ええやないか。ちょっとぐらい寄り道しても。迷子助ける思て……な?」
「一日に二人も迷子に遭うのはちょっと……」
「二人?」
「いえ、何でもないです」
初名は先ほどの男の子が、ちょっと不思議であったことを思い出し、口をつぐんだ。また、風見たちに深く関わってしまうかもしれない。
今更深く関わらない方が難しいのだということを、初名自身だけが、未だ自覚していないのだった。
初名が口をつぐんだのをいいことに、風見は腕を引っ張って、歩き出した。
「まぁええがな。お礼に美味いもん食わしたるから」
「結構です! これから晩ご飯作るんですから……ていうか、そっちは反対方向ですってば!……あ」
風見が振り返り、ニヤリと笑った。
初名は、がっくりと項垂れて、すべてを諦めた。
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地下街が常に昼間のような明るさとするなら、このあやかしたちの横町は常に夕暮れ時であった。明かりを持たずとも歩けるけれども、すべてがあかね色に塗りつぶされそうな空。
初名は、真っ白な着物があかね色に染まっている風見の背中を見つめながら、そう思っていた。
「着いたで」
陽気な声でそう言い、風見は磨りガラスのはまった木製の戸に手をかけた。はらりと戸の前にかかっている暖簾には、相変わらず優しげな文字が躍っていた。
『おばんざい ことこと屋』と。
ガラガラと大きな音を立てて戸を開くと同時に、中から軽やかな声が響いてきた。
「いらっしゃーい! いやぁ初名ちゃん? また来てくれたんや」
そう言って顔をほころばせたのは、この店の女将・琴子だった。ふわりと優しく笑う顔に、タンポポの花が挿してあり、以前会った時よりも愛らしい印象だ。
初名は自然と笑い返して、会釈していた。
すると、別の声も遠くから聞こえてきた。
「おう風見。来たんか」
「あれ、キミも来たんや……今日は鞄に穴空いてへん?」
「あ、空いてません!」
入り口から遠い、奥の四人掛けの席に陣取っていた二人……弥次郎と辰三はそんなことを言いながら手招きした。風見は自然とそちらに足を向けた。初名も、それに従うほかなかった。
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